311:ペインテイルの使っていた道具
「邪魔するぞ。翠川」
「ようこそ。麻留田先輩、風紀委員会の方々」
ペインテイルとの決闘を終えた次の日。
俺たち『ナルキッソスクラブ』と巴は一階のスタジオに集まっていた。
そして、そこへ麻留田さんたち風紀委員会の面々も、全員ではないが、大漁さん、羊歌さん、青金先輩と言った主要なメンバーを揃えてやってきた。
「竜君やっほー。相変わらずの鉛色だね」
「まあ、青金だからな」
ちなみに『カラフル・イーロ・サポーターズ』のメンバーも、彩柱先輩含めてやって来ている。
どうやら燃詩先輩が声をかけていたらしい。
と言う事は……たぶん、彩柱先輩のユニークスキルか何かが活用できるって事なんだろう。
「しかし、ナル様。このスタジオを利用してよかったのですか?」
「今日の使用予定は無かったから大丈夫だ。俺の『ドレスパワー』検証会にも使っているぐらいには、設備の強度や情報の秘匿性が保証されている。らしい」
「実際、風紀委員会の施設よりも人目が無く、それでいて強度はあちらの検証用施設と同程度となれば、私たちとしてはこちらの方が好都合だった。感謝するぞ、翠川、彩柱」
「いえいえー。風紀委員会にはいつもお世話になってますから。私も昨日の件については気になっていましたし」
さて、今日俺たちがこの場に集まったのは、ペインテイルが昨日の決闘中に使っていた特殊な道具について燃詩先輩に分かる範囲で説明してもらうためである。
なので、巴、俺、麻留田さん、彩柱先輩がこうして雑談をしている間に、燃詩先輩のアシスタントとして、スズ、イチ、マリーの三人がアレコレやっている。
と、準備が完了したみたいだな。
スタジオの照明が最低限にされると共に、プロジェクターが起動して映像が映し出され、スピーカーがノイズを発し始める。
『あーあー、良し。問題ないな。では、早速始めていくとしよう』
燃詩先輩の言葉がスタジオに響き始め、それに合わせて俺たちは一斉に黙る。
『先に言っておくが、今回のこれはとりあえずの解析結果だ。詳しいことはまた後日……あー、気が向いたら上げる。吾輩の手が足りんのでな』
「あ、はい」
ちなみに現在映し出されている映像は、先端がネオン光を放っているモヤシの画像である。
『では始める。まず、ナルキッソスの決闘に当たって、ペインテイルが用いた道具は主に三つだ。その一つ目がこれ、深藍色の宝石だな』
映像が切り替わり、深藍色の宝石……アビスの宝石が映し出される。
『効果は幾つかのデメリットと引き換えに魔力量をシンプルに倍にする、以上。これについてはそこの羊歌が公表したから、今更詳しくやる必要も無いだろう。問題も無いしな』
燃詩先輩が言い切ると同時に、スズが少しだけ渋い顔をする。
ああうん、俺にはアビスの声は聞こえないのだけど、燃詩先輩の物言いにアビスが荒ぶっているんだろう、たぶん。
まあ、ハモが作ったとか、『仲介』とかの説明をしても仕方がないもんな。
『次だ。現物は残っていなかったが、ペインテイルの自宅に残されていた資料から、公称『ペチュニアの金貨』として取り扱っていた金貨だな』
映像が切り替わり、ペチュニア・ゴールドマインが『蓄財』で作るものによく似た金貨が映し出される。
『効果としては、所有者の魔力量を増やす効果があるようだが……原理は不明だな。画期的なのは認めるが、他の道具も考えるとペインテイルの決闘中の異常な振る舞いや様相は、この金貨の副作用であった可能性が高い。ナルキッソスがシスター服で得た『ドレスパワー』のバフに対するペインテイルの挙動も合わせて考えると、碌でもないものであることも確実だ』
「……」
燃詩先輩の言葉を聞いているマリーの顔は、眉間にしわを寄せている。
思うところは……あって当然だろうな。
金貨とペチュニア・ゴールドマインの関係性は不明。
だが普通に考えれば、死んだ従姉妹の絵柄を勝手に使われたと考えていい。
