342:文化祭二日目・演武とは
「と、次の演武が始まるみたいだぞ。そういう訳だから、イチ」
「はい。イチが可能な範囲で解説させていただきます」
大ホールの中心にある舞台に向かって二人の男子生徒が歩いていく。
どうやら二人とも三年生のようで、慣れた様子だ。
「簡単に申し上げるなら、演武とは、魅せる事を目的とした決闘です。よって、まず第一にあるのは観客を魅せる事であり、勝敗については二の次になります」
「負けても関係ないと言う事?」
「少なくとも通常の決闘とは負けの概念は大きく異なります」
決闘が始まり、舞台上の二人がマスカレイドをする。
現れた仮面体は二刀流の剣士と一刀流の剣士で、どちらも抜刀済みである。
そして同時に動き出す。
「演武における負けとは観客を魅せる事が出来なかった事を指します。ですから、演武に臨む決闘者は見栄えを少しでも良くするために入念な打ち合わせと練習を重ねます」
二刀流の剣士は剣に炎を纏うと、横回転する動きを主体として斬りかかり、火の粉をまき散らして周囲を照らし出しながら、何度も斬りつける。
対する一刀流の剣士は相手の剣を勢いを削がないように受け流す、あるいは紙一重で避ける、避ける、避け続けて……一度だけ剣を振り上げて、相手の剣を弾き、止めると、後ろに飛んで距離を取る。
「……。え、あの、今のが事前に打ち合わせ済みなんですか?」
「恐らく打ち合わせ済みです。何処にどのタイミングで、どれぐらいの力で打ち込むのかを全て決めています。だから、二刀流の方は剣を弾かれたのに驚きも怯みもしていません」
そうして距離を取った二人は一度だけ呼吸をすると、示し合わせて同時に動き出す。
そして、今度は真正面から剣を打ち合わせていく。
何度も何度も打ち合わせる。
大ホール中に金属音を響かせながら、お互いの立ち位置を舞い踊るかのように入れ替えながら、火花を散らしていく。
やがて、一際大きい金属音と共に、二人の剣士は再び距離を取る。
「実際の所、事前に入念な打ち合わせをしていても非常に難易度の高い行為です。百回剣を振り下ろすにしても、百回同じ軌道で振り下ろせる者は殆ど居ません。それはスキルを使っても同様です。そして、魅せる事を第一とする以上、受ける側も繊細で紙一重な対処を求められます」
「……」
「だからこそ映えるのです。芸術品として、演武として」
一刀流の剣士の動きが変わる。
剣の刃が伸びた上に氷の結晶を纏い、軌跡に霧と霜を残しながら、伸びた刃を縦横無尽に振り回して舞い踊る。
その動きの一部は相手を倒すと言う通常の決闘においては無駄な物も見受けられたが、非常に見栄えが良いものであった。
それに応じる様に二刀流の剣士の動きも変わる。
炎を纏った剣を変形させてナックルガードを出現させると、軌跡に火の粉を残しながら、刃の嵐の中を踊るように跳ね回り、避ける。
その動きの中には相手の剣の腹にナックルガードで触れる、普通の決闘ならば反撃の始まりになるような動きもあったが、敢えてただ触れるだけで終わらせていた。
そんな二人の剣士の動きは正に演武と言う他ないもの。
氷の檻の中で、炎の華が咲き乱れるかのようなもの。
相手を倒す事よりも、観客を魅せる事を優先したものであった。
「さて、そんな演武ですが、最後の一撃だけは、どちらが勝つかを決めていません。そこだけは真剣勝負なのです」
「……」
「ですから、よく見ておいてください。次で決まります」
二人の剣士の動きが一度止まり、距離を取り、ゆっくりと次の構えを取り始める。
ただし、その動きに伴う威圧感や緊迫感はこれまで周囲に放たれていたものとは違い、強く、重苦しい。
なるほど、確かに次で決着はつきそうだ。
「「「……」」」
二刀流の剣士は、二本の剣を自分の前で交差するように構えている。
一刀流の剣士は、両手で持った剣を高く構えている。
観客は誰もが静まり返り、息を呑む。
二人とも動き出した。
二刀流の剣士は前へ、『クイックステップ』も恐らく使って、一気に距離を詰めていく。
一刀流の剣士は一歩だけ踏み込んで、『バーティカルダウン』を恐らくは使って、一気に剣を振り下ろす。
互いの剣がぶつかり合い、一瞬だけ拮抗して。
そして……。
「『ヒートヘイズ』」
「ぐっ……」
たぶんだが、二刀流の剣士が何かしらのスキルを使った。
そのスキルが具体的にどのような効果を発揮したのかは、観客席に居る上にマスカレイドを使っていない状態の俺では分からなかった。
だが気が付けば、二刀流の剣士は一刀流の剣士の背後にまで移動していて、一刀流の剣士は脇腹に深い切り傷を負っていた。
そして、一刀流の剣士はそのまま倒れて消えた。
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
大ホールが歓声に包まれる。
ああうん、もしかしたら今日一番の盛り上がりかもしれないなぁ、これは。
「と、これが演武です。敢えて戌亥寮の宣言決闘を比較対象として出しつつ述べるなら、演武は最後以外が決まった演劇、宣言決闘は即興劇。あるいは演武は芸術品、宣言決闘は文学と言ったところでしょうか。通常の決闘とは、方向性も何も違います。だから、勝敗は二の次で、敵味方と言う概念もそれに伴って薄い訳ですね」
「はえー、すごい。愛佳ちゃんもこんな事が出来るのかな……」
「少なくとも素養はあるはずです。相応の動きが出来るからこそ、外の客を招き入れる二日目に出番を貰えたわけですから」
「そうなんだ……」
とりあえず恋佳さんに演武がどういうものかは伝わったようだ。
「あ、ちなみに決着の場面にまで持ち込めなかった場合は? 手順を間違えたとか、そう言うので」
「その時はミスをした方が悪い。で終わらせるのが殆どですね。余談ですが、意図的な騙し討ちをしたら、教師と先輩方が合同で詰め寄ってお説教だそうです」
「うーん、バイオレンスだね。流石は決闘学園……」
さて、巴と大漁さんの演武はいったいどのような物になるのだろうか。
その時はもう直ぐである。
昨日に引き続き今日も宣伝を。
既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、『マスカレイド・ナルキッソス』が書籍化されます!
そして2025年5月6日、書影発表となりました!
詳しい事は活動報告の方に挙げてありますので、そちらを読んでいただけると幸いです。
05/09:誤字訂正