357:ナルVSドライロバー -決闘前
『大変長らくお待たせいたしました! 只今より、新たなマスカレイドを用いた決闘様式、コマンダー戦を用いた実戦を行わせていただきます! 何かしらのトラブルが発生する可能性もありますので、観客の皆様は念のためにデバイスを身に着け、注意を払ってくださいませ!』
照東さんの声が大ホールに響く。
観客は……舞台裏から見えている範囲でも結構居るな。
ただ、マスカレイド用のデバイスを身に付けている人の数が多い事から、外部の客と言うよりは、手荒な状況に慣れた客と言う名の別の何かが増えているように思える。
つまり、尾狩参竜が負けた後、その部下たちが仮に暴れ出したとしても、制圧する準備は整っている訳か。
『今回の決闘は褒賞が女神様の力を必要とするものであるため、かの女神様が審判を務められます。よって、その結果と過程に口出しする事は何人たりとも許されない事をご承知ください』
これはいつもの口上だな。
で、女神の気配は……しないが、きっと何処かで見ているんだろう。
決闘の為の書類だって、直ぐに出てきたくらいだしな。
『それでは決闘者の入場です! まずは東より……ナルキッソス! コマンダー役を務めるのはトモエです!』
「ナル様」
「ああ、行こう」
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
俺と巴は揃って大ホールへと入る。
直ぐに歓声が響き渡るが……やはり普段よりも楽しんでいる気配は少ないな。
なんと言うか、表面上だけ楽しんでいて、その下には別の何かがある感じだ。
『対しますは西より……『首狩りの処刑人』ドライロバー! コマンダー役を務めるのはシセットです!』
「「「Booooーーーーー~~~~~!!」」」
「はははははっ! 雑魚共が歓迎ありがとうよ! そこの生意気な一年をぶち殺して奴隷にしたら、次はテメエらの中から適当に見繕って高跳びの足掛かりにしてやる!」
「……」
尾狩参竜……ドライロバーが、スーツを着た男性を連れて大ホールへと入って来る。
二人が入って来て直ぐに特大のブーイングが響き渡るが、尾狩参竜たちにとってはいつもの事なのだろう、気圧されている様子は見られない。
しかし、ぶち殺して奴隷にしたら、ね。
「随分と余裕だな。ドライロバー。戦う前から勝った後の計算とは」
「はっ、当然だろう。お前のようなマスカレイドを覚えて一年も経っていないような雑魚に負けるほど弱くはねえんだよ、俺は。優秀な部下が用意してくれた優秀な道具もあれば、そいつが調整してくれたデバイスもあるんだぜ」
俺は尾狩参竜に言葉を掛けつつ、相手の様子を窺う。
顔にはマスカレイド用のデバイスを付けているのは当然の事として、気になるのは手首に付けている『縁の緑』と思しき緑色の紐と、腰のベルトから提げている『ペチュニアの金貨』を紐で繋げて作ったらしい複数のアクセサリー。
やはり、特別な道具は持ち込んでいるか。
「と言うか勝てるわけねえだろ。くくく、戦線に立つのは俺一人かもしれないが、俺の背後に何人居ると思っている? お前に求められているのは、コイツら含めて全員をぶちのめす事なんだぜ?」
「「「くっくっく……」」」
尾狩参竜がそう言うのに合わせるように、舞台裏から出て来たチンピラ連中が舞台近くに用意された特別な席に、ワザとらしい音を立てながら、粗雑に座っていく。
そのチンピラたちが『縁の緑』を着けている様子は見られないが、状況からして、何かしらの方法で繋がりを持っているのだろう。
「おまけにコマンダー役なんて言う、追加の支援役を付けてくれるサービスっぷりだ。ここにウチの中でも特に頭が回る奴を置いて、好きに使っていいって言うんだから、至れり尽くせりとはこの事だよなぁ」
「……」
「正に大人で、プロで、本物にして有力で有能な決闘者だからこそ用意できる準備って奴だ。これで負ける事なんざ、天地がひっくり返ったってあり得ねぇ!」
「……」
