313:イチの誕生日
「「「誕生日おめでとう、イチ」」」
「皆様、ありがとうございます」
本日は2024年9月23日月曜日。
イチの誕生日である。
そんなわけで、俺たちは昼から『ナルキッソスクラブ』でイチの誕生日パーティを行う事にしたのだった。
参加メンバーは主役であるイチに、俺とスズとマリー、それに巴たち一年生甲判定組女子、後はイチ個人の繋がりだと思うのだけど……マリーの時よりは少ないな。
ただこれはイチの交友関係が狭いのではなく、イチの繋がりは裏側と言うか、諜報関係と言うか、表に出せない繋がりが主体であるからなのだろう。
「美味しいですね~このお菓子~」
「そうだね。でも市販品じゃないみたい?」
「ふっふっフ。マリー御手製のお菓子でス。頑張りましタ」
ちなみに、テーブルの上には様々な料理が並べられている。
その中で普通の料理は食堂で作ってもらったものや市販品なのだが、お菓子類についてはマリーが昨日の内から頑張って作ってくれたものである。
今回初めて知ったのだが、マリーは家庭料理レベルではあるけれど、お菓子作りが出来るのだとか。
余談だが、イチとスズの二人もそれなりに料理は出来る。
方向性としてはイチは和風で、スズは一般的家庭料理である。
そして俺は雑に切って、煮て、焼く程度だ。
閑話休題。
「イチ。改めて誕生日おめでとう。これはプレゼントだ」
「ありがとうございます。ナルさん」
そうこうしている間に、挨拶と食事が一通り済んだので、イチにプレゼントを渡す事になった。
俺のプレゼントはイチイの実を模したアクセサリーであり、実は内側に翡翠を隠してあるものである。
マリーへの誕生日プレゼントに似たものであるけれども、俺としては良いものを渡せたのではないかと思っている。
「イチ、私からはこれね」
「マリーからも勿論ありますヨ!」
「二人ともありがとうございます」
次々にプレゼントを渡されて、イチはとても嬉しそうにしている。
うん、実に楽しそうだ。
そうしてイチの誕生日会は進んでいって……。
小休憩の最中に、俺とイチの二人きりになるタイミングが偶々あった。
「ナルさん。本当にありがとうございます」
「誕生日なんだろ。これくらいは当然だ。それに俺よりもスズとマリーの方が頑張っていたから、礼ならそっちに……」
「いえ、誕生日の事ではなく、ペインテイルの件です」
「そっちか」
イチの表情は真剣なもので、どうやら真面目な話であるらしい。
手にスマホを握っている辺り、本当についさっき、何かしらの連絡があったのかもしれない。
「その件なら、礼を言う必要はますます無いと思う。俺はただ、降りかかってくる火の粉を払っただけだからな」
「ナルさんにとってはそうかもしれません。けれど、イチにとっては夜来叔父さんと言う身内がしでかしたことの尻拭いをしてもらったようなものですから」
「あー、ペインテイルの上役らしいもんな……」
イチはそう言ってくれるが……イチの叔父さんがどういう人間なのか、イマイチよく分かっていないんだよな。
俺は顔も知らないし、動きもイチ経由で伝わってくるだけだから。
ただ、ペインテイルについては……女神がペインテイルだけを罰している事から、推測できる事があるんじゃないかと思っている。
過去の例から見て、イチの叔父さんがペインテイルに命令したり、他に道が無いと思うほどに強い誘導したりしていれば、イチの叔父さんにも女神の罰は下っていたはずだ。
だがそうはなっていない。
となれば、イチの叔父さんがペインテイルにしたのは弱い誘導、もしかしたら、ちょっと物の管理を緩くした程度だったのかもしれない。
それで女神に罰せられるような事をペインテイルがしたのなら、罪はペインテイルだけのものとなって、ペインテイルだけが罰を受ける、なんて状況になるのかもだ。
盗みやすい状態にされている物を盗んだとしても、その罪は盗みやすくした人間ではなく、盗んだ人間にある、と言う話だな。
うん、やっぱりペインテイルはペインテイルだから、罰せられたのだと思う。
「まあでも、それでもイチが気にする必要は無いと思う。イチはイチで、叔父さんは叔父さんだろ。俺は俺に出来る事をしただけだ」
「はい」
まあ、その辺の推測は話さないでおこう。
それよりも、イチは返事をしてくれているが……やはりどこか申し訳なさそうにしているな。
やはり気にしてしまっているようだ。
そして、何か話したいこともあるようだ。
「ナルさん。実は今の天石家は揺れています。ナルさんに付くか、尾狩参竜に付くかで」
「……」
より有利な方に付きたい蝙蝠って事か。
いや、諜報に関わる家としては正しいのかもしれないけれど。
「今回の件で天石家はナルさんの側に寄りつつありますが……。はっきり言って、信用するべきではないと思います」
「そうか」
まあ、蝙蝠だもんな。
最初の情報収集には利用できるかもしれないけれど、それ以上の信用は……難しいだろうな。
なんだろう、天石家が今の立場にある原因がこの辺りにあるようにも思える。
「ですがイチは……私は、何時までもナルさんと共に居たいと思っています。ですからどうか、これからもよろしくお願いします」
そう言ったイチの顔は恐怖に揺らぎつつも、それ以上に決意に満ちたもので、その瞳は堂々と真正面から俺の顔を見つめていた。
これは……生半可な気持ちで返すべきではないな。
だから俺も真剣に考えて、その上で言葉を返す。
「分かった、イチ。これからもよろしく頼む。俺が俺の守りたいものを守るためにも」
「はい」
「ただ、前にも言った通り、イチ自身も俺の守りたいものの中には含まれている。それだけは絶対に忘れないでくれ」
「……。はい」
無茶や無理をするなとは言えない。
イチは俺の体術の師匠で、諜報と護衛に関わる人間として荒事にも慣れている。
イチの役目を果たすためには、無理や無茶を通さなければいけない場面だってあるかもしれない。
だから、するなとは言えない。
けれど、捨て身にはならないで欲しい。
俺が望むのはそう言う事だった。
「さて、そろそろ一緒に部屋に戻るか。俺が守りたいものを改めて確かめよう」
「はいっ!」
元気よく返事をしたイチの顔は、何処か嬉しそうなものだった。