321:文化祭直前
「看板の位置はこんな感じか?」
「うーん、もう少し右かなぁ……うん、いい感じ」
「お金の置き場はここですネ」
「はい。揉め事にならないよう、しっかりと管理しましょう」
早いもので、本日は文化祭一日前。
今日の決闘学園は授業も決闘も無く、一日かけて文化祭の準備をする日となっている。
と言うわけで、俺たちサークル『ナルキッソスクラブ』も、工作サークル・テラリウム専門文派と文化祭限定バンドの『Rock On YYY』、同じブースを使う他の生徒たちと協力をして、ブースを作っている。
「いやー、女子が居ると晴れやかでいいな」
「俺たちは三年間、男子四人で集まってやっていたからなぁ」
「二人とも手を動かせー。俺はこの後風紀委員会に顔を出す都合で居なくなるんだぞ」
「つっても、ほぼ完成済みだろ」
俺たちのブースの造りは……まあ、雨風日除けのテントに、商品を置くための机、休憩用の椅子にと、シンプルなものだ。
後は先ほど俺が設置に協力した大型看板くらいだろうか。
まあ、とりあえずはこれで完成だな。
他にも商品そのものや、商品を宣伝するポップアップと言った用意するべきものはあるが、それは当日の朝に設置するべきもので、今出すものじゃない。
「しかし、今日も含めて五日間は天気がいいってのは、運が良かったな」
「本当っすね。おかげで準備も片付けも楽を出来そうっす」
なお、この準備段階で最も活躍しているのは、言うまでもなく工作サークルの面々である。
看板にしろポップアップにしろ、だいたいの物は彼らが作ってくれたし、設置も主導してくれた。
それは他のブースについても同様で、周囲にあるブースの大型工作物はだいたい彼らの作品である。
流石は学園内でも極めて大規模なサークルである。
「パンクの! 今年も並べて俺の筋肉も喜んでいるぞ!」
「筋肉の! 俺も嬉しいぜ! 目指すは売り上げワンツーフィニッシュだ!」
「道嵐先輩。これって何なの?」
「何故か毎年恒例になってる掛け合いだから気にしなくていいよ」
余談だが。
俺たちのブースは、校舎前に並ぶ同様のブースの一つに過ぎず、その規模も小規模な部類である。
大きなブースとなると……例えばボディビルサークルなどは、スムージー屋をやるようなのだが、見るからに専門的な機器が揃えられていたし、移動できる大型の冷蔵庫が準備していた。
あるいは『パンキッシュクリエイト』のブースなど、サークルメンバー六人なのに、俺たちのブースの倍のサイズだし、ブース裏直ぐの場所に周囲から見える形で調理区画が置かれている。
うん、俺たちとは気合いの入り方がまるで違うな。
と言うか、『パンキッシュクリエイト』とか、大丈夫なのだろうか。
六人で三日間回せるのか?
あそこにいる風鈴さんとか、戌亥寮の出し物にも一回だけとは言え出るはずなんだが……。
「ただいま。飲み物買って来たよ」
「お疲れさん。諏訪」
と、ここで飲み物の調達のためにショッピングモールの方へと行っていた諏訪が帰って来た。
諏訪は直ぐに飲み物を配っていくが……配りつつ、『ちょっと話があるから、集まって欲しい』と、ブース内に居るメンバーの態勢を整えていく。
どうやら何かがあったらしい。
「それで? 何があったんだ?」
と言うわけで、全員が落ち着いたところで、俺は話を促す。
スズたちの様子は……何か察している感じだな。
となると……アイツ関係か。
「何人かは知っているかもしれないけど、一応話しておこうと思ってね。飲み物を買いに行った時に知り合いから聞かされたんだけど……今回の文化祭に目を付けている連中が外に居るって話だよ」
「「「……」」」
「具体的な名前は出ていない。けれど、こういう催し事で揉め事を起こして、そこから利益を得ようとしている連中が居るのはほぼ確実らしいんだ。だから、明日はともかく二日目と三日目は警戒を密にした方が良いみたいだ。たぶん、この後に風紀委員会と生徒会の連名で、生徒全員に注意が出回ると思う」
「なるほどな」
うん、ほぼ間違いなく尾狩参竜及び、その傘下の魔力量至上主義者だろう。
アイツらなら、仕掛けて来ても何もおかしくはない。
「対応としては……警戒をして、阿る必要はないってところか?」
「そうだね。間違っても先に手を出してはいけない。そして、内々で解決しようとしてもいけない。堂々と誠実に、なにより冷静に、風紀委員会と警察を呼びつつ対応するんだ。それが最も安全で確実だ」
実際、尾狩参竜たちの常套手段らしいからな。
挑発の類をして、決闘を仕掛けさせ、それを返り討ちにする事で、財産や人、地位を奪っていくと言うのは。
そうして何かを奪われた人の中には、その後に自殺をした人も居ると聞いているし……諏訪の言う対処が正解だろう。
俺はそれを知っているから、他のメンバーも諏訪の言葉に異論はないらしく、同様に頷いている。
「緊急対応でマスカレイドを使うのは有りっすかね?」
「出来れば無しで。相手が暴行まで行ったのなら、その時はいいけれど。逆に言えばそこまでは無しにしておこう。相手に口実を与えたくない」
「分かったっす」
まあ、マスカレイドを使ったら、ちょっとした体当たりでも致命傷になりかねないのが、魔力を含む物と含まない物の差だからな。
先にマスカレイドを使うのは、よほどの状況以外は無しだろう。
「本当にいざって時は俺の出番か?」
「かもね。そんな事にはなって欲しくないと思うけれど」
そして、此処までの対応が上手くいかず、相手が決闘に持ち込んできたのなら……その時は俺の出番になる事だろう。
うん、準備だけはしておこう。
相手が最終的に決闘に持ち込んでくると言うのなら……そこで真正面からねじ伏せるのは、俺の得意分野なのだから。