324:文化祭一日目・パンキッシュ&ビルディング
「さて、今の時刻は11時。戌亥寮の出し物が始まるのが13時だから……少し早いけれど、先に昼飯を食べておくべきか」
「そうだね。それで良いと思う」
「でハ、ちょうどよく人も少ないですかラ、人気店に参りましょウ!」
「分かりました。そうしましょう」
「なるほど、あのお店ですね」
自分たちのブースを他の生徒に任せた俺たちは、ブースが立ち並んでいるエリアを歩き始める。
まず目指す先は……サークル『パンキッシュクリエイト』のブース、決闘学園文化祭の名物でもあるパンキッシュ屋である。
「お、来たか。『ナルキッソスクラブ』。今の時間だと一から焼く事になるが、注文は?」
「ベーシックを5つお願いします」
「あいよ。ベーシック5つ入りましたー!」
『パンキッシュクリエイト』のブースは近づいただけでもパンやキッシュが焼けるいい匂いが漂ってくるブースだった。
出迎えてくれたのは『パンキッシュクリエイト』のリーダーである安藤先輩で、髪型はいつも通りのツンツンヘアーであるものの、服装は革製の御手製エプロンを身に付けている。
そして、注文を受けると共に、ブースの裏にある調理設備にて、三年の道嵐先輩や二年の加賀美先輩が手慣れた手つきで、次から次へと注文されたベーシックスタイルのパンキッシュを焼き上げていく。
また、一年の汐見はそれの補助をしているようだ。
「翠川。受け取りはこっちよ」
「分かった。風鈴さん」
流石は人気店と言うべきか、注文場所と受け取り場所をずらして、効率よく捌けるようにしているらしい。
俺は風鈴さんの言葉に従って、注文場所から少しズレた場所にある受け取り場所へと移動する。
出来上がりまでは……もう少しかかりそうか。
「風鈴さん。随分とサークルが忙しそうだけど、この後のアレは大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。と言うより、此処で『パンキッシュクリエイト』の名前を売っておかないと、来年はまた存続の危機になっちゃうじゃない。だからこそ、まだ一人くらいなら抜けていられる今日の宣言決闘に出場するのよ」
「なるほど。そう言う事だったのか」
と言うわけで、風鈴さんとちょっとした雑談と言うか、確認をする。
どうやら、問題はないらしい。
「先輩としては嬉しい話だよ。後輩がきちんと存続の事を考えてくれているんだから。これは再来年の部長は決まったかもしれないね。と、はいこれ。ご注文の品でーす」
「ありがとうございます。天草先輩」
と、ここで出来上がったらしい。
天草先輩がパンキッシュを、専用の箱へと入れて、風鈴さんに渡し、そこから更に俺へと渡される。
うん、とてもいい匂いがしているな。
「では頑張ってください。『パンキッシュクリエイト』さん」
「ありがとうねー」
「じゃ、また後でね」
無事に受け取れたところで、俺はブースの前から離脱する。
そして、飲み物を買うべく、『パンキッシュクリエイト』のブースの隣に在るボディビルサークルのスムージー屋の方に向かっている、スズたちの方を見る。
「こちら、ご注文のオレンジスムージー、ブドウスムージーとなります。零さないようにお気を付けください」
「ありがとうございます」
ちょうどスズたちが揃って5つのスムージーを受け取っているところだった。
うん、問題なく買えたようだな。
なお、ボディビルサークルのブースなのだが、ブース内に居る人数は『パンキッシュクリエイト』のブースと変わらないはずなのに、明らかにブース内の空間が狭い。
何故か?
理由は分かり切っている。
筋肉だ。
ボディビルサークルのメンバーは、マスカレイド前後の肉体の鍛え上げ具合が近ければ近いほどに、燃費の面において優れた仮面体が出来上がると言う理論(実証済み)の下、膨れ上がった筋肉を持つ自身の仮面体に本来の肉体を近づけるべく、日々肉体を鍛え上げている。
そのトレーニングは単純な筋力トレーニングだけでなく、プロテインの摂取などの栄養面にも気を使ったものとなっており、文化祭で毎年出店するスムージー屋を大繁盛に導くほどに研ぎ澄まされたものであり、それらを駆使して鍛え上げられた彼らの筋肉は太く、たくましい。
具体的に言えば、彼らの二の腕と俺の太ももでは、下手をすれば俺の太ももの方が細いのではないかと思うほど。
中には俺と同じ一年生の生徒も混じっているはずなのだが、誰がそうなのか一瞬では分からないほどに彼らの肉体は鍛え上げられていて、エプロン下に着た制服をピチピチにしている。
そんな彼らの筋肉によって空間が専有されているために、『パンキッシュクリエイト』と同じだけのスペースを得ているにも関わらず、ボディビルサークルの方が狭いと感じてしまうのだ。
なお、ブースの外、フリースペースでは、交代要員なのか、単純に手が空いているのかは分からないが、一部のメンバーがフロントダブルパイセップス、フロントラットスプレッド、サイドチェストと言ったポージングを行っており、独特の空気を醸し出している。
まあ、ボディビルサークルの周囲ではいつもの事なので、誰も気にしたりはしていないのだが。
閑話休題。
「ナル君、買って来たよ」
「ありがとうな、スズ、みんな。俺の方も無事に買えたぞ」
「ありがとうございます、ナル様」
「でハ、適当な空きスペースに行きましょうカ」
「あちらにちょうど良い空間がありますので、そちらへ行きましょう」
俺たちはブースが立ち並ぶ通りから外れたところに移動すると、買って来たものを早速食べる事にした。
どうやら、ベーシックのパンキッシュは、繰り抜いた食パンの中に、ベーコン、ほうれん草、パン、その他幾つかの調味料と少量の材料を具材とし、それらと卵を混ぜ合わせ、食パンの中に流し込んで焼いたものであるらしい。
肝心の味は……。
「美味い」
「そうだね。ビックリするぐらい美味しい」
「一年前に食べた時と変わらない味ですが、だからこそ素晴らしいですね」
「学園祭名物ってのが伊達でも何でもないのが良く分かりますネ」
「これは無くなりそうになったのなら、惜しまれるのも分かる味をしていますね」
具材の調和が取れているとでも言えばいいのだろうか?
それ専門のお店で食べているような、深い味がしている。
店頭ポップ曰く、『パンキッシュクリエイト』の名前から始まった、ジョーク混じりのお店だったらしいのだが……此処まで来たら、これでもう商売が出来る気がするな。
これ一つだとおやつくらいの感覚で食べられるサイズなのも含めて、本当に美味しい。
「そしてこっちも美味しい」
「鮮度抜群とか書いてあったけど、その通りだね」
「そうですね。こちらも伝統と信頼の味です」
「ふむふム……お互いにマッチするように味の調整をしているのかもしれませんネ」
「それは有るかもしれません。長年隣り合っているそうですから」
ボディビルサークルのスムージーもまた同様。
俺が飲んだのはオレンジスムージーだったのだが、オレンジの甘味も酸味も香りもしっかりと感じられ、のど越しもいい、素晴らしいスムージーになっている。
なおこれは余談だが、ボディビルサークルではスムージーに混ぜる用のプロテイン一回分スティックパックが格安で売られている。
流石の筋肉と言う他ない。
「うん、満足だな。じゃあ、このまま時間までブース巡りと行こうか」
「分かったよ、ナル君」
「はい。お供させていただきますね」
「でハ、何処から巡りましょうかネ?」
「念のためにタイマーをセットしておきます」
こうしてパンキッシュを食べ終えた俺たちは、スムージーを片手に他のサークルのブースを見に行く事とした。