320:陰は毒づく
「ハモ。調子はどうだ」
国立決闘学園の文化祭が行われる日が目前にまで迫って来た頃。
天石夜来は部下の男を連れて、ハモの作業場を訪れていた。
「天石さんにヤマメですか。締め切りにはまだ少し早いのでは?」
「進捗の確認も責任者の仕事なんでな。それで?」
防音だけでなく、防爆や気圧管理、魔力漏れ防止と言った、魔力に関わる研究を行う上で欠かせない措置が施された部屋の中に居る人間は三人だけ。
様々な機材が置かれた机の上には、ペチュニアの花の柄が刻まれた金貨を、柄が見えるように紐で縛り連ねた物体が置かれている。
「困った事に順調に出来てしまいました」
「困った事に、か」
「ええ。『扇動』の要領でちょちょいと誘導をしてみたら、もうあっさりと。まるで生きている人間を相手にしているかのように簡単に出力を上げられてしまいました」
「そうか」
ハモと夜来は机の上に置かれたその物体を眺めながら、困ったように喋り、息を吐く。
「そうですね……一枚当たりの魔力量としては、従来の倍くらいですね。ただ、最大魔力量を上げる方向ではなく、瞬間出力あるいは被弾時の身代わりとして働くような方向になりました。まあ、ペインテイルの件を考えれば、こっちの方が都合が良いとは思います」
机の上の物体は、十枚ほどの金貨を連ねて、帯のようにしている。
ハモの言葉通りであるならば、これだけでバッテリーから電気を引き出すように、魔力を適宜引き出して攻防どちらにも利用できるようになるはずである。
それは傍目には、魔力回復薬のように着用者の消費魔力を補っているように見えることだろう。
とても画期的な事であり……だからこそ、困るものだった。
「都合はいいが、だからこそ困るな」
「同感です。ああ、言われた通り、鋳溶かしたり、割ったりはしてません。安易に量産されるべきではない貴重な物資である事は確かですので」
なにせこのペチュニア柄の金貨……公称『ペチュニアの金貨』がどうやって作られているかなど、少しでも裏側に通じている人間なら、察しがつくからだ。
そして、夜来もハモも、何ならヤマメと呼ばれる男も、これまで明らかにされている情報……。
誰でも堂々と使える魔力回復薬は未だに世界の何処からも出てきていない事実。
ペインテイルが決闘に負けた結果吐かされた、女子供をコンテナに詰めて海外へ誘拐した話。
『コトンコーム』社が積み荷を乗せたタンカーの行先が、東南アジアの方面であった事。
『ノマト産業』のハクレンが輸送中のタンカーで見たガタゴト言うコンテナに、航行中に消えたコンテナ。
航行中のタンカーを襲った謎の集団が海から襲い掛かってきた事。
ハクレンの所有する情報を明らかにされたくない誰かが居たと言う話。
金貨を大量使用したペインテイルの決闘中の言動。
これらの情報から察していた。
いずれは単純な所持すら許されなくなるであろう程度には、人の道を外れた代物である、と。
「ちなみにデメリットは?」
「原材料……コホン。誰かさんの声はこれまで以上に聞こえます。後、金貨の寿命は大幅に減りました。まあ、どっちも尾狩さんは気にしないでしょう。寿命の方は決闘で使う分には困らない短さですし、声の方は……これで心が折れるなら、あんなことを出来るはずがないですから」
「つまり、根っからの悪党にとってはデメリットなしと言う事か」
「そうなります。いやはや、嫌になる話ですね。悪党ばかりが便利な手を使って、利益を得られるとは。
いったい女神は何をしているのやら」
だが、現状ではまだ所持する事も決闘に持ち込む事も許されている。
そして彼らは主に仕える身として、本性と目的は隠しつつも、自らの職務には忠実であった。
だから、思うところは有れども、『ペチュニアの金貨』の使用を止める気はなく、むしろ事を荒立てて目立たせるためにも、今作られてしまった分については積極的に使い潰すつもりですらあった。
「何もしていないのだろう。女神降臨から六十年。付き合いがこれだけの年月になれば、女神は魔力が直接的に犯罪や事故に関わっていなければ動く気が無いことなど、嫌でも分かる。人の社会を尊重しているのも事実なのだろうが……知っていて動かないのだから、思うところもあって当然だな」
「同感で」
話の切れ目が来たと判断したヤマメと呼ばれる男がアタッシュケースを机の上に置く。
勿論、ただのアタッシュケースではない。
開かれた内側には、奇妙な文様が描かれた新品のお札が隙間なくびっしりと貼られている。
「そうそう。試していないので確証はありませんが、汚染が使用者当人だけでなく、魔力的に繋がりのある第三者にも及ぶ可能性は当然あります。なので、尾狩さんの計画通りにやるんでしたら、人員の選定は、慎重にするべきだと思いますよ」
「分かった。覚えておく。俺たちにとって都合がいい人間を当日は向かわせるとしよう」
ヤマメは手袋をはめると、慎重な手つきで『ペチュニアの金貨』を繋げた物体をアタッシュケースの中へと納める。
「後、同じものを合計で四つほど作ってしまったんで、全部持って行ってもらえます? 正直、ここ数日は夢見も良くないんで、全部処分しておきたいんですよ。これ」
「……」
「ヤマメ。頼んだ」
「はい……」
そして、ハモの背後にあった箱の中から、同じものが更に三つ出てきたことで、ヤマメはげんなりとした顔を見せつつも、アタッシュケースへと同様に納めていく。
「しかし、これだけの助力をした結果、相手が負けたらどうするつもりだ? アビスの宝石と言い、戦局を変えるには十分すぎる代物だぞ」
「どうもしません。その時は崩れた時に落ちる相手の高さが増したとほくそ笑んでお終いです。あるいは潜在的なお仲間が増えた、と言うところですか。なんにせよ……復讐なんて、一生かけて成し遂げる事が出来れば、それで十分でしょう?」
夜来は呆れた顔をする。
ハモは暗さを感じさせる笑顔で事も無げに言い切る。
「と、これ。一応渡しておきます」
「……。分かった、受け取っておこう」
ハモから夜来へ、深藍色の宝石……アビスの宝石が渡される。
その頃には疲れた顔をしたヤマメの作業も終わっていた。
そうして、夜来とヤマメは何事も無いように、帰っていった。
「さて、アビス様のために祈りを捧げるとしましょうか」
ハモはアビスへと祈りと魔力を捧げる。
魔力さえあれば、力さえあれば、何をしてもいいと考えているような連中の未来が潰えるように、と。
あ、言うまでもありませんが、
性能は、マリーの金貨>>>(超えられない壁)>>>『ペチュニアの金貨』、となっております。