344:文化祭二日目・虎卯寮演武 トモエとアルレシャ -後編
「『エンチャントワールプール』……じゃあ、遠慮なく行かせてもらうぞ!」
アルレシャが最初と同じように重ねた手を離しつつ、捻った腰を勢いよく戻していく。
だが放たれたのは網ではなく三叉の銛。
アルレシャの両手から出された糸を束ねて固めて作られた柄を、連ねて押し出し、重ねて伸ばす。
糸が出る勢いだけでなく、自身の体の動きによって生じた勢いを乗せた矛先は、渦潮を纏った状態でトモエに向かってまっすぐ伸びていく。
「『ロングエッジ』!」
そして、その矛先はスキル『ロングエッジ』によって更に伸長し、勢いを増す。
アルレシャが攻撃を放った時、アルレシャとトモエの間には10メートル以上の距離があった。
だが、加速に加速を重ねた突きは、その距離を文字通りの一瞬で詰め切ってみせた。
「ええ、それでお願いします」
そんな文字通りに目にも留まらぬ速さの槍をトモエは前に出つつ、最低限の動きで避ける。
避けた上で薙刀を振り上げ、伸ばされた銛の柄を横から切り裂き断つ。
断って……回る。
「『エンチャントフレイム』からの……」
「!?」
アルレシャに向かって螺旋に回転しつつ移動して、炎を纏った薙刀の刃で伸ばされた銛の柄を切り詰めながら近づいていく。
アルレシャはそんなトモエの動きを見て、慌てて柄を引いては再度突き出すが、トモエはその突きも最低限の動きで避けながら、更に切り詰めていく。
そうして、アルレシャの目前にまで迫ったところで……。
「『スクリューアッパー』!」
「っ! 『クイックステップ』!」
『スクリューアッパー』を発動。
薙刀を振り上げ、火柱を立ち上げ、更にはその熱気に喚起されたかのように、ここまでに切り離された糸たちが激しく燃え上がる。
だが、『スクリューアッパー』の大きすぎる動作は見てから反応できるものであったため、トモエの攻撃が当たる前にアルレシャは『クイックステップ』を発動して、その場から自身の斜め前に向かって飛び去って回避していた。
「……。なるほど。確かに想定外は起きてるな。普段のアタシなら、これだけ消費する動きをしていたら、そろそろ底をほんの少しだけ感じているんだが、今日は感じてない」
「そうですね。ただ、この件については演武の後です。それよりも決着を付けましょう」
「あいよ」
トモエに向き直したアルレシャは三度腰を捻り、両手を腰の辺りで重ね合わせる構えを取る。
それは見方によっては居合の構えのようでもあり、アルレシャにとってはどのように糸を放つかを相手に悟らせないのに都合が良い構えでもあった。
対するトモエは再び『アディショナルアーマメント』を発動して、武器を薙刀から弓へと変更。
弓に矢をつがえて、軽く引く。
「すぅ……ふぅぅぅ……」
トモエは呼吸を整える。
合わせて、自身の心を、魔力を、意思を研ぎ澄ましていく。
アルレシャを倒すと言うただ一点に対して。
「『エンチャントフレイム』『ハイストレングス』……正面衝突と行きましょうか」
その上でスキルを使う。
百回使って百回同じ効果を示すのがスキルであるのに、そのルールを無視したスキルが発動する。
矢に炎が宿るのではなく、炎を矢の形に押し固めたかのような揺らぎなく赤光を放つ矢をつがえて……弓と腕の限界まで引き絞る。
「『エンチャントワールプール』……それと正面衝突とか、演武じゃなかったら絶対にしたくないけどな。だが演武なら……今日のアタシには……他の選択肢はない!」
アルレシャは腰の捻りを深め、腰を少しだけ落とすと、トモエの赤光を放つ矢を真正面から見据えて狙いを定める。
そんなアルレシャの両手は既に滞留している糸と渦潮を纏い、波打ち、仄かに輝いている。
「では、勝負です」
「おう」
動き出す。
トモエの指が矢から離れ、矢が放たれる。
その様はまるで赤いレーザーが弓から放たれたようであり、放たれると同時に響いたのは音ではなく熱を伴う衝撃波と化していた。
アルレシャの全身の動きに合わせて、渦潮を纏った三叉の銛が伸びていく。
その様はまるで青く輝く螺旋状の光が手から放たれたようであり、その切っ先の行く末を見る事は常人には出来ないものであった。
そして、観客たちの目では一瞬としか思えない間に両者の攻撃は両者の中点に辿り着き、アルレシャの攻撃が纏う渦潮の作用も手伝って、文字通りに真正面からぶつかり合う。
結果。
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
ぶつかり合った点で爆発が起き、大量の水蒸気が発生し、結界の中を満たし尽くす。
観客は悲鳴を上げ、動揺の声が漏れ響く。
やがて水蒸気は晴れていき……。
「ふう。どうにか終わりましたね」
舞台上には鎧を半壊させたトモエ一人だけが立っていた。
『決着! この演武、トモエの勝利とする! 勝者に拍手と喝采を!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
こうしてトモエとアルレシャの演武は終わった。
圧倒的な力同士のぶつかり合いに観客たちが興奮する中で。
「……。流石はナル様です。気づかれたみたいですね」
そして、舞台上から控室へと移動する最中。
マスカレイドを解除した巴は気づく。
ナルが自身の方を向きながら、スマホで何か操作をした後に頷いたのを。
スズたちと……大漁にそっくりの少女を引き連れて、席を立ったことを。
だから巴は周囲から怪しまれない程度に早足で、自身の控室にまで移動した。