306:尻尾払い VSペインテイル -後編
「あっぶ……っう!?」
ナルの眼前で爆発が起き、ナルは咄嗟に出現させた盾によってそれを防ぎ、盾に隠れ切っていない手足に多少の火傷を負いつつも、致命傷を避ける。
そんなナルに向けてペインテイルは『オーバーパワー』で強化された筋肉で以って曲刀を振り下ろして攻撃。
ナルが盾を構えていたので曲刀は弾かれるが……。
「『スパイクスケイル』! 『トライエッジ』! ーーーーー!」
「こ……の……」
ならばと言わんばかりにペインテイルは猛攻を繰り出す。
右手の曲刀が弾かれるならば、その弾かれる勢いを利用するように左手のバックラーを叩きつけた上に、棘のような鱗をおろし金のように扱いつつ押し込む。
左手のバックラーが弾かれるならば、今度は刃を三枚に増やした右手の曲刀を叩きつける。
『オーバーパワー』によって強化された筋力に物を言わせて、ナルに距離を取る事を許さないように、連続で攻撃を仕掛け続ける。
そして恐ろしいことに、ペインテイルのこの攻撃は一撃一撃が十分すぎる破壊力を秘めており、今の『ドレスエレメンタル』によって耐性を高めているナルの盾ですら、少しずつヒビが入り始め、修復が追い付いていなかった。
「今の俺の攻撃なら……誰かに流れても問題はないか!」
このままではやられる。
そう判断したナルは少しずつ盾の受ける場所と角度を調整。
ペインテイルの猛攻に隙間を生じさせると、一瞬の隙を突くようにペインテイルの体に拳による一撃を与えつつ、距離を取る。
この時点でナルはペインテイルが何かしらの方法によって、自分が受けているダメージを観客へと受け渡していると判断していた。
ナルは無関係の第三者を巻き込みたいとは思っていないため、これは実質的に人質を取られたようなものだった。
同時に、スズたちの行動の早さと内容から、スズたちがその仕掛けに動いている物だとも思っていた。
だから、今の時点でナルがやるべきは、スズたちが仕掛けを解除するまでペインテイルの攻撃を凌ぎ続ける事。
しかし、単純に耐えるだけでは耐え切れず、牽制程度には攻撃する必要もある。
けれど、この攻撃が流されれば、それこそスズたちが巻き込まれる可能性がある。
そこまで考えて……ナルは今着ている上質なシスター服の『ドレスエレメンタル』には攻撃効果のバフは無く、防御と回復に振り切っている事を思い出した。
「ーーーーー!?」
「は?」
そう、回復である。
攻撃の効果など無く、受け流されても何ら問題がないはずの攻撃。
それを受けたペインテイルは……何故かこれまでで一番の悲鳴を上げた。
「癒しか! 卑しい! なんテ卑しいのだ! 今更! この期に及ンで! 癒しとは! 偽善だ! 誤魔化しだ! 俺たちの苦しミを今更和らげようなど……欺瞞だ!!」
「……。もしかしなくてもアンデッドとか、怨霊の類なのか? 少なくとも、アビスとは別の何かを使っている事は確実か」
ペインテイルが叫びながらナルへと襲い掛かってくる。
そこにはもはや技術など殆どない。
本能のままに両手の得物を振るい、口を開いて牙を突き立てようとし、生え戻った人面浮かぶ尻尾で打ち据えようとしてくる、獣のような男が居た。
だがそれは脅威にはならないと言う意味ではない。
動きこそ直線的で読みやすいが、その破壊力と速さは確実に上がっていて、ナルの技量では受け流し切れず、その攻撃の殆どを盾で正面から受け止めて凌ぐ他なかった。
「そこっ!」
「!?」
だからナルは隙を見て反撃も打ち込んでいく。
外へと押し付けられる事のない、押し付けられても問題のない癒しの力をペインテイルに打ち込んでいく。
