358:ナルVSドライロバー -序編
「『エグゼキューション』……貰ったぁ!」
ドライロバーの斧が振るわれる。
ギロチンのような刃はナルの首に対して正確に垂直に振られていて、威力を最大限発揮できるようになっている。
斧を振るう速さはナルが体を動かす暇などないものだった。
更にはスキル『エグゼキューション』を乗せる事によって、首などの急所に対する攻撃能力を大幅に増している。
その一撃は『首狩りの処刑人』の二つ名に相応しい一撃と言えた。
「っ!?」
「ちいっ!」
「ナル様!?」
だが、斧の刃がナルの首に触れるよりも早く、ナルが反射的に生み出した盾が斧と首の間に割り込む。
ドライロバーの斧がナルの盾に食い込む。
盾にヒビが入り、割れていく。
斧が振り抜かれる。
しかし、斧の刃がナルの首に触れる前に、ナルの体は跳ね飛ばされて、結界に叩きつけられる。
「くっ……」
「一発で終わらなかったか。ガキの癖に生意気な。だがまあ、一撃で終わっちまったら、ショーとしての盛り上がりも足りないし、ちょうどいいと言えばちょうどよかったか? くくくくく」
結界に叩きつけられたナルが立ち上がる。
その首筋には太い血管にまでは達していないものの、明確な切り傷が生じており、赤い血が流れだしている。
「いやしかし、素晴らしいなぁコマンダー戦! 何が良いって、コマンダーの力で付与されているバフが良い! シセットの奴をコマンダーに据えてやるだけで、俺の手足の動きが靄で隠されて見えなくなる。おかげでナルキッソスの奴は殆ど反応すら出来なかった! いい笑いものだ! はははははっ!」
何故、ナルはドライロバーの攻撃に反応できなかったのか。
それはシセットがコマンダーになる事で生み出された、ドライロバーの手足を包み込む黒い靄が原因である。
この黒い靄の下に隠された手足の細かい動きは、当然ながら見えない。
それはつまり、何時、手足を動かすのか、その前兆が非常に読み取りづらいという事でもある。
おまけにこの靄の動きはドライロバーの動きに少し遅れながら追従する。
結果、反射的に盾を出現させるという形でしかナルが防御出来ないほどに、攻撃に対する反応が遅れたのだった。
「ナル様。大丈夫ですか?」
「問題ない。もう血は止まった。『ドレスパワー』『ドレスエレメンタル』」
「ひゅう、そんな簡単に血が止まるのか。だがそうでなくちゃなぁ……一発で切り落とすまで死なないってなら……ああ、それはそれで興奮して来るなぁ。くひひひひっ」
ナルにだけ聞こえるように発せられたトモエの声を聞きつつ、ナルは『恒常性』の作用によって首から流れ出る血を止め、傷口も塞ぎ、痕跡も残さずにきれいに治す。
そうして血が止まったところでナルは『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』を発動した上で盾を構える。
対するドライロバーも、次の攻撃を行うために斧を構える。
「さあっ! 頑張ってもう一発耐えて見せろよ! でないとつまらねえからなぁ!! 『エグゼキューション』! 『ハイストレングス』! 『クイックステップ』!」
「っ!?」
バフを重ねたドライロバーがナルの不意を突く形で突っ込んできて、斧を振る。
「『C・障壁生成』!」
「んなっ!?」
が、今度の刃はナルの盾に触れるよりも早く、トモエが地面から斜めに生み出した赤色の半透明な壁に阻まれて、その軌道を捻じ曲げさせられ、ナルの頭上を通り過ぎていく。
トモエが使ったスキルの名は『C・障壁生成』。
コマンダー専用のスキルとして作られた、決闘の舞台上の任意箇所に半透明の壁を作り出すスキルである。
「続けて『エンチャントフレイム』! ナル様!」
「まずは一発!」
「!?」
そうして斧を振り抜き、完全に体勢を崩したドライロバーの腹を捉えるように、トモエの『エンチャントフレイム』によって炎を纏ったナルの拳が振られ、『ドレスエレメンタル』によって生じているバフの追撃もあって、ドライロバーの体を吹き飛ばすことに成功する。
「はっ、こんな物かよ。ダメージになんてなってねえぞ」
「……」
だがドライロバーは吹き飛ばされただけで、痛みなど感じていない様子だった。
ナルも殆どダメージを与えられていないと判断して、直ぐに盾を構え直す。
「シセット!」
「『C・煙幕生成』。どうぞ」
今度はシセットがコマンダー専用のスキルを用いる。
