350:文化祭三日目・護の国、護の家
『只今より、外の方の入場を始めます。しかし、ブースなどの営業はまだ始めないでください。開始は9時です』
文化祭三日目になった。
本来ならば今日も『ナルキッソスクラブ』のブースに居て、対応をする予定だったのだけれど……予定が変わってしまった結果、そちらはスズたちに任せる事になった。
「ナル様、申し訳ありません。急な予定変更となってしまって」
「巴は悪くないから大丈夫だ。それに向こうだって忙しいのは明らかだからな。これくらいは仕方がないの範疇だろ」
そして、俺は今、巴に連れられて、大ホールの貴賓席にまで来ている。
用事は巴の父親にして護国家の現当主である護国信長と、巴が妹のように可愛がっている護家直虎の二人と会うため。
さて、どんな人物だろうか?
と言うわけで、巴がノックをし、名乗ってから、俺たちは貴賓室の中へと入る。
「よく来てくれた、翠川君。私が護国家現当主、護国信長だ」
「初めまして。翠川鳴輝と申します」
部屋の中には複数の人間が居たが、その大半は執事服あるいはメイド服を着た従者であり、そうでない服装の人物は二人だけ。
その片方、三十代後半程度と思われるスーツを着た黒髪黒目の男性が立ち上がり、俺たちの事を歓迎してくれる。
うん、思っていた以上に見た目は普通の男性と言う感じだな。
体幹のブレとかは見えない辺りに決闘者として確かな実力を持っている事も見えるけど。
「こうして顔を直接会わせるのは久しぶりですね。父様」
「うん、本当に久しぶりだ。元気にしていたかい? 巴」
「ええ。ナル様のおかげでお父様からの干渉が最小限になったので、とても、快適に学園生活を送らせてもらっています」
「……」
巴の容赦ない言葉に信長さんは目に見えて萎びる。
あーうん、子煩悩とかそう言うのか?
でも、この人が巴に嫌われているのは自業自得の類だからなぁ。
俺からは何も言えない。
「巴御姉さま。私も名乗らせて下さいませ」
「そうですね」
と、ここでもう一人の従者ではない人物が声を上げ、一歩前に出て来る。
「お初お目にかかります。護家直虎と申します。翠川様とは、巴御姉さま共々仲良くしていただければと思います」
護家さんは黒と黄色が入り混じり、虎柄のようにも見える髪の毛をしている。
そして目は黄色の虹彩で、髪の毛と合わせて虎を人の形にしたような雰囲気がある。
しっかりと鍛えているのか、体幹のブレとかも感じないし、これで魔力量甲判定なら、学園に入学した後は中々の実力を発揮しそうに思えるな。
「翠川鳴輝です。巴が妹のように可愛がっていると聞いていますので、俺も同じように仲良く出来ればと思っています」
と、そんな感想を抱きつつも、俺は普通に名乗り、軽く礼をする。
「……」
そんな俺の様子を護家さんはしばらく無言で眺めて……それから口を開く。
「当主様。例のプランはやっぱり諦めるべきだと思います。私としては巴御姉さまのお相手がこの方で非常に安心しているところなのですが、だからこそあのプランはキッパリサッパリ諦めるべきだと具申させていただきます」
「!?」
「例のプラン……? 父様、少々、詳しくお聞かせ願えますか?」
「……」
護家さんの言葉を聞いた巴が信長さんに一歩近寄る。
その表情がどうなっているのか怖くて見れないが、信長さんの表情からして、まあ、知らない方が幸せなんだろうなと思う。
と言うか信長さん、そこで俺の方に助けを求める顔をされても、俺は事情を知らないので対処できません。
そこで護家さんに何故裏切ったのだ的な表情を向けるにしても、ここで裏切られるようなプランをお出しするのが悪いのではないでしょうか。
ついでに周囲の従者の方々に目を向けても、無表情か、だから止めとけと言ったのに的な顔をしているかの二択な辺りに、非があるのは貴方の方だと思います。
