307:尻尾払い VSペインテイル -終編
「うおらぁ!」
「ナッ!?」
拳と曲刀がぶつかり合う。
それは本来ならば、どちらが勝つかなど一目瞭然の組み合わせ。
だが、結果はその真逆。
ナルの拳に触れたペインテイルの曲刀は増えた刃は完全に砕かれ、元からあった刃もヒビが入り、ペインテイルの腕どころか、胸や腰の筋肉までペインテイルの意思では抑えられないほどに吹き飛ばし、仰け反らせ、怯ませて、崩す。
このような結果になった理由は今のナルの服装にある。
エクソシストシスター風衣装の『ドレスパワー』の効果は、悪と評される者たち全般への特効効果。
『ドレスエレメンタル』の効果は光属性の固定ダメージ攻撃バフ……より正確に言えば、断罪や浄化と言った方向性の光によるダメージを与える効果。
この二つの効果が合わさった事により、悪に属するもの、罪あるもの、この世にあるべきでないもの、そう言ったものたちに対する圧倒的な攻撃力をナルは得ていた。
「ふざけるナぁ! どうして拳デ剣を返せる!? ズルをするなぁ! それをしていイのは、俺たちの側だろうがぁ!!」
そして、攻撃を受けるペインテイルは、正に今のナルが得ているバフの特効対象そのものであった。
「ズルをしていいのは俺たち、ね。つまり無意識であっても、自覚はあると。いい言質だ」
「!?」
伸ばされたペインテイルの左手を掻い潜り、その懐へと潜り込んだナルがペインテイルの腹を殴りつける。
動作としてはただそれだけ。
それだけであったのに、ペインテイルは打たれた部分から大量の光を放ちながら大きく吹き飛ばされ、結界に衝突する。
これが強化の結果。
普通ならば大技と言われるようなスキルを用いて引き起こすような現象を、ただの殴りで発生させるほどの強化を今のナルは得ていた。
「舐めル……なぁ!」
「まるで獣だな」
結界に衝突したペインテイルは立ち上がると、直ぐにナルに飛びかかってくる。
その姿は正に理性を失った獣であり、纏うオーラも合わせれば、心の弱い者ならば、それだけで自らの命を諦めてしまいそうな迫力がある。
だが、ナルはそんなペインテイルをしっかりと視界に収めつつ、構えを取る。
「!?」
「だが獣なら恐れる必要なんてない」
そして対処していく。
ひび割れた曲刀が振り下ろされれば、ヒビが入った箇所を殴って破壊する。
バックラーで殴られそうになれば、真正面から拳を叩きつけて、バックラー下にある手の骨ごと粉砕する。
タックルの要領で棘のようになった鱗を押し付けて来れば、ナルからも体を押し付けることで攻撃とし、あっという間に摩耗させて使い物にならなくする。
口を開いて牙を突き立てようとすれば、先に拳を顎へと決めて、怯ませる。
膨らんだ手足を当たるを幸いに振り回したところで、避けて、いなして、防いで、隙が生じたところに反撃を叩き込んでいく。
「周囲に被害をまき散らすだけの害獣なら刈り取るだけのことだ」
「な、なんで倒セない……こんなに、こんなに俺たちは強くなったのにドうして……!?」
それは魔力量至上主義と言う考え方が何故間違いであるかを、ある意味では指し示すような光景ですらあった。
何かしらの手段で魔力を増やしても勝てるのは圧倒的な格下まで。
どれほどの力があろうとも、理性を失い、知識を失い、技を失い、獣のように暴れ回るだけでは、同格以上には絶対に勝てない。
そう、言い放っているかのようだった。
「ふざケるなあああぁぁぁっ!!」
これでナルが類稀な機動力によって、相手の攻撃を全て避けるようなスタイルであったのなら、まぐれ当たりと言う勝ち筋もあったかもしれない。
攻撃に全てを割り振ったような力の持ち主であったなら、先に攻撃を当てる事で勝つことも出来たかもしれない。
だが、ナルは防御特化であり、その戦い方は堅実に相手の攻撃を凌いだ後に反撃を加えていくと言うものであり、要求するのは壁を超えられるだけの総合力。
それは理性を失ったペインテイルでは持ち得ないものであった。
そして、理性が無いが故に、ただ最も威力を出せると言う理由で以って、ペインテイルはその選択肢を取ってしまう。
「吹き飛べぇ!!」
ペインテイルは自分の尾を千切り取ると、その手に握ったままナルへと押し付けようとする。
「『チェンジボディトゥボム』」
ペインテイルが発動しようとしたのは、自分の体の一部を爆発させることによって大ダメージを与えるスキル。
それをゼロ距離で発動させる事によって、ナルを倒そうとしたのだ。
そして、ペインテイルの手がナルの目の前にまで迫った時だった。
「させるとでも?」
ナルはこれまで消してた盾を出現させると、両手で持ち、全力の体当たりを放つ。
その軌道上にあったのはペインテイルの手であり胸。
バフを受けた今のナルの攻撃力はペインテイルの尻尾を握る手を吹き飛ばして、ナルの盾とペインテイルの胸で、ペインテイルの盾と尻尾を挟み潰すには十分すぎる威力があった。
そして、既にペインテイルのスキル『チェンジボディトゥボム』の発動は為されていた。
「!?」
「お前だけが吹き飛べ」
ペインテイルの尾が爆発する。
機能とスキル、両方の効果が合わさった爆発の規模は凄まじく、舞台全てを巻き込むような爆発が起きる。
爆炎と煙が舞台上を覆い尽くし、観客席から決闘の様子が伺えなくなる。
「っ……」
その中で、ナルは盾を砕かれつつ吹き飛ばされて、向かいの結界へと叩きつけられた。
だが、マスカレイドが解除される事も、倒れる事も無く、ナルは普通に立ち、構え直す。
「ペインテイルはどうなった?」
ペインテイルの姿は煙の中にあって分からない。
だからナルは盾を構えて、警戒し続けた。
「結界が消えたか」
やがて結界が消える。
結界の消失条件は、圧倒的な力で破壊されるのでなければ、決闘が終了した時のみ。
既に煙は晴れ始めていて、観客席からでも、マスカレイドを維持しているナルの姿は見えていた。
故に観客の誰の目から見ても、ナルが勝者である事は明らかであった。
『勝者、ナルキッソ……ひっ!?』
なので司会はナルの勝利を告げようとして……止まってしまった。
煙の中からマスカレイドが解除されたペインテイルの姿が見えたがために。
そのペインテイルの姿が決闘開始前とはまるで別物の、全身から無数の人の顔と手を生やした、変わり果てたとしか言いようのないものであったがために。
「「「ーーーーー~~~~~」」」
観客もざわめく。
いったい何が起きているのか。
そもそもとして、決闘の敗者はマスカレイド解除と同時に控室に転移させられるはずなのに、どうしてここに居るのか。
困惑の声が止む気配は一向に見えない。
『決着が着いたようですね』
「「「!?」」」
そして、場を鎮めるかのように女神の声が響いた。




