336:文化祭二日目・やってくる親たち
「ありがとうございましたー」
人が多い。
昨日の朝一ほどではないけれど、人が多くて、しかも途切れない。
そんな事を内心で思いつつも、俺は目の前のお客さんに対応していく。
ただ、もう少し分析して見ていくなら、今日の客層は……女性客が多いように思えるな。
そして客層の差なのか、写真集の売れ行きは昨日ほどのハイペースではなく、工作サークルが作ったチャームの方が売れているように思える。
まあ、変な客が付いているわけでもないし、悪い話じゃないか。
「しかし、どうして『パンキッシュクリエイト』の所に、OB・OGのヘルプが入るのが許可されたのかがよく分かる光景だな。アレは」
「本当にね。あの人数を六人で捌くのは無理だよ」
「と言いますカ、今の人数でも不足しているくらいですよネ」
「そうですね。ギリギリだと思います」
さて、俺たちの所がそんな状況であるのに対して、他のブースはどうなのだろうか?
扱うものが飲食物以外のブースはそこまでではない。
見えている範囲の話になるが、客層は変わっても、人の混み具合については昨日とそんなに変わらないと思う。
ヤバいのは飲食物を扱っているブースの方で、そちらは……明らかに人が増えている。
昨日から見て五割増しか、倍か、と言うところだ。
「ほぼ黒山の人だかりだもんな」
「売り上げは伸びて欲しいけれど、あの人混みはちょっとアレだよね……」
で、特にヤバいのが『パンキッシュクリエイト』とその隣のボディビルサークルの所だが……控えめに見て昨日の倍以上。
ただし、昨日の時点で客の入りが圧倒的であった2ブースの客が倍以上になったので……察していただきたい。
なお、ほぼ黒山の人だかりと言っているのは、基本的には日本人かつ俺たちの親世代なので黒い髪の人ばかりなのだが、時々魔力影響で髪の色などに変化がみられる俺たち世代の頭が見えているからである。
時々、赤や青、金に緑と言った色が見えるのだ。
「ハロー! マリー!」
さて、そんな事を思いつつ一時間ほど対応し続けた頃。
多少、客の入りが落ち着いたところで、俺たちのブースに近づいてきて、声をかけて来た人が居た。
「この声ハ……マミー!」
「正解デスヨー!」
マリーが俺たちに視線で出ても大丈夫か確認をした後で、マリーがブースの外に出て、声をかけて来た女性に抱き着く。
うん、入学式の時にも見かけた覚えがあるマリーのお母さんだな。
「わざわざブースまで来てくれたのですネ」
「当然ですヨ。娘が頑張っているところを見ないなんてあり得ませン」
マリーのお母さんは……案内不要と言う話だったな。
でも、マリーの様子を見るために、此処まで来てくれたらしい。
そして、俺がそんな事を思っているところに、マリーのお母さんの視線が俺の方へと向く。
「ナル君」
「分かってる。ちょっと行ってくる」
そうだな、俺とマリーの関係性を考えたら、挨拶はして当然だ。
なので俺もブースの外に出て、マリーのお母さんの前に立つ。
「ナル」
「ああ。俺は翠川鳴輝と申します。マリーにはいつもお世話になっています」
「これはこれハ、ご丁寧にありがとうございまス。マリーの母でス」
俺は丁寧に頭を下げつつ、名乗る。
マリーのお母さんも、会釈をしてくれる。
「ふふフ。マリーは良い殿方を見つけたようで何よりでス。母としては嬉しい限りですネ。おまけにこの見た目……ちょっと羨ましいぐらいですヨ」
「ふふフ。ママがナルの良さを感じ取ってくれたようで何よりでス。マリーも嬉しいですヨ」
マリーのお母さんも、マリーも、嬉しそうに微笑んでいるな。
俺の対応に間違いが無かったようで何よりだ。
それで、マリーのお母さんへの対応が終わったのなら、ブースの方へ戻るべきなのだろうけど……。
「ナル。スズちゃん。来たわよー」
「よう」
「こんにちは鳴輝君。久しぶりだな、涼美」
「スズ、元気にしてた? ナル君もいつもありがとうね」
「オカンに親父……それに小父さんと小母さんも」
「お父さん、お母さん! ナル君のお母さんとお父さんもお久しぶりです。お元気そうで何よりです」
その前に更なる来客だ。
俺の母親と父親、スズの父親と母親の四人が揃ってブースの方へと近づいてきた。
どうやら親父たちはいつも通りの四人行動であるらしい。
「アレが翠川の両親……両親!?」
「なんと言うか……似てないな。失礼な話だけど」
「対して水園の両親は……まあ、分かるな」
なお、俺の両親だと分かると同時に、周囲の生徒たちがざわついている。
いや、一般客の方も少なからずざわついているか?
