338:文化祭二日目・控室での話
「凄かったな。徳徒と遠坂の二人」
「ですネ。あの演技は驚かされましタ」
大ホールへとやってきた俺たちは、宣言決闘の準備をするべく直ぐに舞台裏の控室の方へと移動した。
ただ、その過程で現在見世物をしている申酉寮の出し物がチラリと見えたのだが……こうして控室で思わず凄いと言ってしまう程度には凄いものだった。
「あれ、どうやっていたんだと思う?」
「うーん、二人の仮面体の機能の組み合わせ技なのは確かだと思う。でもそれ以上は私にはちょっと分からないかな」
「イチにも分かりません。技術を十分に磨いたからこそ出来る演技なのは確かですが」
徳徒と遠坂の二人がやった見世物。
それは簡単に述べるなら、ジャグリングで投げられたボールを足場として空中に留まり続け、その上で踊ると言うものだった。
羽ばたいていないのに空中に留まって、自由自在に踊る姿は非現実的な空気すら纏っていて、見た者を唖然とさせるには十分すぎる物だった。
「二人が凄かった事だけは確かか。俺たちも負けてられないな」
俺はどうやれば、あの演技が出来るのかを少しだけ考える。
徳徒の仮面体……ブルーサルは投擲を得意とする仮面体だったはず。
そして遠坂の仮面体……レッドサカーは飛行能力を有する仮面体だ。
となれば、ブルーサルが投げた物には相応の威力と精度が存在しているので、それを正確にレッドサカーの足裏に当てた上でレッドサカーの飛行能力に関係する機能を活用すれば、あの演技も出来るのかもしれないが……。
うん、徳徒と遠坂が凄い事だけは本当に確かだな。
「とは言エ、宣言決闘でマリーたちに出来る事は何もありませんけどネ」
「まあ、それはそうなんだけどな」
「イチたちは誰も宣言決闘に向いていませんから、仕方がない事だと思います」
俺は少しだけ気合いを入れ直す。
が、マリーの言う通り、気合いを入れたからと別に出来る事があるわけでもない。
なので、気合いの入れ処は仮面体におかしなところが無いかをチェックするくらいである。
とは言え、変更点も含めて『ドレッサールーム』への登録は済んでいるし、デバイスにも異常はないからなぁ……おかしな点など生じるはずがないんだよな。
それでも他にやる事も無いので、マスカレイドを発動して、体の各部をチェックしていくのだが。
「ふーん、なるほどね」
「スズ? どうかしたのか?」
と、ここでスズがスマホを見て、声を上げる。
何があったのだろうか?
「ナルちゃん。さっきブースエリアで一瞬だけ起きた騒ぎ。アレの報告がもう風紀委員会のお知らせに上がってたの」
「早いな。それで?」
どうやらさっきの騒ぎの詳細が明らかになったらしい。
まだ三十分も経っていないはずだが、何が分かったと言うのだろうか?
「どうも騒ぎの原因は学園外の高校生がブースの商品にいちゃもんを付けようとしたみたい。ただ、いちゃもんを付ける前から怪しい行動をしていたと言う事で、風紀委員会が目を付けていたんだって」
「あー、その時点でなんかもう予想が着いた」
「だろうね。でも現実はいちゃもんを付けた瞬間に風紀委員会とボディビルサークルのメンバー、その両方に背後から肩を軽く叩かれた上で、拘束をされたみたいだよ」
「ひえっ」
スズの言葉からその光景を想像してしまい、思わず変な声が漏れてしまった。
いや、風紀委員会に肩ポンされるだけならまだしも、ボディビルサークルのメンバーにまで肩ポンされるのはちょっと怖すぎる。
誰だったのかは分からないが、ボディビルサークルと言う時点で制服の上からでも分かるレベルのマッチョなのは確実なわけだし。
「うーン。裏にイチの叔父さんは居ると思いますカ?」
「裏の裏まで探れば居るかもしれません。ですが、今日トラブルを起こして得をするのは、小銭稼ぎの連中か、武勇伝を作りたいチンピラか、文化祭そのものを潰そうと言う勢力ですので……流石に薄いと思います。決闘学園の文化祭そのものを潰してしまうような事をしたら、その勢力は国内に居られなくなるのは確実ですし」
「まア、そうですよネ。外にも情報を出している学園公式イベントが潰れたラ、国の面目を潰すようなものデ、それは日本中を敵に回すのと同義ですよネ」
マリーとイチの言葉は、イチの叔父さんもそうだが、尾狩参竜が関わっている可能性も考えての事なんだろうな。
ただ、決闘学園のイベントが潰されると言う事は、次世代の決闘者の成長を阻害すると言う事になる。
それをやったなら、確かに日本中を敵に回すのと同義になるか。
ペインテイルの事を考えると、ワンチャンそこまでやりそうな気もするけどな。
なにせ破れかぶれになったとは言え、訳の分からん振る舞いをしたのがペインテイルだったからな。
「はい。それと、流石にそこまで行くような計画を立てたのなら、叔父さんか他のそう言う家が出て来るかは分かりませんが……尾狩参竜を消す方向で動くと思います」
「消すって……消せるのか?」
「手段を選ばなければ消せますよ。食事、睡眠、排泄を必要としている限り、タイミングはあります。単純にそれらをする暇も与えずに攻め続けてもいいですが」
「なるほど……」
イチの言葉に納得はする。
確かにその三つを必要としている限り、隙を晒さないのは不可能だし、完全に断たれたら助からないだろう。
そして、国が本気を出したなら、確かに国内の一個人相手ならそれくらいは出来るだろう。
うん、俺もそう言う事をされないように、気を付けよう。
「……」
「スズ?」
「何でもないよ、ナルちゃん。それよりも、もうすぐ時間だから頑張ってね」
「と、そうだな。確かに時間だ」
と、スズが何かを考えていたようなので尋ねてみたが、はぐらかされてしまった。
それと確かにそ俺の出番が近づいていた。
宣言決闘の間、確実に維持できるように、一度マスカレイドを解除しておかなければ。
そうして時間となり、俺は今日の宣言決闘のルーレット係を務めるべく動き出した。