35:決闘の幕は下りた
「この度はそちらを差別し、排斥するような言動を行い、誠に申し訳ありませんでした。今後は心を改めて、決闘者としての実力を付けることに邁進させていただきます」
俺、スズ、イチ、マリーに対して、生徒会長に連れてこられた縁紅が頭を下げている。
これは……アレだな、決闘で賭けたものの一部だ。
うん、謝るのは早いに越したことはない。
無いわけだが……どうしてだろう、俺の背後にスズたちからの視線が突き刺さる。
「ふーム。一応の事情は窺っているのデ、何故謝るのかは理解できますシ、謝り方も悪くはないわけですガ。そもそモ、マリーたちは該当発言を直接聞いたわけじゃないですからねェ」
「なんと言うか、謝られても困る? イチたちに何か得があるわけでもないし」
「……。俺からは、この謝罪は決闘で賭けたものの一つであり、女神との契約もあるので、その、許してもらえるかどうかとか、貴方たちの心情がどうだとか、その辺りがどうであっても頭を下げる選択肢しかなくてだな。何かしらの賠償が別に必要なら、後で話し合いに応じるつもりはあるとだけ言わせてほしい」
「賠償は不要ですヨ。このくらいならちょっとヒートアップしたの範疇でス」
「マリーに同意。イチもこれ以上は求めない。と言うより、この程度で一々求めていたらキリがない」
「分かった。ならば、こちらからはもう何も言わない」
えーと、マリーとイチは謝られてもと言う感じの空気を出しているな。
ではスズは?
「ナル君」
「はい」
あ、これは……怒っているほどではないが、機嫌が悪い感じのスズだ。
「こう言う事になるから、決闘で賭けるものとか、契約内容の確認とかはしっかりしないと駄目なの」
「……」
「そう言うわけだから、お勉強、頑張ろうか。私、イチ、マリーの三人で、最低でもナル君が今後は勝手に契約を結んだりしないようにはしてあげるね」
「ひゅっ……」
なんか俺の口から変な音が出た。
そして、スズに掴まれている方の腕が動かない。
動かそうと思っているのに動かない。
「俺は……」
「縁紅は黙って退出。あ、謝罪はナル君が勝ち取ってくれたものだから、喜んで受け取っておくね」
「あ、はい」
縁紅が生徒会長に連れられて、控室の外へと向かっていく。
「翠川。俺は強くなる。そして次こそはお前を打ち倒してやる」
「やれるものならやってみろ、返り討ちにしてやる」
去り際にはリベンジを望む言葉を告げられたが、その声にはこちらを妬むような響きや、いやらしい感じは含まれていなかった。
なお、控室の外には味鳥先生が待ち構えていて、縁紅の奴は味鳥先生によって何処かへと連れて行かれた。
きっと、お望みの特別授業と言う奴だろう。
ははは、良かっ……。
「ナル君? 何処からお勉強しようっか? スズ。学園に入るに当たって色々と勉強したから、一通りは教えられるよ」
「え、えーとだな……」
「折角だからマリーの方でお金の方も一度チェックしておきましょうカ。何となくですけド、余計なものに使っていそうな予感がありますのデ」
「い、いや、そんな事は……」
「スズもマリーもご安心を。どういう勉強になろうとも、イチが逃がしませんので、じっくりお願いいたします」
「う、動かな……!?」
気が付けば、スズとイチが俺の両腕をしっかりと持っていて、しかもイチが掴んでいる方の腕はビクともしない。
え、待って、俺とイチの間には40センチ近い身長差と男女差があるはずなのだけれど、それでなんで動かないんだ?
しかもマリーはマリーでなんだかすごく恐い笑みでスマホを弄っている。
「ま、麻留田さん!? こ、この状況は風紀委員会的には如何なものかと思うのですが……!?」
俺は恥も外聞も捨てるように麻留田さんに助けを求める。
果たして帰ってきた言葉は?
