351:文化祭三日目・国を護るために
「それで父様。これで用件は終わりですか? もしも終わりだと言うのなら、私もナル様も忙しいので、これで失礼させてもらいますが」
貴賓室の窓から現在大ホールで行われている演目……子牛寮による演劇、それも吉備津を主役に据えたものであるらしいそれを眺めていると、巴の声が室内に響いた。
どうやら巴の尋問と説教がようやく終わったらしい。
なので俺はそちらへと意識を戻す。
「い、いや。これだけではない。実は国から巴と翠川君に対するメッセージを託されている」
信長さんは席に着き、出された水を飲んで一息ついてから、口を開く。
その目は真剣なものであり、どうやら本題と称すべきはこれからのようだ。
「多少長めの話になる。そして、順番に説明していくから、まずは最後まで聞いて欲しい。相槌程度なら構わないが」
「……。分かりました」
「なるほど」
そして、信長さんの事前注意からして、あまり心地いいとは言えない類の話になるらしい。
なお、この時点で護家さんは席を離れ、他の従者の人たちと同じように立ち始めている。
どうやら護家さんは、巴が妹のように扱ってはいても、現状の立場としてはあくまでも従者の一人であるらしい。
「先ず第一に、国は尾狩参竜を処分する事を決定した」
信長さんの話が始まった。
そして直ぐに特大のネタが放り込まれた。
「理由はやはりペインテイルが決闘の褒賞として話す事になったヤバい事の内容が内容だったからだな」
ペインテイルのヤバい事と言うと……数名の子女をコンテナに詰めて、海外に送った事か。
どう控えめに言い繕っても誘拐であり、しかも国際的な犯罪だ。
「国はこれまで国益をもたらすならと、尾狩参竜の事を放置していた。実際、奴は国益国防に大きく関わる国際的な決闘者として出せるレベルの貴重な実力者だったからな。多少の粗相なら……と、考えていたわけだ。が、そうして放置した結果、奴は許されるラインを大きく超えた犯罪を犯していた」
そして、ペインテイルが知っている事をトップである尾狩参竜が知らない訳がない。
仮に知らなくても許される事ではない。
いずれにしても尾狩参竜とその一派をこれ以上放置する事は国益に反すると、国は判断したわけか。
正直、決闘を利用した金銭や会社の奪取なんて事をしている時点で止めろよ、と言うのが、俺の偽らざる本音だけどな。
「分かっていて見過ごしていたのなら、国も同罪だと私は思いますが?」
「私も同感だ。一応の言い訳としては、国も尾狩参竜には複数の諜報員を付けて、行動を見張らせていたり、犯罪行為にしても重大なものは犯さないように制御していたそうだ。が、どうやってか、その諜報員たちの目を盗んで重大犯罪を行っていたようだ。そして、明らかになった以上は放置できない、と言う事らしい」
どうやら巴も……それに信長さんもこの点では同感であるらしい。
で、此処で言う諜報員と言うのは……もしかしなくても天石夜来、イチの叔父さんたちかな?
まあ、そう言う目的のために潜り込んでいたのに役目を果たせなかったのだから、怒られるのは仕方がない事なんだろうな。
俺がペインテイルに自白させることで事が動き出したって事は、自分たちが関わっている事も把握できていなかったんだろうし。
「それで、尾狩参竜は直ぐに逮捕されるのですか?」
「いや、もう暫くは証拠固めなどで時間がかかるそうだ。これを機に関係者全員を捕えたい連中とどうにかして逃げ延びようとしている連中の小競り合いもあってな……。学園と尾狩参竜たちはノンキにしているが、裏では中々の騒動になっている。私も帰ったら、対処で忙しくなる事だろう」
どうやら、裏ではとても大変なことになっているらしい。
俺が原因?