スキルの名は『C・煙幕生成』、その効果はドライロバーが手足に纏っている黒い靄よりも若干薄い煙を、ドライロバーの体を始点として広範囲に出現させると言う物。
煙は直ぐに舞台の大半を埋め尽くし、ドライロバーの姿を誰の目からも隠す。
「さあ! 何時攻撃が来るか、その恐怖に怯えろぉ!」
その中をドライロバーは敢えて叫びながら進み……。
「……」
一瞬の静寂の後に、声も、足音も、風切り音も可能な限り消して、ナルの首目掛けて斧を振る。
斧はナルの首を正確に捉え……。
「っう!?」
「ぐなぁっ!?」
切れなかった。
ナルもドライロバーも攻撃の反動を抑え込めずに吹き飛ばされる。
合わせて、生成された煙も晴れていき、二人の姿が見えるようになる。
「ナル様!」
「大丈夫だ! 上手くいった!」
ナルは晴れつつある煙の中で立ち上がる。
小手を付けたその左腕は半ばまで断たれていたものの、既に小手を含めて再生が始まっている。
魔力消費こそあれど、それも含めて、ナルにとってはしばらくすれば完治する程度の怪我と言えた。
「テメェ……何をしやがった!」
「単純な話だよ、一芸野郎。お前の攻撃は首で受けなければどうとでもなる。ただそれだけの話だ」
やがてドライロバーも立ち上がり、ナルに向かって吠える。
そして、ナルの言葉に一瞬驚きつつも……直ぐに言葉を返す。
「はっ、嘘でもないが本当でもないな。それだけ切れているなら、連続で何度か攻撃を当てれば済む。首を刎ねるのは、その後でじっくりと狙いを定めてやればいい」
「……」
ナルは言葉を返さない。
それが事実であると言うのもあるが、まだドライロバーが何時仕掛けてくるかを読み切れていないからだ。
学園制服の『ドレスパワー』の効果による短期記憶能力の上昇を利用して、ドライロバーの動きを読めるようにする方が、返事をするよりもナルにとっては重要だった。
「対するお前の攻撃はなんだ? あんなしょぼいパンチ。何発喰らおうが、毛ほども効きやしねぇ。『縁の緑』でダメージを分ける先の連中は何人も居るんだぞ。あんな威力じゃ、こっちの回復に追いつけないんじゃないか? はははははっ! 何時もお前がやっている事を返されるだなんてざまあないなぁ!」
ドライロバーはそんなナルの反応を図星であり、返す言葉も無いのだと勝手に判断する。
そして、自分の背後に居る部下たち……『縁の緑』を通じて受けたダメージを受け流す先として選んだ生贄たちに心配は無いと言い聞かせるように声を上げる。
「これでお前の勝ち筋は俺の魔力切れだけか? はははははっ! 残念だったなぁ! 今の俺に魔力切れはあり得ねえよ! なにせ、この金貨のおかげで俺の魔力量はお前と大して変わりやしねぇ! このまま消費が嵩んでいけば、先に力尽きるのはお前だ! はははははっ、はーっはっはっは! 詰みだなぁ! 傑作だなぁ! これで俺は奴隷を確保だ! 一年間たっぷりと可愛がってやるよ!!」
ドライロバーは嘲笑し、演説する。
観客に聞かせるように、その場で少しだけ歩いたり、大きく腕を振りながら、ナルに勝ち目が無いと語っていく。
それらを聞いて、ナルはシンプルに返すことにした。
「一芸野郎は撤回してやるよ。ドライロバー」
「あ?」
「三流のチンピラの役も芸に出来るくらいに出来がいい」
見たもの全てが思わず注目してしまうほどに魅力的な嘲笑を添えて。
「テ メ エ……!」
それを見たドライロバーは再びナルに向かって斧を振るい始める。
明らかに頭に血が上っている状態であったが、それでも体は決闘者として手慣れた動きを正確に行い、攻撃を仕掛け続けた。
「トモエ。適宜援護を頼む」
「はい」
対するナルはトモエの『エンチャントフレイム』『C・障壁生成』による支援を受けながら、ドライロバーの攻撃を正確に捌いていく。
最初は傷を負いながらも、少しずつ正確に、受けるダメージも少なくしながら。
時には反撃を打ち込みつつ。
「……」
そんな舞台上の戦いをシセット……天石夜来は黙って観察し続けた。
この中で真っ先に魔力が尽きるのは自分である事を予期した上で。
ナルの付けている小手ですが、トモエの小手を『アディショナルアーマメント』で送ってもらっています。
『アディショナルアーマメント』で装備を出現させるポイントを、トモエの手ではなく、ナルの手にしている感じですね。
05/22誤字訂正




