353:陰は隙間を探す
「……。お前ら、俺が命じるまで何もするな」
長い手荷物チェックを終えて国立決闘学園の中に入った尾狩参竜が最初に発した言葉がそれだった。
「へ? なんでです? 予定じゃ……」
「何もするな。そう言ったが?」
そして、それに疑問を呈した部下の男の一人は、参竜によってすぐさま口の部分を鷲掴みにされて強制的に黙らされた。
その姿は周囲の客に見られないように他のメンバーによって隠されていたので、騒ぎにはならなかった。
だがもしも騒ぎが起きていれば……。
参竜は部下が黙った事を確認すると、手を放し、校門からブースエリアへと続く道から外れて、人気がない方へと移動する。
「それで参竜様。何を感じ取ったのかをお聞きしても?」
移動し終えたところで、今の学園内がどうなっているかを実際には知っている天石夜来が参竜に尋ねる。
「確証があるわけじゃあねえが……平和過ぎる」
「平和過ぎる、ですか」
「そうだ。俺たちは直接のも含めて何人も部下を送って、トラブルを起こさせたはずだ。証拠の映像だって手元には来ている。なのに平和過ぎる。ピリつきが足りねぇ。俺たちを恐れ敬う気配が感じられない。平和だ。本当にただ平和な文化祭が開かれちまってる。送った連中の一部が逃げ切れずに捕まったどころじゃなくて、何も起きていないかのようになっている。明らかにおかしい事になってやがる。少なくとも、俺の計画した通りじゃない状況になってやがる」
「「「……!?」」」
参竜の言葉に部下たちがざわめき、夜来が感心する。
「では、退きますか?」
「……。夜来、スマホだ。ハモに……アジトに居る何人かにもテレビ電話でかけろ」
「かしこまりました」
参竜は夜来たちに、自分の拠点に居る人間の様子を窺わせる。
そうして返って来た電話の内容は……何もトラブルなど起きていないと言う言葉だった。
「クソが……!」
だからこそ参竜は吐き捨てた。
参竜は自分の部下たちの無能さを知っていた。
自分の行動が部下に混ざった裏切り者によってリークされている事も想定していた。
なのに自分の拠点でトラブルが一つも起きていないはずがない。
つまり、どうやっているのかは分からないが、自分が偽情報を掴まされている、それに参竜は気づいた。
そして、遠くの拠点とのリアルタイムでのやり取りにすら割り込んで何も起きていないように見せられる奴が、他の情報を偽装できない訳もなく、学園内から送られた情報が偽物で、自分が送り込んだ連中が何も出来ずに排除されたことも確信した。
何故ならば、その方が今の学園内の空気についても説明がつくからだ。
「やられた。俺たちはハメられた。誘い出されたんだ。ああくそ、この空気には覚えがあるぞ。中国かイギリスかアメリカか……とにかく国際戦で魔力量が俺以下の連中が、どうにかして俺をハメて無力化しようとしている時と同じ奴だ。誰だ。誰が俺を狙ってきている……」
参竜は素早く小声で自分の考えを口に出して、まとめ始める。
その姿を見た夜来は他のメンバーに指示を出して、その姿を周りに見せないように参竜を囲って立つ。
「護国か、喜櫃か、天意か、識門か……まさか尾狩の本家か? 兄貴たちに親父がブチ切れたか? いや、それとも……国か? そもそもどうして切られた。ペインテイルの漏らした件か。クソッ、あの野郎、死んでからも迷惑をかけやがって……。待て、違う。この際、何処が何で仕掛けてきているかは問題じゃねぇ。問題は何処が安全圏で、何処が死地と化しているかだ。拠点は安全じゃねえ。ホテルももう駄目だろう。先手を取られた時点で、ただ退いたんじゃ間に合わない」
この頭の回転の速さと勘こそが、参竜をこれまで生き延びさせてきたものだった。
だから参竜は今この状況でも、それを活用して逃げ道を探る。
最低でも自分自身だけは生き延びられる道を、可能ならば自分の財産……金や部下たちを持てるだけ持って逃げる道を見つけようとする。
「……」
やがて考えをまとめた参竜は顔を上げる。
「参竜様、こちらを見ている者が居るようです。それも複数」
合わせて夜来が周囲の状況を告げる。
「チッ。お前ら、生き延びたければ、マジで何もするんじゃねえぞ。奴ら、どんな小さな問題でも咎めて逮捕まで持っていくつもりだ。そうなりゃあ、決闘にすら持ち込めずに消されるぞ」
「「「……」」」
「行くぞ」
「どちらへですか?」
参竜たちが移動を始める。
その姿は周囲を警戒し、疑い、窺うものであり、堂々や立派と言う言葉とは無縁のもので、彼らの正体を知る者からすれば、滑稽な姿ですらある。
「獲物を見繕う。理想はそいつの身柄一つ抑えれば、国外まで行ける奴。そうだな、護国のお嬢様が居れば、そいつが一番手っ取り早い。あの家の女がこの状況で逃げ隠れするわけもない。それに、アイツの周りにはペインテイルをぶっ倒した奴……ナルキッソスも居るはずだ。アイツをぶっ倒すのなら、ある意味で予定通りに事が進むはずだ。二度も勝てば、国外まで飛ぶには十分なはずだ」
「参竜様。ナルキッソスであれば……」
「そうか。ちょうどいいな。くくく、凱旋してやるよ。行くぞお前らぁ!」
そんな文化祭の空気に似つかわしくない参竜たちがやってきたのは大ホール。
そこでは今正に戌亥寮の出し物である宣言決闘が始まろうとしていた。