その上で、持っている者に対して良くない影響を与える道具なのがほぼ確実となれば……関係者であるマリーの心中が穏やかな物でないのは、当たり前の事だ。
『現物が手に入れば詳しい解析もしてみるが……まずするべきは、学園内外の人間に危険な物体である事を周知して、手放させる事だろうな。女神視点では問題は無いようだが、人間視点ではコイツは問題しかない可能性が高い』
「分かった。私の方から山統や学園長にも報告しておく」
まあ、あの時のペインテイルは悪霊に憑かれているような様子だったからな。
誰でも使える魔力増強手段であり、決闘に役立つのも確かだが、それでもアレは使うべき代物じゃないだろう。
『三つ目。これは現物が回収できたから、そちらに現物を持って行かせた。名前は……公称では『縁の緑』と言う紛らわしい名前になっている』
燃詩先輩の言葉と共に、いつの間にか用意されていた机の上にイチがアタッシュケースを置き、開く。
そして、俺たちに中身が……緑色の紐状物体が見えるように見せてくれる。
うん、ペインテイルがマスカレイド前に手首に着けていたものによく似ているな。
『この紐の特性は面白いものだったぞ。簡単に言えば、魔力による破壊をされない限り、物理的には切断されていても繋がり続けている、だ』
「「「?」」」
切られていても繋がっている?
燃詩先輩の言葉に俺を含めて何人かが首を傾げる。
逆に麻留田先輩や羊歌さんは感心したように頷いている。
あ、イチは「だからアレで無力化出来たわけですね」なんて呟いているな。
『使い方は様々だ。今回についてはペインテイルが使っていたからこそ、受けた魔力的ダメージの大半を紐の先の空間に居る人間の魔力へと受け流し、ペインテイル自身は無事。と言う効果になっていたようだな。女神が動いたのも、この効果を無差別なものにしたのが原因だ』
「なるほど。それであのタフネス」
とりあえず、この『縁の緑』とやらの効果で、ペインテイルは異常なまでの頑丈さになっていたらしい。
しかし、無差別だったから処断されたと言う事は……。
「ん? じゃあ、もしかしなくても、ダメージを受け流す先が固定で、受け流し先も納得していれば、合法だった?」
『吾輩はそうだったと考えている。まあ、厳密に一対一であると定められていたら駄目だろうが……事前申請があった上で、流す先も納得していれば、合法だっただろうな』
「じゃあなんで事前申請とかをペインテイルは……」
『知らなかったか、出来なかったか……吾輩には分からん。今回の件は女神が後でレポートを出すと言っていたはずだから、それ待ちだな』
「なるほど」
誰かが発した疑問に燃詩先輩は淀みなく答える。
いやでも、これは便利そうだな……。
例えばだが、小隊戦で受け流し先を俺にしておけば、それだけで他のメンバーは軽い被弾なら気にせずに暴れられるようになるはずだ。
『この『縁の緑』は原材料、製造方法、製造者、流通ルート、何から何まで不明な代物だから、量は無い。だが、ダメージの受け流し以外にも様々な使い方がある物質だ。いやはや、こんな物が眠っているとは……これだから、この分野は面白い』
「「……」」
しかも他にも色々と使い道があるらしい。
ペインテイルの使い方が悪かっただけで、素晴らしい道具だったと言う事か。
後、今気が付いたが、大漁さんと彩柱先輩が妙なものを見るような目で、『縁の緑』を見ているな。
何かあったのだろうか?
『解説としてはこんな所だな。『縁の緑』についてはこれからも解析をして、追加で分かった事があれば、またレポートを挙げるとしよう』
「なるほど。協力感謝するぞ。燃詩」
「ありがとうございました。燃詩先輩」
これで解説は終わりらしい。
とりあえず……『ペチュニアの金貨』と『縁の緑』には今後も気を付けるとしよう。
尾狩参竜の関係者なら使って来るだろうし、使って来たならきちんと対処をしないと拙いだろうからな。