326:文化祭一日目・ヌードル&スルー
「くっくっく、来たか。翠川」
「コッコッコ、花に囲まれて羨ましいぞ。翠川」
「ふっふっふ、気持ちはわかるぞ。花に囲まれている自覚はあるからな」
次にやってきたのは、徳徒と遠坂が所属しているカラオケサークルのブースだった。
内容は……焼きそばとのど飴か。
焼きそばはスーパーで見かけるような、透明なプラスチックの箱に一食分……より少し少ない量ずつ入れられている。
のど飴の方は小分けにパッケージングされたものが、大きな瓶の中に入れられており、一個単位で買えるようだ。
「なんでこの組み合わせなんだ?」
「のど飴についてはカラオケサークルの伝統だな。今年のは蜂蜜と生姜を合わせて作ったもので、喉に良い」
「ああ、カラオケサークルって事は、本気で歌っていたら喉は酷使する事になるもんな」
「そう言う事だな」
なるほど、のど飴については納得した。
伝統の品と言う事は、味も効能も期待して良さそうだ。
「で、焼きそばは? どっかで例年は別のサークルがやっているって見た覚えがあるけど」
「焼きそばみたいな商品は、常に同じサークルがやるわけじゃないらしいぞ。何年かに一度、味変更や気分転換みたいな理由で、他のサークルに渡す事もあるってワイは聞いた」
「へー」
「ま、その辺の細かい取り決めみたいなものは、大手サークルの上層部で色々とやっているみたいだから、ワイのような下っ端には分からんな」
つまり、焼きそばについては偶々であるらしい。
しかし何故だろうな、カルテルとか、密約とかって言葉が微妙に浮かんでくる。
実際にはそんなことは無い……いや、誰がどの商品を出すかを決闘で決めるくらいはありそうだな、決闘学園だし。
「鶏肉入りの焼きそばなんだ。ちょっと珍しいね」
「ですネ。焼きそばと言うト、豚肉なイメージでしタ」
「あ、それはサークル側の趣味だ。まあ、美味ければそれで問題は無いだろ?」
「それは確かにそうですね。では御一つ下さい」
「あいよー」
巴が焼きそばを一つ購入する。
先ほどパンキッシュを食べたばかりであるけれど……まあ、みんなで分け合えば、問題は無いだろう。
俺なら1パックの量的に一人で食べられるだろうけど。
「しかし、鶏肉か……共食い?」
それはそれとして。
俺は遠坂の方を向きつつ、ネタを振る。
すると遠坂も俺が言いたいことを理解してくれたのだろう、ニヤリと笑った上で口を開く。
「コケーコココッ。所詮この世は弱肉強食。チキンは食われるのみよ。栄えるはブロイラーのみ! さあ、食べるのだ! ワイたちのサークルのチキン焼きそばは美味いぞぉ!」
素晴らしい、流石は遠坂だ。
意味は分からないけれども、ネタを振られたなら、ちゃんと拾ってくれる。
「ちなみに、そのチキン焼きそばを更に美味しくする、特製チリソースと言うものも此処にはあるんだが……どうする? 翠川。オレのおススメだぞ?」
「あー、普段ならチャレンジしていいが、今日は無しだな。この後の予定もあるし」
「そうか……」
「それはそれとして俺も1パック頼む。後、のど飴も1つな」
「あいよ。まいどありー」
で、遠坂に合わせるように、徳徒が真っ赤なチリソースをおススメしてきたのだが……流石に止めておいた。
この後の予定を考えると、過度の刺激物は念のために避けておきたい。
『恒常性』の効果で効かないはずだけれども、一応な。
と、こんなやり取りを経つつ俺たちは焼きそばを購入し、少し離れたところで食べてみる。
俺は一人でワンパックを、巴たちは四人で分け合う形だ。
「うん、普通だな」
「そうだね。お肉が鶏肉なだけで普通だね」
「普通ですネ」
「ですが、これが普通なのだと思います」
「そうですね。これが普通のサークルの味だと思います」
なお、焼きそばの味は極めて普通だった。
ソースが良く絡んだ麺は勿論の事、鶏肉、キャベツ、ニンジン、タマネギと言った具材の味も含めて、実に普通の味であった。
まあ、比較対象に持ってきている『パンキッシュクリエイト』やボディビルサークルの商品の味が、学生のお祭りに出て来る商品の味を大きく上回るような特別なものであり、イチや巴の言う通り、この焼きそばぐらいのクオリティが普通なのだろう。
普通、普通と言っているけれど、普通に美味しいであって、問題があるわけじゃないしな。
「と、この先はサブステージだったか」
「うん、そうだよ。ナル君」
そうして焼きそばを食べ終えた俺たちは、様々なサークルのブースを見つつ、更に移動していく。
やがて辿り着いたのは、この文化祭の最中であっても決闘をしたい人間の為に解放されている、決闘の舞台の密集地帯。
サブステージとも呼ばれているこの場所では、小隊でのダメージコンテストや特殊なルールでの決闘なども見世物として一応お出しされているのだけど……。
「イチ、時間は?」
「現在の時刻は12時15分。最終確認などを考えると、そろそろ大ホールへ向かった方が良いと思います」
「そうか。じゃあ、別に見に行かなくていいか」
「でハ、回れ右ですネ」
「そうですね。では行きましょう」
うん、時間もないし、見に行かなくていいか。
今日のサブステージだと、仮に本気の決闘が行われているにしても、生徒同士の決闘で、普段やっているものと大して差もないしな。
そんなわけで、俺たちは大ホールの控室へと向かったのだった。