312:荒れるサード
「それでは報告をさせていただきます」
ナルキッソスとペインテイルの決闘が行われた日から二日経った日曜日。
とあるオフィスの金に糸目をつけずに整えられた一室に二人の男が居た。
一人は天石夜来。
イチの叔父である彼は、入り口に近い位置に書類を持った状態で立つと、机を挟んだ先に居る人物に向かって口を開く。
語る内容は、この二日間で部下が調べ上げてまとめたものである。
「なるほどな……」
もう一人は尾狩参竜。
尾狩家現当主の三男坊だが、容姿こそ整っているが、腹違いの兄たちと違って素行が悪く、ほぼ絶縁状態にある人間である。
そして今は、ガラスのコップに入れたワインを口に含みながら、夜来の報告を聞き終えたところであった。
「はぁー……クソがよぉ!」
「おっと」
参竜が手に持ったコップを夜来の頭部に向かって投げつける。
夜来は咄嗟に頭を動かす事でそれを回避。
夜来の頭に当たらなかったコップは部屋の扉にぶつかって、中身ごと派手に砕け散る。
「参竜様。今のが当たれば、頭が割れますよ」
「知るか! こっちはムシャクシャしてんだよ。あークソがよぉ。俺の立てた作戦の代償なのは分かっているが、むかつくぜ。女神の許容ライン、ナルキッソスの実力確認、アビスの宝石との併用、二鳥三鳥と得を重ねた作戦を、縁切った役立たず一人の自発的行動で出来たと思ったのに、的確に本物のゴールド一族の金貨だけ持っていきやがった!」
「参竜様。分かっていると思いますが」
「心配しなくても、馬鹿どもの前で言いやしねえよ。クソッ、どうせ持っていくなら、あの馬鹿どもを持って行ってくれればよかったもの。何人か死ぬまで絞り取れば、魔力量的には十分だったろうが。これだから慈悲深い神様ってのは困るんだ」
「……」
「おまけにハモ経由でアビスから連絡があって、今後は使用者以外の魔力が混ざったら、その時点で契約打ち切りだと! クソが! 『ペチュニアの金貨』の魔力の何処に問題があるって言うんだ! 『縁の緑』なんて便利アイテムをどうして使っちゃいけねぇ! 神だからと好き勝手言いやがって!」
この場に夜来以外の人間が居ない事をいい事に、参竜は大声を上げて、愚痴を吐き出す。
合わせて手元にあった適当なツマミを床に投げつけた上で踏み潰して、腹立ちを鎮めようとする。
だが治まらない。
参竜は喚き続ける。
「はぁはぁ……。夜来。一応聞くが、契約をすり抜けて併用出来るようにする事は可能か?」
「責任者であるハモ曰く、分からない。可能か否かを調べるだけでも、年単位で研究する必要がある。だそうです」
「つまり現状では無理って事だな。出来る奴はこういう時に、出来るなら根拠を見せるし、出来ないなら出来ないとはっきり言ってくれるから助かる」
怒り続けること暫く。
ようやく怒りが治まったらしい参竜は、呼吸を整えながら、夜来に質問をする。
その答えに満足した参竜は少しだけ落ち着いて……。
「……。参竜様。予定に変更は?」
「するわけねえだろ。こっちは元傘下と言えどもペインテイルを殺されて、喧嘩を売られている状態。ここで早々に目に物見せなけりゃあ、今後齧られるのはこっちだ」
「……」
「いいか、今の学生共には誰が日本のエースなのかを見せつけて、怯えさせる必要がある。特に旗頭になっている連中は骨までしゃぶりつくすんだ。そうする事で、俺たちの地位や生活が保障される。俺たちに代わりが居ないからこそ、どいつもこいつも黙るし見過ごすんだ。それを忘れるんじゃねえ」
そしてまた直ぐにヒートアップする。
自分がどうしてこれまで好き勝手やってこれたのかを、よく理解しているが故に。
「では、文化祭ですか」
「ああそうだ。そこで俺たちの存在を見せつけていく。特にナルキッソスについてはそこで確実にぶちのめして、今後俺たちに文句を言えないようにする。衆人環視の中で女神の名を出した決闘を仕掛ければ、奴もその場で乗らざるを得ない。そして、決闘学園の文化祭と言うイベントの最中にそうしたなら、女神の性格上、確実に文化祭の最中に見世物として決闘をさせるはずだ」
参竜は頭の中で計算していく。
自分とナルキッソスの実力差を。
どのタイミングで仕掛ければ、ナルキッソスに準備をさせずに決闘まで持ち込めるかを。
どうやったらナルキッソスを倒すことが出来るかを。
ただ、その計算の中にアビスの宝石は含めない。
今回の件で使えなくなってしまったからだ。
そうして計算を終えた参竜は再び口を開く。
「そうだな。『縁の緑』を適当な奴……十数人ぐらいに事情を話した上で着けさせるか」
「着けますかね?」
「きちんと報酬を出せばいい。ああそうだな、いっそ……と言うのはどうだ? アイツらなら喜んで乗るだろ」
「……。なるほど。では、ヤマメの奴に命じておきます」
「後はそうだな。ハモの奴に『ペチュニアの金貨』の研究をさせて、効率とかを多少よくさせるか。アイツなら一月もあれば、それなりの物は仕上げるだろ。よし、行ってこい」
「分かりました」
結論を出した参竜は嗜虐的な笑みを浮かべつつ、指示を出していく。
指示を受けた夜来は直ぐに動き出す。
参竜に見えないように嘲笑の笑みを浮かべながら。
「くっくっく……アイツらの首を落として、全てを俺の物にしてやるよ。なにせ、俺がこの国一番の決闘者なんだからなぁ」
参竜はビンに入っているワインをラッパ飲みにし飲み干すと、部屋を後にした。
その顔は舌なめずりをする獣のようであった。