359:ナルVSドライロバー -前編
「ハァハァ……ちょこまかとぉ!」
ナルとドライロバーの決闘が始まってから三分が経った。
この間、ドライロバーはナルの首を狙い続けた。
それも真正面からただ正確に斧を振るだけではない。
『クイックステップ』による奇襲も、シセットのコマンダー効果である靄を生かした奇襲も、『C・煙幕生成』による目くらましからの攻撃も、他の攻撃による崩しを入れてから仕掛ける事も、フェイントからの本命も行った。
行ったが……。
「もう息切れか? 体力……いや、マスカレイド中だから純粋に集中力の問題か。なんにせよ、今まで一撃で仕留めてばっかりだったから、長期戦は苦手だったみたいだな」
「テメェ!」
その悉くをナルは凌いだ。
盾で、小手で、単純な立ち回りで、ドライロバーの攻撃の威力が大きく増す首への直撃だけは避ける事によって、致命傷を避け、『恒常性』の再生によって立て直していた。
そして、負う傷も立て直しにかかる時間も、少しずつ短くなっていて、もはやドライロバーの攻撃は真正面からただ放ったのでは、盾で受ける必要性すらない状態になっていた。
「クソッ! どうして当たらなくなった! 何をしやがった!」
「ペインテイルがそれを言うならまだしも、お前がそれを言うのは勉強不足に加えて部下の扱いが出来ていませんと言っているようなものだな」
「んだと!?」
「事実だろ。この学園制服を着た状態の俺が『ドレスパワー』でどんなバフを得るかは、この文化祭で販売した解説付き写真集で公表済み。素人ならともかく、お前の立場で知らなかったは……笑われても仕方がないだろ」
「この……クソ野郎が……!」
ナルの立ち回りが向上した秘密は学園制服の『ドレスパワー』の効果。
その内容はステータスの向上に加えて、短期記憶能力と学習能力の大幅向上。
その力によってナルはドライロバーの攻撃を学習、反映し、被ダメージを大幅に下げる事に成功していた。
「だが……!」
「……」
だが、そうして有利な状態を作ってもナルは油断する気もなかった。
と言うより、油断できる理由などない。
今の状態は直撃を受けなければ耐えられると言う話であり、ドライロバーが相手の場合、それでは何処かで緊張が途切れれば、首への直撃を受けて即死しかねないのだから。
だから、ナルは油断なく盾を構える。
「だがそうだ! ああそうだ……。結局のところ、テメェには俺を倒す手段がない。俺にはまだまだ魔力が残っている。そう、状況はまだ何も変わっちゃあいねぇんだ」
そして、この事はドライロバーも理解はしていた。
故に、ドライロバーは落ち着いて呼吸を整え、構え直していく。
何処かで一度、畳みかける事に成功すれば勝つことが出来るイージーゲームである事に変わりはないのだから、と。
「じゃ、試してみるか。『ドレッサールーム』、『ドレスパワー』、『ドレスエレメンタル』。トモエ」
「はい。『エンチャントフレイム』」
「あ?」
ただ、そうして構え直すドライロバーの動きは酷く緩慢なものだった。
だからナルはその場で一度軽く跳ねつつ、衣装を学園女子制服からバニーガールへと替える。
そうして、衣装を仄かに輝かせ、両足に炎を纏いながらナルは着地して……。
「ッ!?」
次の瞬間にはドライロバーの腹にドロップキックをかまし。
「っとと。流石にぶっつけ本番でやるのは難しいな」
さらに次の瞬間には、舞台上に焦げ跡を残しながら、先ほどと同じ場所に両足と片手を突いて居た。
同時に、ドライロバーは炎を主体とした属性エフェクトを腹から放ちつつ結界に叩きつけられ、大ホール全体に響き渡るような轟音を鳴らす。
「だがまあ、威力は上々みたいだな」
「ええ。普通の仮面体なら今のでノックアウトだと思います」
バニーガール衣装の『ドレスパワー』の効果は跳躍力の強化……より正確に述べれば、瞬発的な脚力の大幅上昇。
『ドレスエレメンタル』の効果はランダムな属性と威力を持つ、しかし適した方法でなければ威力を減らせない、奇妙なダメージ攻撃バフ。
その二つのバフに加えてトモエのバフも受けた上でナルがやったのは、水平方向に跳躍し、空中で膝をたたみつつ反転、ドライロバーの腹にドロップキックを放つというものだった。
そして、ナルが攻撃を放った地点に戻って来たのは、そのドロップキックの反動で吹き飛ばされたから。
こうして放たれた攻撃の威力はナルの攻撃としては破格の威力であり、ドライロバーを吹き飛ばし、叩きつけ、傷つけるには十分な威力を持っていた。
「くくっ、くくくくく……」
「でだ」
だが。
「はははははっ! あははははっ! 効かねえなぁ! ナルキッソス! 見ろ! 今の攻撃でも俺の体は傷一つ付いちゃあいねぇ! 見ろ! 『縁の緑』でダメージを分けた先の連中だってピンピンしてる! ぎゃはははっ! 乾坤一擲の一撃のつもりだったか!? 残念だったなぁ! ナルキッソス!!」
立ち上がったドライロバーの鎧には傷一つ付いていなかった。
『縁の緑』で受けたダメージを分けられたドライロバーの部下たちの誰も、魔力切れで倒れるどころか、膝を着くような事も無かった。
結界の外、舞台の外に居て、魔力を使っていないドライロバーの部下たちは魔力を消費しても直ぐに戻る事も併せて考えれば、ダメージなど無いに等しいものだった。
「やっぱり『縁の緑』をどうにかしなければ、無理か」
「そうですね。ただこれはナル様だからと言うより、攻撃の威力を十以上に等分していると考えたら、当然の結果だと思います。使いますか?」
「ああ使う。事前に確認しておいて正解だったな」
それを理解したからこそ、ナルは一つの決断を下す。
「さあ? 次はどうするよ、ナルキッソス。別に何したっていいぜ? 最大限に高めたお前の攻撃も通用しないなら、後は時間をかけてじっくりと、確実に嬲ればいいだけなんだからなぁ!」
「『ドレッサールーム』発動」
ドライロバーが勝利を確信したように笑う中で、ナルは『ドレッサールーム』を発動する。
「あ?」
そして、着替えたナルの姿を見たドライロバーは困惑の声を思わず上げる。
「おいおい、なんだその衣装は……」
ナルが着たのは一応は、シスター服に分類されるものだった。
だが、その生地は異常に薄く、胸の谷間を外気に晒し、鼠径部のラインを見せ、少し動いただけで太ももが微かに見える。
装飾と呼べるものは最低限しか存在しないはずなのに、清純と言う言葉とは対極に位置するようなものであった。
「……。『ドレスパワー』『ドレスエレメンタル』発動」
「すぅ……。『エンチャントフレイム』発動」
ドライロバーが困惑する中でナルとトモエはスキルを発動。
ナルは白と紫が入り混じったオーラを纏い、更に微かであるが炎を帯びる。
その効果は……好意の増幅であり、一種の魅了。
「『さあ……』」
そのようなバフを得た上で。
ナルを見る誰もが好意を感じるように。
ナルの声を聞いた誰もが好意を感じるように。
衣装と衣装を纏ったナルが魅力的になるように。
ナルは動き、声を発し始める。
「『どうか、どうか。私を見て、聞いて、感じてくださいな』」
言の葉に、魔を差し重ね、響かせて。




