354:文化祭三日目・割り込んでくる不埒者
『では、ルーレット係の登場です。戌亥寮一年……ナルキッソス!』
照東さんの言葉に合わせて、マスカレイドを発動した状態の俺は舞台裏から観客の目に映る場所へと移動する。
今日は移動を終えたところで『ドレッサールーム』によって制服からバニーガール衣装へと着替える予定なので、このまま笑顔で手を振りつつ、ルーレット盤の隣にまで移動していけばいいのだが……。
「お前がナルキッソスか。くくく、実物は思った以上に美人じゃねえか」
「……」
「「「!?」」」
その俺の前に立ち塞がるように一人の男が観客席から飛び降りてきて、声をかけて来た。
整った容姿と、それを台無しにするような下卑な表情。
だがこの顔は事前に教えられていたので覚えがある。
尾狩参竜だ。
俺を狙って来るかもとは言われていたが、戌亥寮の出し物のタイミングを狙って来るとはな。
もはやなりふり構っていられない状況であると認識していると判断した方が良さそうか。
「アレがナルキッソス。いいねぇ、そそる体をしてる」
「整った顔、大きな胸、きれいなケツ、たまんねぇなぁ」
「あの銀色の髪を掴んで引っ張り上げたらどういう顔をするんだろうなぁ?」
そして、尾狩参竜が飛び降りて来たところに居る、見るからにチンピラとしか言いようがない十数人の男たち。
そのほぼ全員が俺に対して舌なめずりするような視線を向けてきている。
俺の体が美しい事を認識しているのは良いが、そう言う感情を好きではないどころか嫌悪するような連中から直接ぶつけられると、流石に気持ちが悪いな。
「何の用だ。尾狩参竜」
「知っているか。ならちょうどいい。面倒な連中が寄ってくる前に権利の行使だけはさせてもらうぞ」
「権利?」
とりあえず時間稼ぎをするべきだろう。
そうすれば、尾狩参竜たちはイベントに乱入すると言う明確な不法行為を行っているのだから、それで捕まえる事が出来る。
捕まえてしまえば、誰かを狙うもクソもない。
そう判断した俺は会話を試みて……。
その前に尾狩参竜が俺の顔を指さした。
「ナルキッソス! お前の容姿をマスカレイドを発動した今の状態で固定した上で、一年間、俺の奴隷として仕えろ! そうすればペインテイルの件で俺たちに塗ってくれた泥の事は許してやるよ! ああ勿論のことだが、この要求を受け入れないなら、決闘の勝利を以って、女神の名の下に契約の履行を要求させてもらうぜ!」
「っ!?」
尾狩参竜が行使したのは決闘の権利だった。
なるほど、ここで宣言してしまえば、今ここで捕まったとしても、決闘が行われるまでは色々と保証されるから……風紀委員会や警察に邪魔をされる前にって事か。
だが、俺がここで決闘を直ぐに受け入れずに時間稼ぎに徹すれば……。
「ナル君!」
「別に時間稼ぎをしてくれても構わねえぜ、ナルキッソス。その場合は今駆けつけて来たお前の女たちか、あるいは会場に居る有象無象共に即時開始の決闘を挑んで、負かしていくだけだ。ああ、それも通らないなら、道連れにしていくだけだな。何人持っていけるかは分からないが……くくく、試してみるか?」
「お前……!」
どうやらそれは許してくれないらしい。
スズたちが狙われるのも勿論嫌だが、それも通らなければ、最悪、マスカレイドを利用した大量虐殺をするって事か?