「い、いや、待つんだ。巴。これはお前と彼の仲を引き裂くようなものでは無いし、お前以外の彼の周りに居る子たちにも迷惑をかける気はないし……」
「……」
えー、部屋の隅で巴による尋問が始まってしまいました。
なので俺は漏れ聞こえてきた言葉からだいたいの事を察した上で、護家さんの方を向き、自分の事を指さしつつ口を開く。
「アイアム種馬?」
「イエスですね。当主様としては、国の為にも、翠川さんにはご自分のように沢山の子供を幅広く作って欲しいそうですよ」
「俺の甲斐性的に巴たち四人で限界じゃないかなぁ」
「貴方の甲斐性としてはもっと囲えると思いますが、性格的にはそれでいいと思います。私もその方が安心ですね。今のメンバーなら巴御姉さまが蔑ろにされる事は決して無いと思いますし」
うん、完全に把握した。
つまり、信長さんは護家さんも俺の奥さんの一人にしようとしたと。
それでもしも護家さんとの間に子供が出来れば、護家さんの後ろ盾である護国家の力も強くなるし、魔力量甲判定同士なら魔力量にも期待が持てるし、という具合で、色々と都合が良いのだろう。
国と信長さんにとっては。
うーん、懲りないな、このおっさんは。
アンタ、巴の時にそれをやって、痛い目を見ただろうに。
「どうして此処まで権力に拘るんだ? それも慣れない策謀に拘って」
「うーん、当主様の権力も盤石ではありませんから。少しでも自分の地位や財産を固めておきたいのかと」
巴の尋問は説教に変わりつつあるな。
そしてまだまだかかりそうだ。
なので俺は場を繋ぐためにも疑問の声を上げる。
「こちらをどうぞ。翠川様」
「あ、これはご丁寧にどうも。近衛さん」
「このような耄碌の事を覚えておいででしたか。流石でございます」
「いえ」
すると、以前お会いした初老の男性が資料なのか、巴を中心とした家系図のようなものを渡してくれる。
えーと、この家系図によれば……うん、グッチャグチャの家系図になっているな。
とりあえず巴には腹違い、種違いの弟妹が何人も居るらしい。
そして、それは信長さんも同様のようで、中には現役の決闘者として国同士の決闘にも出ている一線級の方も居るようだ。
対して信長さんは既に現役は引退していて、当主業に専念しているんだったか。
うん、これは拗らせる状況ではあるな。
「ああ、なるほど。現役で一線級の方のが当主に相応しいとか騒いでいるのが居るんだな」
「「いえ、全く居ません。少なくとも仕える側には一人として」」
「そうなの?」
「だって当主として相応しいかと決闘者として実力があるかは全くの別ではありませんか」
「ですので、仕える私共としては素直に当主業に専念していただければと思っているのですが……どうにも奥様共々、欲が抑えきれないようでして……」
俺の疑問には異口同音で答えが返ってきた。
これはアレか、信長さんが当主として一番マシで、他は決闘以外には向かないとかそう言う……。
そして、欲と言うのも金銭欲の類と言うよりは、承認欲求の類だな、さては。
「大変ですね……。そして、俺に話していいんですか、これ」
「巴御姉さまと結婚するのなら、翠川様も身内ですので。あ、出来れば護国家当主の座は私が選んだ旦那様に譲っていただければと思います。そうすれば、翠川様たちに迷惑が掛からないように私が何とかしますので」
「あ、はい。俺は興味が無いんで、そこは巴次第ですね」
とりあえず分かった事が一つある。
護家さんはスズに似たタイプだ。
なんと言うか、纏っている空気がそう言うものだ。
婚姻関係で四角形が出来る系の、図にするのに困るタイプの家系図。
いやまあ、それを国から求められた家だから、本人たちは何も悪くないんすけどね。