322:文化祭開幕
『間もなく2024年度決闘学園文化祭、開催となります。生徒は安全第一を心がけて……』
「「「ーーーーー~~~~~……」」」
2024年10月18日金曜日の午前8時55分。
生徒会の副生徒会長である陽柚先輩の声と共に、決闘学園の文化祭は始まろうとしている。
これから担当者を変えつつ、俺たちのブースは文化祭の始まりである朝の9時から、文化祭一日目の終わりとなる17時まで、本などの事前に申請した通りの品物を販売する事となる。
また、俺個人で言えば、午後から戌亥寮の出し物の方にも顔を出さないといけないし、単純に文化祭を見て回りたい気持ちもあるため、忙しさで言えば中々のものになる事だろう。
「いよいよか……」
「そうだね……」
とは言え、今日はまだ半分予行演習のようなものだ。
なにせ客は学園内部の人間に限られており、生徒、教師、事務員、警備員、その他関係者全員を合わせても二千人には届かない程度のはず。
それらが時間帯ごとに分散して訪れるはずなのだから、そこまで客は多くならない。
「購入制限の立て看板とかは大丈夫か?」
「区分けの為のロープも大丈夫だな?」
「風紀委員会の方は……うん、居るね」
「大丈夫っす。どれも問題ないっすよ」
うん、その筈だったんだけどなぁ……。
「サークル『ナルキッソスクラブ』の販売物を買いたい方ハ、この持ち看板の所に並んでくださイ!」
「申し訳ありませんが、混雑混乱の防止の為にご協力をお願いいたします」
どうしてか、『ナルキッソスクラブ』の前には三十人は確実に超えている生徒の列が出来ている。
うん、おかしいな。
どう考えてもおかしい。
『パンキッシュクリエイト』やボディビルサークルなどは伝統と格式が有るサークルで、販売物の味も確かなので客が殺到する事も理解できる。
だがどうして、何の伝統も実績もない『ナルキッソスクラブ』の前にこれだけの人数が集まっているのだろうか。
あまりにも人が多すぎて、急遽……うん、俺以外は異様に落ち着いていたけれど、列を分けるためのロープを急いで張る事になったし、何故か事前に用意はされていたけれど、列整理のための看板やトラブル防止のための風紀委員会の生徒が出て来た。
「ウチのサークル。俺の写真集とそれに『ドレスパワー』の解説を付けただけの本しか売ってないんだが……」
「それが欲しいから来ているのです。ナル様」
「そうだね。みんなそれが欲しいから、来ているんだよ。ナル君」
なお、待機列の先頭は巴である。
しかも、朝の8時に商品の設置とブースの最終調整をするために来た俺たちよりも早く待っていた。
自分の出し物は大丈夫なのかと、ちょっと不安に思ってしまう状況ではある。
「欲しい……なぁ。まあ、俺の仮面体が美女なのは俺自身認める事だから、その写真集となれば欲しい人間が居る事は分かる。でも、わざわざ並んでまでと言うか、こんな鬼気迫るような気配を漂わせながらと言うのは、流石に分からないんだが……」
「「……」」
俺の言葉にスズと巴は何も答えない。
ただ微笑むだけである。
そして、巴の背後に居る、列に並んでいる人たちもただ微笑むだけである。
性別も年齢も問わずに同じ微笑みなので、正直に言うとちょっと怖い。
いったい、彼らの何が此処までの行動に走らせるのだろうか……。
俺にはそれが分からない。
『それでは、2024年度決闘学園文化祭……開幕です』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
そうして文化祭は始まった。
「ではナル様。解説無し写真集と解説有り写真集をそれぞれ三冊ずつお願いします」
「!?」
そして開幕一番で、巴が良く分からない注文と共に、支払うべき金額ピッタリのお金を出した。
「はいどうぞ、巴」
「!?」
それだけでなく、スズが予め分かっていたと言わんばかりの動きで以って巴からお金を受け取り、計六冊の本を弊ブース専用のビニール袋に入れて、巴に渡している。
「ありがとうございます。スズ。では、後ろの方の邪魔になるわけにもいかないので、私はこれで。ナル様、また後で」
「あ、ああ……」
で、巴は去っていき……。
「解説付き一冊お願いします」
「あ、はい」
直ぐに次の客が来たので、そちらに応じる。
そうして次々に来る客たちを捌きながら思う。
何処かの文化圏では、消耗品ではないにも関わらず、同じ物を三つ購入する文化があるらしい。
なんでも、購入した三つの品の使い道が観賞用、保存用、布教用と分かれているから、なのだとか。
つまりは。
観賞用……つまりは自分で使うために。
保存用……適切な環境下で保存し、未来永劫残すために。
布教用……自分以外の誰かに素晴らしさを伝えるために。
と言う事らしい。
もしかしたら、巴はその文化圏の人間だったのかもしれないな……。
後、スズもか。
印刷された本が届いた時点で、自分の分と言いながら、合計六冊持って行ったからな。
きちんとお金関係の帳尻を合わせた上でだが。
うーん、それほどまでに慕われているのは嬉しいのだけれど、大丈夫なのか、色々と心配にもなってくるな。
「解説無しを一冊お願いします」
「分かりました」
そんな事を考えつつ対処している内に、ちょっと見えてきたことがある。
購入者全体で見れば男女半々くらいでブースに来ているのだけど、購入物の内容で見ると、女性の方が解説無しを購入している場合が多く、男性の方が解説有りを購入している事が多い気がする。
これは……まあ、分からなくもない。
中身が中身だからな。
解説有りの方が、言い訳が利きやすいのは、俺も男として分かるところだ。
勿論中には純粋に解説が見たくて購入している人も居るのだろうか、何人かはそう言う目的だろうなとは思ってる。
「そう言えば。ナルってそう言う目で自分の仮面体が見られるのは大丈夫なんすか?」
「俺に対して直接何かを言ってこないなら、気にする事じゃないな。デフォルトが裸の仮面体な時点で、そう言う事を考える奴が出て来るのは仕方がない事だし」
「もしも、直接何か言ってきたらどうするっすか?」
「風紀委員会に通報した上で、蔑みの目を向ける。マスカレイド発動中か否かを問わずな」
「なるほど分かり易いっす」
だから、曲家のツッコミは今更以外の何物でもなかったりする。
そんな事もあるだろうで終わりだ。