352:文化祭三日目・現在の文化祭
「ナル君、巴、お待たせー」
「ついでにお昼ご飯も買ってきましタ」
「……」
さて、信長さんとの会合を終えた俺と巴は、時間とその後の都合、ついでにスズからの指示もあって、大ホールの控室へと移動していた。
そこへ屋外ブースで売られている焼きそばやらポップコーンやらを買って来たスズ、マリー、イチの三人がやってきた。
スズとマリーの表情は明るいもので、困ったり、何かを隠している様子はない。
だがイチは……何かを警戒している様子で、ドアを閉める時も最後まで外を気にしているようだった。
つまり、何かはあるらしい。
「スズ」
「そうだね。まずは情報交換をしようか。巴、お父さんとはどういう話を?」
「そうですね。直虎の紹介についても、そう言う意図があったようなので、話したことを一通り教えます」
と言うわけで、お昼ご飯を食べつつ、情報交換を開始。
巴が信長さんとの会合で何があったのかの話をする。
三人の表情は……崩れていないな。
つまり、護家さんを俺とくっつようとするのも、尾狩参竜を逮捕するのも、スズたちにとっては想定の範囲内と言う事か。
まあ、当然のことだとも思うけど。
「それでスズたちの方はどうだったんだ?」
「トラブルはあったよ。私たちのブースだと、曲家君の作った商品をワザと壊した上に、壊れたのは脆い作り方をしたお前のせいだといちゃもんを付けた奴が居たね」
「へぇ……」
なるほど、既に喧嘩は売られている訳か。
俺は返事をする自分の声が普段よりも低くなり、無意識的に拳を握り締めているのを感じつつ、話の続きを促す。
「他の所でも、列に無理やり割り込もうとしたり、食べ物に虫が入っていると言おうとしたり、ワザと本を汚したのに責任逃れをしようとしたり……まあ色々とあったみたいだね」
「そうですか……」
巴の声も少しだけ低くなり、怒りを伴っている。
うん、そうだな。
信長さんは出来れば決闘をして欲しくないと言っていたけれど。
これはもう、とっとと尾狩参竜自身を討ち取って、一網打尽にしてしまうべきなんじゃないかな?
現時点でも、俺たちの文化祭の邪魔をされていて、許し難いと思っているところなんだが?
「安心してナル君、巴。私たちはそんな一方的にやられるようなタマじゃないから。と言うか、あんな三下チンピラ共が好き勝手出来るような場所じゃないからね。決闘学園は」
「具体的には?」
「私たちの所だと、イチ、曲家君、吉川先輩の三人で、カメラ役も含めてまとめて仕留めたね。もちろん、相手の方が悪い事を示す証拠もバッチリ。今頃は風紀委員会経由で警察に引き渡されるところじゃないかな?」
「他の所でも同じような感じですネ。事前にイチを含めた複数の筋から情報提供があったのデ、何処でも決闘にすらさせずに制圧済みでス」
強い。
流石は決闘学園の生徒と言うべきか。
自分たちの身程度、自分たちで難なく守ってみせたらしい。
俺は自分の中の怒りが急速に萎んでいき、落ち着いていくのを感じた。
と言うかだ。
「ここまでやったら、逆に尾狩参竜が出て来なくなるんじゃ……」
俺は思わず懸念を口にしてしまっていた。
いや、決闘学園、そしてそこに通う一生徒としては、出て来なくて構わないのだけれど。
でも、この状況だと、国的には都合が悪いのでは?
「それですが。ネットの方を燃詩先輩が完全制圧しているとの事で、彼らの端末上では上手くいっているように見せているそうです。なんでも少し前から準備をしていたのだとか」
「な、なるほど……」
「では気づかれる事は無さそうですね」
と思っていたのだが、燃詩先輩の技術によって、尾狩参竜たちの手元には偽情報しか届いていないらしい。
きっと、画像やメールの偽造をしているのだと思うのだけれど……怖いな。
うん、分かっていた事ではあるけれど、燃詩先輩を敵に回したら駄目だ。
尾狩参竜なんて比較にならないほどに強い。
「そんなわけだから、後は尾狩参竜自身が出て来て、どんな些細な事でもいいから学園内で問題を起こしてくれるのを待つだけだね。そうすれば、きれいサッパリ終わりだよ。ナル君、巴」
「……」
そう言うスズの笑顔はとても晴れやかな物であった。
「ナルさん。巴。実は懸念がない訳でもありません」
「と言うと?」
「尾狩参竜はこれまで致命的な状況だけは避けてきています。だからこそ、あれほどの問題児なのに、これまで生き延びて来れたのです。ですので、今の状況も……上手く察して、逃げ延びるかもしれません」
「? 何も問題を起こさないなら、それでいいんじゃ?」
「いいえ、この場合の逃げ延びる手段と言うのは、人質と脱出手段を決闘によって確保し、それで国外まで逃げ出すと言うものです。学園内に仕掛けられた国の罠を察したのなら、学園外の拠点も既に駄目なのは察しているでしょうから」
信長さんもイチと同じような事を言っていたな。
つまり、今のような状況での勘がよく働く可能性は結構あるわけか。
そして、その勘の働き具合によっては……決闘を利用して、国から手出しされないようにしつつ逃げ出す可能性がある、と。
なるほど、これは確かに懸念事項だな。
「もしそうなった時に狙われるのは、魔力量甲判定の生徒や大企業・政治家・名家の関係者です。なので実は、該当する生徒には既に話が行っていて、その時には姿を隠すようになっています。チャンスなど与えない方が都合がいいので」
「だから俺と巴も姿を隠せと?」
「出来る事ならば」
で、その際に狙われる可能性がある人物として、俺と巴……と言うか、この場に居る五人は含まれていそうだな。
さて、それでどうするかと言われれば……。
「却下だ。俺は俺以外が狙われる状況を座して見ている事なんて出来ない。それに、尾狩参竜がこれまでに聞いている通りの人物なら、人質にするのにちょうどいい特定の誰かが見つからないなら、それ以外を人質にするだけだろ。そうなるくらいなら、俺を狙わせて、真正面から叩き潰した方が早いし安全だ。特に俺はペインテイルの件もあって、相手視点で狙いやすいだろうしな」
逃げるわけがない。
むしろ狙わせるなら俺を狙わせて、状況をコントロールした方が良い。
「ナル様……。そうですね。私も同様です。護国の名において、このような場で隠れ潜むことなど出来ませんので」
「うん、そうだよね」
「ですよネー。何も起きない事を祈りましょうカ」
「……。そうですか、分かりました。では、状況によってはそうすると連絡しておきます」
「頼んだ」
最良は何も起きずに終わる事。
その次は相手が罠にかかって何も出来ずに終わる事。
だがそうならなかったのなら……俺の出番だ。
きっとその時には、俺が我慢できないような事もされているだろうしな。