尾狩参竜側のコマンダーの男性は何も喋らない。
たぶんだが、巴と同じように機械の確認をしているのだろう。
そして、その男性のデバイスには深藍色の宝石……『アビスの宝石』が付けられている。
スズは心配不要と言っていたが、なるほど、コマンダー役が『アビスの宝石』を使う分には問題が無いという事か。
「対してお前はどうだ? 魔力量だけは多いかもしれないが、マトモにスキルを使えない欠陥魔力。仮面体の調整すら自前でやらないといけない欠陥仮面体。圧倒的な格下相手なら欠陥だらけの仮面体でも何とかなったかもしれないが、同格以上はどうしようもないのはこれまでのお前の戦績がよく語ってる」
「ふうん……」
自分への賛辞が終わったのか、俺への貶しが始まる。
なるほどな、つまりこいつは、他人を貶さなければ、自己の矜持すら保てないレベルの自信しか持ち合わせていない訳か。
それはよく覚えておこう。
言葉の内容については……まあ、決闘が終わるまでは覚えておいてやるか。
「おまけにお前のコマンダーは護国家のお嬢様。魔力量については悪くないかもしれないが、頭の出来はどうだろうな? くっくっく、護国家の脳筋具合は有名だぞ?」
「脳筋? 少なくとも俺とお前よりはトモエのが確実に頭は良いだろ。何を言っているんだお前は?」
「テメェ……」
続けて、巴への貶しも口走って来たのだが……。
巴が脳筋?
理解しがたい言葉に思わず返してしまった。
言われれば、確かに巴には武力で押し通るイメージが無くも無いが……もっとスマートな覚えがあるな。
成績に関しては言うまでもないし。
だから、シンプルに意味が分からない、お前の方がもっと馬鹿だろう、という口調と顔で返してしまったのだが、見事に突き刺さったらしい。
いやでも、もっと頭が良いなら、そもそもこんな状況に陥るような振る舞いなんてするわけがないのだから、ただの事実だろう?
そこで怒ってどうするんだという話だ。
まあ、フリかもしれないが。
「公開処刑決定だ。負かした後に散々分からせてやるよ」
「お前のな。まあ、お前の決闘の権利は奪わないでやるから、安心しろよ」
なんにせよ、前口上はこれくらいでいいだろう。
俺も尾狩参竜も口や態度に出しているほど、興奮はしていないし、長引かせても周囲を不快にさせるだけだからな。
だから、俺も尾狩参竜もマスカレイドを発動させる態勢に入る。
そんな俺たちの様子を見てか、巴とスーツの男性も同様の態勢に入ったようだ。
『ヒ、ヒートアップしています! 熱いです! では、この熱さが収まらない内に始めてしまいましょう!! 3……2……1……』
結界が展開される。
コマンダー用の席が起動して、専用の結界も展開される。
『0! 決闘開始!』
「マスカレイド発動! 魅せつけろ! ナルキッソス!」
「マスカレイド発動! 来なさい! トモエ!」
「マスカレイド発動! 執行の時間だ! ドライロバー!」
「マスカレイド発動。暮れ後に……シセット」
そして俺たちは揃ってマスカレイドを発動した。
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マスカレイドによって四人の姿が変わる。
ナルは学園の女子制服を身に着けた、銀髪の女性の姿に。
トモエは赤揃えの鎧を身に着けた女武者の姿に。
ドライロバーは全身鎧を身に着け、ギロチンの刃を持った斧を持ち、腰から金貨のアクセサリーを提げた男のものに。
シセットはペストマスクで顔を隠し、迷彩柄のマントを身に着けたものに。
「これは……」
「くくくっ、本当に面白い玩具だ……」
そして、コマンダー戦の影響によって、ナルとドライロバーの姿はさらに変わる。
ナルは僅かに手足に炎を纏い、肌が僅かながらに赤みを帯びる。
ドライロバーは手足に黒い靄を纏って、その動きが見えなくなる。
「なっ!」
「っ!?」
そうして変化が終わった直後。
ドライロバーは大きく踏み出して前に出ると、その手に持った斧の刃をナルの首目掛けて振るった。