343:文化祭二日目・虎卯寮演武 トモエとアルレシャ -前編
『次の演武は一年生同士の物となります。東より、トモエ』
司会を務める生徒の声に従って、デバイスを身に着けた巴が姿を現し、舞台上にまで移動する。
ただ、身に付けている衣装は学園の制服ではなく、文化祭と言う場に合わせたように華やかな柄の着物であり、顔をデバイスで隠していてもなお、よく似合っていると言われるものだった。
そして、その歩みは着物を着慣れた人間のもので、巴がどのような立場の人間であるかをよく示したものでもあった。
『続けて西より、アルレシャ』
巴と同じように大漁が姿を現して、舞台上にまで移動する。
こちらが身に付けているのは長ランと呼ばれるような、丈の長い学ランであり、その背中には大波とタイの絵が刺繍されている。
そんな衣装を身に着けた大漁の歩みは肩ひじを張った堂々としたものであり、見た者にスケバンや不良と言う言葉を思い起こさせつつも、非常によく似合ったものでもあった。
「さて、調子はどうだ? トモエ」
「絶好調です。昨日一日、とても良い経験が出来ましたので。アルレシャは?」
「アタシも絶好調……いや、普段よりも調子がいいくらいだな。妹も見てるし、恥はかけねぇ」
「そうですか。ではプランAの通りに」
「だな」
大漁と巴は舞台上で短く会話を交わしてから、自分のデバイスへと手を伸ばす。
『それでは……3……2……1……演武開始』
「マスカレイド発動。来なさい……トモエ!」
「マスカレイド発動! ふんじばれ! アルレシャ!」
二人がマスカレイドを発動する。
巴を包み込んだ炎の中から現れるのは、全身に赤の甲冑を身に着け、髪の毛の色を黒に変えた女武者……トモエ。
その手には薙刀が握られており、既に刃を全力で振り抜けるように引いた状態になっている。
大漁を包み込んだ大渦の中から現れるのは、一言で言えばスケバンの衣装を身に着けた女性……アルレシャ。
その手袋を填めた両手は重ね合わせるように左腰の辺りへと置かれ、緩く腰を捻り、既に何かを放つ体勢を取っている。
「行くぜ! 『エンチャントワールプール』!」
アルレシャが動き出す。
重ねた手を離しつつ、捻った腰を勢いよく戻していく。
そうする事で勢いを付けて、両手の間にあった物をトモエに向かって放つ。
それはアルレシャの仮面体の機能によって手袋から放たれた糸を、撚り合わせて縄とし、縄を編んで網としたものであり、勢いよく放たれたそれはトモエもその周囲の空間もまとめて収めるようにきれいに広がっていく。
そして、広がった網に沿うように、縄の一本一本に巻き付くように展開されるのは水……スキル『エンチャントワールプール』によって付与された、渦を巻く水である。
何もないはずの場所から生み出された、見た目に美しい縄と水の網。
だが、もしもマトモにこの網へ触れてしまえば、その一点から即座に全身を網に包み込まれた上に、激しい錐揉み回転に襲われて、一気に戦闘不能にまで持っていかれかねない危険な網である。
「受けさせてもらいます。『エンチャントフレイム』『ハイストレングス』……『スクリューアッパー』!」
対するトモエも動き出す。
通常のスキル『エンチャントフレイム』よりも明らかに火勢が強い炎を薙刀の刃に宿らせて、スキル『ハイストレングス』によって筋肉を張らせた上で、スキル『スクリューアッパー』の動作固定に従って体を動かし始める。
トモエのその動きは体を捻りつつ一歩踏み込み、その一歩を軸に回転し、回転に伴って生じた遠心力を薙刀の先へと集めるもの。
そうして、十分に集まった力を……振り上げと言う形で開放する。
「せいやあっ!」
「ったく……」
それは正に全身全霊の一撃。
アルレシャの放った渦潮を纏う網を、トモエの薙刀は真正面から迎撃し……打ち破る!
「破られると分かった上で撃ってはいるが……」
切り裂かれた網と水が飛び散り煌めく。
薙刀を振り上げる勢いで打ち上げられた炎が火柱となった後に散っていく。
それは正に演武だからこその光景。
だがこれが演武であると言う事は、これは打ち合わせ通りの動きでもあると言う事。
故に攻撃を打ち破られたアルレシャは動揺することなく、既に次の動きを始めている。
「破られる側としては溜まったもんじゃないな!」
「っ!」
網を手袋から切り離したアルレシャの両手に一本ずつ生成されたのは、糸を編んで固めて作られた十手であり、その周囲には水が渦を巻いている。
散っていく網と火の粉を突っ切ってトモエに接近したアルレシャは、その十手でまだ振り上げた体勢のままのトモエの薙刀を噛むと、すぐさま捻りを入れて、そのまま奪い取ろうとする。
「プランCに移行します。『アディショナルアーマメント』」
「あっ?」
が、トモエは薙刀を奪い取られる前にスキル『アディショナルアーマメント』を発動。
武器の薙刀を収納して、弓矢に持ち変える。
それも薙刀の収納から弓矢の出現までの一瞬の間にバックステップを挟んで距離を取り、アルレシャの拘束から抜け出すと言う離れ業を含ませる。
「『エンチャントフレイム』……疾っ!」
そして、トモエは予め握っていた矢を直ぐに番えると、通常の『エンチャントフレイム』をかけ直し、矢に炎を灯らせた上で……放つ。
「プランCって想定外って事か? は? アタシは打ち合わせ通りに……と、あぶねぇ!」
対するアルレシャは二本の十手を重ね合わせると、それを始点として糸の壁を生成。
トモエの放った矢は糸の壁に突き刺さったところで止まる。
「トモエ。理由を聞いても?」
「詳しくは演武の後で。ただ、アルレシャの糸の強度が練習時より上がっています。『アディショナルアーマメント』」
「そんな事になる覚え、アタシにはないんだがな……」
アルレシャは火が燃え移った部分の糸を切り離すと、演武が始まって最初に見せたのと同じ構えを取る。
トモエは武器を弓から薙刀へと戻した上で構え直す。
「そうですね。なので此処からはプランFで行きます」
「あいよ。半分ガチンコってことな」
二人の演武には想定外が起きていた。
けれど、トモエもアルレシャも観客にそれを悟られる事なく終わらせることに決めた。
そして、優秀な二人は想定外が起きる事自体は想定していた。
だから二人は再び動き出した。
『エンチャントワールプール』
渦潮と言う属性を付与するスキル。
渦潮とは簡単に言えば回転する水であり、触れればダメージだけでなく、渦の回転方向……付与したものに向かって引きずり込むような形のモーメントが発生する。
モーメントの分だけ普通の水属性エンチャントよりもちょっと燃費が悪い。
なお、塩水になっているかはスキル製作者次第である。
『スクリューアッパー』
全身を螺旋回転させて得た遠心力を乗せながら武器を振り上げるスキル。
威力は高いが、前動作が非常に分かり易く、はっきり言って隙だらけなので、普段の決闘で用いられることは無い。