333:文化祭一日目・歓談時間
「戻りましたー」
「お、戻って来たか」
「お帰りっすー」
美術サークルの作品群を見終えた俺たちは、『ナルキッソスクラブ』を含む3サークル合同で出しているブースへと戻ってきた。
出迎えてくれたのは岩上先輩と曲家の二人だが、ブースの中には工作サークルから派遣された人が入ってくれている。
客は……数人が工作サークルのチャームを見ているだけだな。
「それじゃあナル君。私とマリーは今日の精算の方に行ってくるね」
「頑張ってきますかラ、待っててくださいネー」
「分かった。二人とも頑張ってな」
さて、現在の時刻は16時55分で、文化祭一日目が終わる直前である。
と言うわけで、今日の売り上げがどれぐらいだったのか、在庫の残りがどうなのか、お金の計算が合うかをこれから確かめる事になる。
特に在庫とお金が一致しないのはトラブルだからな。
きちんと確認しないといけない。
なので、『ナルキッソスクラブ』からはスズとマリーが、工作サークルからは諏訪と三年生の先輩が、『Rock On YYY』からは山田先輩が出て、五人で問題がないかを確かめる事になっている。
「しかし……俺の写真集は完売か」
と、ここで俺は自分の写真集がどちらも本日分は売り切れな状態になっている事に気づく。
「ナル様の美貌なら当然の結果です」
「一人で合計六冊買って行った人が言うと、説得力が違いますね」
「翠川が宣言決闘に現れてからしばらく経ったところで、売れるペースが文化祭開幕時と同じくらいになって、そのまま売り切れたらしいっすよ」
「そうなのか」
巴がドヤ顔し、イチが呆れた顔をしているのはさておき。
曲家の言葉通りなら、俺のバニーガール姿を見て買いに来た人が沢山居たことになるのか。
いやでも、俺の今回の写真集には、宣言決闘ルーレット係のバニーガール姿は含まれていないんだけどな。
「『マスッター』でも騒ぎになっていたみたいだな。ああ、バニーガールの写真は含まれていないってのは、そこの注意看板に足しておいたし、明日以降も売り出すってのも足しておいた」
「あ、それはありがとうございます。岩上先輩」
「いいって。この程度は先輩がフォローする案件だからな。もしも何か思うところがあるなら、来年以降、お前が後輩の手助けをしてやってくれ。俺もそうだった」
「うっす。分かりました」
岩上先輩の対応が本当にありがたい。
その辺の注意喚起と言うか、広報をしてもらえたおかげで防げるトラブルも沢山あった事だろうから。
なので俺は素直に岩上先輩に礼を言いつつ、頭も軽く下げておく。
そして、来年以降か……その時は確かに俺たちがフォローをする側に回るべき時だな。
覚えておこう。
『17時になりました。文化祭一日目終了です。生徒各員は……』
「と、文化祭一日目。無事に終了だな」
ここで開幕の時と同じように陽柚先輩の声が放送で校内全域に響き渡る。
この後は今日の片づけと明日のための準備をする事になる。
具体的に言えば商品を片付けておくとか、夜中の間にトラブルが起きないようにやるべき事をやっておくとか、明日出す商品を確かめたり、調整しておいたりだな。
「それで、初めての文化祭はどうだった? そこの一年生四人」
岩上先輩が俺、曲家、巴、イチの四人に質問をしてくる。
初めての文化祭がどうだったか、なぁ……。
「ウチは楽しかったっすね。忙しくもあったっすけど。でも、ウチが作ったのが売れたのは嬉しかったっす」
「買いたい物は買えましたし、ナル様と一緒に行動出来たので満足です。明日以降の英気も養えたと思います」
「『パンキッシュクリエイト』のパンキッシュが美味しかったですね」
「なるほどな」
曲家、巴、イチの三人は笑顔でそう答える。
「翠川は?」
「楽しかったのは間違いないです。大変な部分もありましたけど」
まあ、基本的な感想としてはこんな所だな。
ただちょっと思うところとしては……。
「ただ、今日の混み方を見ていると、明日以降がちょっと怖い気がします」
「気づいたか……」
「気づきますって……」
今日は普段から校内に居る人間……生徒、教師、従業員、その家族たちだけで行われる文化祭だった。
言ってしまえば、身内しか居ない状況での催し物だったわけだ。
それなのに、あの混み方、賑わいよう、人の多さとなれば……明日明後日の外の人間も入って来る文化祭がどうなるかについては、想像しただけでも不安になる。
なお、巴とイチは経験上、明日以降がどうなるのかを知っているのか、二人とも少しだけ苦笑いな状態になっている。
対する曲家は想像が及んでいないのか、首を傾げているが。
「実際の所、例年でもトラブルが本格的に起こるのは明日と明後日の方らしい。まあ当然だな。身内しか居ない場で馬鹿をやる奴はまず居ないし、今年は、馬鹿をやった奴がどうなるのかもが夏休みに広まったからなおさらだ」
岩上先輩の言う馬鹿とは綿櫛たちの事なんだろうな、たぶんだけど。
まあ、綿櫛たちの件を知っていてなお、やらかす人間は確かにそう多くは無いだろう。
美術サークルの部長さんはやらかしたみたいだが。
「岩上先輩。具体的にどういうトラブルが明日以降に起きるかを聞いても?」
「そこら辺は聞かれてもちょっと分からないな。俺は運がよかったのか、そう言うのに遭遇した事が無い。むしろ話を聞くなら、そっちの二人の方が詳しいと思うぞ」
そう言うと岩上先輩はイチと巴の二人を指さす。
なるほど確かに二人の方が詳しそうだな。
なので俺は二人に視線を向け、当の二人はお互いに一度視線を交わした後、巴がイチに場を譲る。
「そうですね。イチの知る範囲ですと……いちゃもんを付けて、利益を得ようとする連中を抜きにしても、明日と明後日の方がトラブルが起きやすいです」
「ふむふむ」
「単純なトラブルでも、人にぶつかった、商品がない、トイレがない、子供が迷子になったぐらいのトラブルはやはり頻発しています。他にもお金のやり取り関係でのトラブルや、連鎖的な事故で商品が破損するですとか、何が起きてもおかしくはありませんね」
「なるほどな」
「そういう訳ですので、明日からはナルさんも余裕をもって行動する事を心がけつつ、何かしらは起きると言う心構えは持っておいてください。余裕がない時ほどトラブルと言うのは起きるものですし、何も起きないと油断していると被害も大きくなりやすいので」
「分かった。気を付けておく」
どうやら明日以降が色々な意味で本番になるらしい。
うん、今日が半分予行演習のようなものと言われるのも納得だな。
「さて、そろそろ精算の方も終わるみたいだし、片付けをしないとな」
「分かったっす。頑張るっすよ」
と、どうやらスズたちの作業がもうじき終わるようだ。
表情からして、トラブルもなさそうだ。
「それではナル様。私も今日はこれで」
「ああそうだな」
「……。その……」
「明日の演武だろう? 勿論見に行くとも」
「……! はい! よろしくお願いしますね、ナル様! それでは!」
こうして文化祭一日目は大きなトラブルが起きる事も無く、無事に終了する事になったのだった。