癒しの力を打ち込まれる度にペインテイルの中に居る何かは削ぎ落されていき……。
「ーーーーー!!」
「っ!?」
煮詰まっていく。
『ドレスエレメンタル』で得られる癒しの力程度では払えず、逆上し、猛り狂うような何かだけになっていく。
そして、その何かに合わせるようにペインテイルの体も膨らんでいく。
「まったく、何がどうなっているんだか……」
「許さねぇ……。今更俺たちを救おうだなんて許さねぇ……。いや違う。そもそも、お前が与えているのは救いじゃなくて追放だ。虐げられている俺たちを何も出来ない場所へと追いやる行為だ。ああ、許せねぇ。絶対に許せねぇ。俺たちは切り捨てられたんだ。刻まれたんだ。それなのに、お前たちは、お前たちはよぉ……!」
「少なくとも、もう正気でない事だけは確かか。と言うか、何で女神は止めないんだ。明らかにもうマトモな決闘じゃないだろうに」
不思議な事にペインテイルの体が膨らむのに合わせて、手にしている曲刀や身に付けている鎧も大きくなっていく。
だがどうしてか鱗の密度だけは下がって、間から別の物が覗くようになっていく。
ナルは最初、それを肉や皮膚の類と思ったが……直ぐにそうではない事に気づいた。
ペインテイルの鱗の隙間から覗くそれらからは視線を感じたのだ。
それも生あるものを区別なく羨み恨むような、この世ならざる何かの視線を。
「だったら今度は俺たちが切り捨ててやる。お前も、あの女共も、俺を見下してきたアイツらも、この場に居る誰も彼も切り捨ててやる。そうだ。俺だけだ! 俺だけがこの世にあればいい! そうすればもう誰にも切り捨てられることなんてない! 全ては俺の思うがままになる! 俺は尻尾でなくなる!」
「流石にスズたちの命そのものを狙う発言を許すわけにはいかないな。そうでなくとも……」
これを決闘の外には出してならない。
この場で完膚なきまでに叩き伏せなければならない。
これ以上耐えている余裕はなく、スズたちが対処を終えていると信じて攻めに転じる他ない。
そう考えつつもナルは構えを取りつつ、ペインテイルを睨みつける。
「他人に虐げられたって言うのは、他人を虐げていい免罪符じゃない。どういう理由があろうと、決闘の外にまで暴力を持ち出そうって言うなら、お前は悪以外の何物でもない。だから……今この場でぶちのめしてやる。『ドレッサールーム』発動! 『ドレスパワー』『ドレスエレメンタル』起動!」
ナルの服装が再び変わる。
上質なシスター服から、エクソシストをモチーフとしたキャラが着る、清廉にして苛烈なシスター服風の衣装へと変わる。
そして、二つのスキル発動によって、煌めき燃え上がるような光を全身へと纏う。
「光! ひかり! ヒカリ! 俺たちが失っタもの! 返せ! 寄越せ! それは俺の物だ! お前らには不要なものだ! 俺は切り捨てる側だ! お前らが犠牲になれば俺は助かる! それこそが幸福なんだと教えてやる! 『オーバーパワー』! 『トライエッジ』! 『スパイクスケイル』!!」
対するペインテイルの体もさらに膨らんでいく。
元の倍ほどにまで巨大化し、ナルを含めた周囲の生命全てに対して憎悪と怨嗟の視線を向けつつ、聞いているだけでも魂が震えるような叫び声を上げる。
そして、尾を爆発させると、全身に怨霊そのものであるかのようなオーラを纏う。
「来いよ、ペインテイル!」
「お前を切り捨てて、俺はシアワセになる!」
そうしてナルとペインテイルは同時に動き出し……。
その拳と刃がぶつかり合った。
余談ですが。
ペインテイルが第三者を巻き込んだ時点で、スズたちが舞台の外で何をしても問題ないとナルは判断しています。
スズたちの行動がアウトなら、ペインテイルの行動はもっとアウトですからね。