国が放置していたのが原因なので、俺の知った事ではありません。
少なくとも気に病む必要は絶対に無いな。
「それで父様。どうしてこの話を私たちに?」
「理由は幾つかある」
さて問題はどうしてこんな話を俺たちにしたかだな。
「尾狩参竜がこの文化祭に来ることはこちらでも把握している。今頃は奴の手下によって、文化祭の各所でちょっとした騒ぎが起きている事だろう」
「……」
「心配しなくても、風紀委員会と警察が順次捕まえているはずだ。あちらに潜り込んだ諜報員も今回は仕事をした」
信長さんの言葉に巴が立ち上がり、睨みつける。
だが、もしも何か大きなトラブルが起きているのなら、スズから俺へと連絡が来ているはずだ。
それが来ていないと言う事は、本当に大丈夫なのだろう。
俺たちの文化祭をそう言う場として使われる事に対する憤りは勿論覚えているけどな。
「巴と翠川君の懸念と怒りは最もだ。理解もする。だから落ち着きなさい。これを提案した馬鹿ももう抑えてあるから安心しなさい。私だって一度ブチ切れてから、こっちに来ている」
「「……」」
そう言う信長さんの表情は怒りに満ちたものだ。
どうやら本当に怒っているらしい。
「父様。私たちがここで抑えられているのは、尾狩参竜に喧嘩を売らせないためですか?」
「それもある。奴を塒から誘い出して仕留めるには、ある程度場を整える必要があるからだ。予定では、文化祭の最中にどんな些細な罪でも見出して、逮捕する事になっている」
「なるほど」
「そして、尾狩参竜から喧嘩を売られた時に、買う意味がないと言うのを教えるためでもある。既に奴は詰んでいるわけだからな。下手に決闘に持ち込まれて、勝者の権利を生かして逃げられる方が厄介なのだ」
つまり尾狩参竜は詰んでいる。
その詰みを完璧にさせるために、決闘なんてさせない。
と言うのが国のやり口であるらしい。
「だが奴の手口を知っている身からすると、この程度の手段では生温いと言うのが本音だ。極めて侮蔑的な言葉を使い、他人を傷つけて、決闘に誘い込むくらいの事をするのは奴なら確実にする。そして、その権利を利用して安全圏に逃げるのもな。それを見過ごせと言うのは……あまりにも耐えがたい。だから、これを用意した」
そう言うと信長さんは従者の一人に小さな箱を持ってこさせる。
箱の中身は……深藍色の宝石、『アビスの宝石』だ。
「これは……父様!?」
「心配しなくても、尾狩参竜経由ではない。どうやら、製造者のハモとやらは中々に強かなようでな。所有している事を外に漏らさない人間を選んで、裏で結構な数を売っているようだ」
「なら良いのですが……」
なるほど。
ハモは尾狩参竜に黙って『アビスの宝石』を売っていたのか。
仮にこれが明らかになっても、一つや二つくらいなら、これまでに尾狩参竜経由で売却した物が転売されたと言い訳できるから、問題ないと言うところか。
本当に詰んでいるな、尾狩参竜。
「話を戻す。これを巴に渡す。私は出来れば決闘はして欲しくないと思っている。これは確かだ。だがもしも尾狩参竜を許せないと感じたのなら……決闘をするのなら使うと良い。そして、その時はなんとしてでも奴を叩き潰せ。あのような輩をのさばらせておく事は百害あって一利なし。これまでは国が止めていたから歯がゆくも見過ごしていたが、お前の目の前でも許せぬ事をやるなら……許すな。そうでなければ、護国の名が廃る!」
「父様……。はい、謹んでお受け取りいたします」
必要なら叩き潰せ、か。
巴と信長さんはヒートアップしているが、もしもその時が来たのなら……俺が出るべきだな。
『アビスの宝石』の性能まで考えたら、きっとその方が勝率は高いはずだ。
それに、巴が許せないような事を尾狩参竜がやった時に、俺が我慢できるとは思えないからな。
俺がそんな事を考えている間に、俺と巴、信長さんの会合は終わる事となった。