「私の目にはハーレム野郎がハーレム要員とじゃれついているようにしか見えないな。よって、現状は私が止めるようなものでは無いと判断する。ただそうだな……この先は翠川の寮の自室でやるように」
「!?」
希望は断たれた。
「はい、分かりました。ありがとうございます。麻留田風紀委員長」
「感謝いたします。麻留田風紀委員長様」
「センキューでス! 麻留田センパイ!」
「えっ、は? いや待て、マジでなんで俺の事引きずれるんだ!? 物理法則! 物理法則は仕事を放棄するな! しないでくれ!?」
こうして俺は戌亥寮の自室にまで、衆目環視の中でスズたちによって引きずられていき、日付が変わる頃まで決闘で変なものや大切なものを賭けた結果としてどのような事が起きたのかと言う事例を、延々と解説勉強させられることとなった。
そして、このような締まらない結末を以って、今回の俺の決闘は幕を下ろすことになったのだった。
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「旦那様。奥方様。翠川鳴輝についての調査結果が出ました」
「見よう」
「見させてもらうわ」
某所にて。
執事服を着た男性から、一組の夫婦が同じ内容の書類をそれぞれ受け取っていた。
「翠川鳴輝。15歳。男。魔力量は中学三年生の11月時点で3600。当初は計器の不具合も疑われたが、複数回の再検査を経て魔力量に間違いはないと確定。入学時点では公立決闘学園歴代一位の魔力量で、甲判定者として学園に入学」
「家族構成については父親と母親が存在のみの三人家族。父親は会社員で母親はパート。借金は家のローンが残り僅かにある程度。両親ともに魔力量99以下の丙判定。念のためにDNA検査による親子関係のチェックが行われ、血縁関係に間違いがない事は確認されている。つまりはある種の突然変異ね」
書類の内容はナルとその周囲についての調査報告をまとめたもの。
「友人関係としては、幼馴染である水園涼美との仲が特によく、周囲からは恋人またはそれに準ずる関係と見られていた。なお、水園涼美は乙判定者として学園の試験に合格し、入学を果たしている」
「これまで情報が秘匿されていたのは、本人、家族、友人に危害を加えて、要求を通そうとする者の懸念があったため。違法行為が絡まないにしても、外野による過度の競争を抑止するため。これはいつもの文言ね」
「現状の中学三年生、中学二年生で、同等の魔力量を保有していそうな人材は確認されていない。高校三年生と高校二年生についても同様」
「マスカレイド中の奇行や特殊な仮面体への懸念はあれど、普段の素行は良。女性の扱いについては過去に遡っても粗雑なものは見られず」
期間はナルが高校に入学する前のものもあれば、此処一週間で調べられたものも混在している。
「なるほど。護国の看板を継がせる次の次、その世代の種としてはこの上ないとも言えそうだ」
「そうですね。幼馴染についても聡く、自分の立場と言うものを弁えている。いえ、それどころか、影と黄金、両家の娘とも仲良くなっているようです。これなら、あの子さえ納得出来れば、どこも丸く済む事でしょう」
この夫婦の苗字は……護国と言う。
「……。まあ、その説得とやらが一番の問題なわけだが」
「……。反抗期なのか、私たちの関係にも納得がいってないようですからね」
「……。まあまずは正攻法で行こう。幸いにして、期間は三年もあるのだ。あの子もああ見えて女だ。コロッと落ちるかもしれない」
「……。そうですね。正攻法で行きましょう。違法な手段など以ての外です。もしかしたら、私たちが何かするまでもなく、と言う可能性もありますしね」
現代の国を守るための要となるのは決闘者。
決闘者にとって最も重要なのは魔力量であり、詳細は確かではないが、その量の多寡には少なからず遺伝が関係している事は明らかだった。
優秀な決闘者を作り出すための血筋作り、それは何処の国も急ぐものであり、日本もまた同様だった。
故に、ナルの血を求めて、動き出す者がいる事もまた必然であった。
これにて一章完と言うところでございます。
明日からも引き続き更新していただきますので、楽しんでいただければ幸いです。
07/21誤字訂正