どれだけ腐っているんだコイツらは。
いや、だが同時に、それだけ尾狩参竜たちが追い詰められている事でもあるのか。
そこまでしなければ、逃げ切れないと踏んでいるのだから。
「ナル君、受けちゃ……」
「いいだろう。尾狩参竜。お前との決闘を受けてやる。だが俺が勝ったのならば、お前の魔力の最大量は今後一年間、1のままで固定にさせてもらうぞ。魔力量至上主義者のお前なら、この意味が分かるよな?」
「くくく、いいぜ。どの道、勝たなければ俺に生き残る道なんてないんだからよ」
止めようとしてくれているスズには悪いが、やはり逃げられないな。
此処で逃げれば、最終的には捕まえられるにしても、少なくない被害が出る事になる。
それを防ぐには、俺が真正面から叩き潰すのが一番確実だ。
「決闘の開始は……」
「決闘の開始は一時間後。お互いに調整と頭のクールダウンにはそれくらい必要だと吾輩は判断するぞ」
「誰だ、テメェは……」
そして、何時決闘を始めるかなどの細かい話をそのまま始めようとした時だった。
燃詩さんの声が頭上から聞こえてくる。
声がした方を見れば、何本ものコードが生えたサイバーな仮面を身に着け、髪の毛をネオンカラーで発光させる白衣姿の女性……マスカレイドを発動した燃詩先輩が、大型のドローンに吊り下げられる形で居た。
「吾輩は『電脳の魔王』GM.Ne。女神から知らせを受けて、急いでこの場にやってきたものだ」
そう言う燃詩先輩……GM.Neの手には、女神が出した決闘の書類が握られている。
どうやら、GM.Neは女神から何かしらの指示を受けたらしい。
「ふざけ……」
「吾輩の口を遮るなよ、三流。吾輩の説明を邪魔するなら、その時点で貴様は決闘を放棄したとみなし、ナルキッソスの要求を通す。これは女神が決定したことだ。女神の力を借りなければ達成できないような要求をしておきながら、女神の邪魔を出来ると思うな。ああ勿論のことだが、ナルキッソスも邪魔をするなよ。今の話は貴様にも通じる事だからな」
「っ!?」
場の空気は完全にGM.Neが支配している。
見ればいつの間にか、チンピラたちを囲うように風紀委員会たちもスタンバイしている。
これで彼らが何かをしようとしても、その前に制圧される事だろう。
とは言え、女神との契約が成立している以上、もう俺と尾狩参竜の決闘は何が起ころうとも、GM.Neの管理下で行われるのだが。
「今は簡単に概要だけ説明しよう。決闘の開始は今からちょうど一時間後。使う舞台も此処大ホールのものとする。最終調整は舞台裏に控室を準備してやった」
「「……」」
「決闘の形式は舞台上については一対一だが、お互いにコマンダーを付ける事を許可する。これはこの後に吾輩がメインステージの方で発表しようとしていた新形式の決闘だ。この新形式の決闘……コマンダー戦についての詳しい仕様は、学園内に居る全員が見れるように、PDF形式でアップロードしてあるから、この後の時間で見ておけ」
「「……」」
「と、そうだったな。これだけは言っておこう。この新形式の決闘は既に女神から認可も受けている。開発に当たって協力してくれたものも、お互いの関係者には居ない。よって、これは公平な決闘だ。安心して、決闘に臨むといい」
「いいぜ、やってやるよ」
「分かりました。GM.Ne先輩」
「では、吾輩は機械の移動をしなくてはいけないのでな。失礼させてもらう」
そうしてGM.Neはドローンによって素早く運ばれていった。
合わせて、俺と尾狩参竜は改めて正面から見合う。
「ぶちのめしてやるよ。尾狩参竜」
「俺の台詞を取るんじゃねえよ。ナルキッソス」
そして一言ずつ交わし……。
「行くぞおめぇら!」
尾狩参竜は部下のチンピラたちを引き連れると、俺の背後に伸びる通路とは別の通路を通って悠々とこの場から去っていき。
「さて、準備をしないとな」
俺もまた足の向きを反転させて、控室へと移動した。
『え、えーと、大変な事態になってしまいました。し、司会進行はこのまま私、戌亥寮一年、照東京子が務めさせていただきます!』
そうして会場には照東さんの機械で拡張された声だけが響き渡った。