348:文化祭二日目・遠くで聞くライブ
「流石に今の時間からじゃ厳しいか」
彩柱先輩ことカラフル・イーロのライブ時間になった。
ライブが行われるメインステージの人混みは凄まじく、グラウンドが人で埋め尽くされているのは当然の事、グラウンドの様子を見れるならばと一部の教室などにも人が詰めかけてきている。
今の時間からでは、マトモに見れる位置に入る事は不可能と言ってもいいだろう。
流石は現役アイドルと言う他ない。
「そうだね。でも仕方が無いと思うよ。予定外が二つもあったわけだし」
「恋佳の件モ、荒川の件モ、想定外でしたからネェ。特に後者」
「まさかの展開でした」
と言うわけで、少々残念ではあるが、ライブの音楽さえ聴ければそれで十分と俺たちは判断。
『ナルキッソスクラブ』のブースに戻って来て、そこで雑談とほぼやってこない客の対応をしつつ、遠くから聞こえてくる曲を楽しむ事にした。
「そう言えば、荒川さんのように親に内緒で学園にやってくる人って多いのか?」
「風紀委員会によれば、毎年一組か二組ぐらいは憧れだからと親に黙って来てしまう中学生は居るそうです。ですが、今回の荒川さんのように、一人で、魔力量甲判定者が、入学する事になるからとやってくるのはかなりの特異事例だと思います」
「荒川の例は本当に特殊ですヨ。きちんと検査をしなけれバ、自分の魔力量がどれぐらいなのかなんて知れないはずなんですかラ。そしテ、個人的にそんな検査をするのハ、決闘か魔力に関わる仕事を持った家の子供くらいでス」
「でも、あの子はそれをした。となると……ヤマタノオロチどうこうはともかく、魔力を見るぐらいのユニークスキルは持っていて、既に目覚めていそうだったよね。知識じゃなくて、その場で見た結果としてナル君に対して反応しているように見えたから」
カラフル・イーロの歌が始まった。
アイドルらしい、明るく華やかな曲だ。
グラウンドの方がとても盛り上がっているのは、地響きや歓声などでも伝わってくる。
「ちなみにあの子は深淵とも言っていたけど、アビスの声は聞こえてないよ。それは確実。まあ、他の神様が居て、その声を聞いているとかは分からないけど」
「そうなのか」
「こういう時にスズが居ると頼もしいですネ。少なくともアビス関係かは確実に判断できまス」
「同感です」
それはそれとして、雑談の方へ意識を向ける。
なるほど、荒川さんはアビスとは関係ないのか。
まあ、言動だけならただの中二病みたいだしな。
本物が関わっているなんて、早々ある事じゃない。
「と、失礼します」
何処かからか連絡が来たのか、イチがスマホを取り出して、何度かスクロールして、合わせて目が上下左右に動いていく。
そして読み切ったのか、動きを止める。
で、少し悩んでから、顔を上げる。
「報告が来ました。大漁さんの実家と地元地域については現地近くの諜報組織が詳しく調べてくれるそうです。どうやら現在の警戒網からはきれいに外れていた場所だそうで、感謝の言葉が来ていますね」
「へー、大漁さんが魔力量甲判定なのに網を張っていなかったんだな」
「軽く調べて何もなかったから、一度外していたのかもしれませんね」
「改めてって事ですネ」
どうやら大漁さんの実家と地元については改めて調査が入るらしい。
まあ、動かせる人の数にも限界があるから、一度調べて何もなければ、引き上げるのは普通の事か。
親父とオカンの周りだって、尾狩参竜と言うかペインテイルの件までは軽めの調査までで、護衛の人員とかは入ってなかっただろうしな。
「それともう一つ。荒川さんについては、これから日本政府の職員が同行して、家へ移送するそうです。魔力量甲判定である事や、魔力の視認が可能な事も確定したそうなので、その辺りの説明も移送と合わせてしてくるとの事です」
「そうなんだ。じゃあ、こっちの件は荒川さんが入学するまではもう無関係かな?」
「そうなると思います。なお、希少能力なのが確定しているので、既に護衛が就く事も決定しているそうです」
「当然ですネ。再現難易度次第ではマリーたちの『蓄財』並みに希少ですシ、そうでなくとも貴重でス」
荒川さんについては問題なしか。
無事に家へ帰れるようで何よりだ。
まあ、家に帰ったら親御さんから怒られそうな気もするが……そこはもう自業自得って奴だな。
「最後に」
「まだあるのか」
「はい。と言うより、これが一番重要な話ですね」
イチの顔が一気に真剣みを増したものになると共に、周囲の無関係な人間に聞こえないように小声になる。
これは……そう言う事か。
「夜来おじさんから連絡がありました。尾狩参竜が学園祭にやって来るそうです」
「……。トラブル確定か?」
「残念ながら。あの男とその部下たちが文化祭にやって来て、何事も無く済むとは思えません。イチはこれから風紀委員会、学園、警察の方に情報の共有をしておきます」
「頼んだ」
尾狩参竜……つまりは魔力量至上主義者たちが文化祭にやってくるのか。
全くもって嫌な話だ。
こっちが普通の文化祭を開催して楽しんでいるところに、それをぶち壊すためにやってくる人間が居るのが確定したのだから。
嫌にならない方がおかしいとも言うが。
と言うわけで、イチは何処かへ駆けて行く。
きっと風紀委員会の方へ話を直接持ち込むのだろう。
「さて、何処を狙って来るだろうな?」
「何処も、だろうね。下の連中はまだ調子に乗っているみたいだけど、上の連中は魔力量至上主義と言う考え方が、私たちから見たら古臭くて馬鹿にされるものだと認識しているはずだから。でも特に……ナル君は狙われるだろうね。ペインテイルの件もあるし」
「はー、本当に嫌な話だ。先制で叩き潰す手段とか無いのかね。ペインテイルの自白からして、アイツらは叩けば幾らでも埃が出て来るだろうに」
「公的な諸々と言うのはどうしても時間がかかりますからネ。それで後手に回ってしまったのでしょウ」
「むしろ、文化祭の場を利用してまとめて叩き潰すつもりなのかも。私たちとしてはいい迷惑だけど」
なお、イチの叔父さんが自陣営であるはずの尾狩参竜の情報を漏らしている件については、俺たちの感想は非常に単純で、見限ったんだな、と思うだけである。
本当にただこれだけである。
だがここで情報が漏らしてくると言うのは、そう言う事だろう。
「とりあえず後で改めて対応を話し合っておくか」
「そうだね。なって欲しくはないけれど、ナル君の出番が来るかも」
「出来れば穏便に済んで欲しいですガ、相手が銃口を向けたなら撃ち返さない訳にはいきませんネ」
さて、何が起きるにしても、出来るだけ穏便に終わらせたいところだが……そうもいかないのだろうな。
なにせ相手は拳を振り上げながら近づいてきているようなものなのだから。
こうして、遠くからカラフル・イーロの楽しそうなライブの音が聞こえてくる中、俺たちの文化祭二日目は不穏な気配を感じつつ終わる事となった。