何度も見比べられている気がする。
まあ、見た目もそうなら、魔力量の多寡についてもまるで似てない両親ではあるからな。
だが間違いなく俺の親だ。
それは全国一斉の魔力量検査の際にDNA検査も受けたので、間違いない。
「元気そうで何よりだ。鳴輝」
「親父もな。案内は不要、だったか?」
「ああ。水園さん家の二人と一緒に、ゆっくりと見て回らせてもらうよ」
そんな父親……それに母親とスズの両親だが、見た感じでは体調を悪くしたり、逆に変に若返ったりもしていないようだ。
家を出て学園に来る前と何ら変わりない感じである。
俺は学園に来てから色々と騒ぎを起こしてしまっているのだけど……少なくとも、目に見えるほどの影響は及ぼしていないようで、何と言うか安心した。
「ところで鳴輝。父親としてちょっと確認しておきたいことがあるんだが」
「ん?」
と、ここで俺の父親はブースの裏でしゃがむと、そこへ俺を招き寄せた上で、囁きかけて来る。
「お前の仮面体がどう見てもお前を女の子にした感じなんだが、アレはお前に女装願望や性転換願望がある……と言うわけではないんだよな?」
「そういう訳じゃない。親父だから明かしておくが、アレは俺の美しさを保ったまま、他の諸要素を反転させた結果、らしい。だから、そう言う願望は俺にはないよ。誰かに何か聞かれたら、最初のマスカレイドの時に、偶々そう言う方向になっただけと答えておいてくれ」
「そうか。その点だけは親としてどう扱うべきか分からなかったから、聞けて良かった」
「迷惑かけて悪いな。親父」
「気にするな。これくらいは何でもない」
それは父親としては気になっても仕方がない話だった。
なので俺も誠実に返しておく。
あまり外に漏らしていい話でもないので、小声でする話になるが。
「それと鳴輝。お前の立場や性格を理解した上で言っておくんだが……嫁さんを四人も貰うつもりなら、相応の甲斐性は持つようにな。そして、出来る限り平等に。隠し事はせず。本心で付き合うようにするんだ。誰か一人だけ優先すれば、血を見る事になりかねないぞ。俺は嫁に刺された息子の葬式になんて出たくないからな」
「……。言われなくても分かっているから大丈夫だ。親父。俺もスズたちに刺されて死ぬような事にはなりたくない」
後こっちは人生の先達としてのアドバイスだろうな。
うん、素直に聞いておこう。
「あらそうなのー」
「えエ、そうなんですヨ」
「娘同士仲が良いのはいい事ね」
なお、俺と父親がこんな話をしている間に、俺の母親とスズのお母さんとマリーのお母さんは三人仲良く会話をするようになっていたし、この後の校内観光にマリーのお母さんも加えるつもりになっていた。
まあ、親同士の仲が悪いよりは、良い方が基本的には都合が良いだろうし、俺としては構わない話だな。
「では鳴輝。頑張ってなー」
「親父たちも気を付けてなー」
その後、親父たちは俺の写真集とかを買うと、俺たちのブースを後にして、五人で何処かへ行ったのだった。
余談ですが。
ナルの両親:40代後半
スズの両親:40代前半
マリーの母親:30代後半
ぐらいでイメージしています。ナルたちの年齢とそれぞれの家の事情を考えたら、こんな所でしょう。