305:尻尾払い VSペインテイル -観衆
「やけに長いですね……」
「ですネ。倍化しているとは言エ、ペインテイルの魔力が何故尽きないのカ……」
「何かしらの手段で補っている事は確かでしょう。しかし……」
ナルとペインテイルの決闘が始まってから既に十分が経過した。
決闘を見守る巴たちもナルと同様に、ペインテイルの魔力が尽きない異常な状況に疑念を抱いていた。
ペインテイル自身の能力ではなく、ペインテイルが所有している何か由来である事は想像できても、それ以上の情報を得る事は出来なかった。
「……」
そんな中でスズだけは顔をしかめていた。
と言うのも。
『あの男! 我が貸してやった魔力に何という物を混ぜてくれたのだ! 汚らわしい! こんなものを混ぜられたのでは、取り立ての際に余計な手間暇をかける事になるではないか!!』
アビスがペインテイルに対してあからさまな憤りを表し、叫び声を上げているからだ。
だが、その叫びはこの場に居る人間ではスズにしか聞こえていない。
おかげで、スズは周囲からナルが無事に勝てるか不安そうに、あるいはペインテイルへの殺意を抱きながら、決闘を見ていると思われている状態である。
しかし、いい加減に声を抑えてもらわなければ、集中に支障を来たす。
そう思ったスズは極めて小さな声でアビスに語りかける。
「さっきから怒っているけど、具体的にはどんな魔力なの?」
『ん? ああそうだな……。あの男の仮面体には、あの男自身の魔力と我の貸した魔力の二つに加えて、死んでいるのに生きていて、この世への嘆きや怒り、恨みつらみ、生への渇望、そう言った思いで作られた魔力が混ざっている。他にも混ざっているが、特にひどいのはそれだ』
「……」
『ああ、見ているだけでも不快になってくる。あのような無念を抱えた魔力を魂が擦り切れるまで生み出すように仕向けるなど、悍ましいにもほどがある。何処の誰が作り出したのかは分からないが、今後、あの魔力と我の魔力が混ざらないようにハモの奴とどうにか精密なコンタクトを取らなければ……』
アビスの説明にスズは思う。
それはまるで、ペインテイルの懐にアンデッドが居て、そいつが魔力を生み出すと共にペインテイルへと魔力を補給しているようではないかと。
「アビス。ペインテイルとの契約を切る事は?」
『出来ればとうにしている! ああくそっ、体の上を多足の生物が這っているような不快感だ。こんな力、我も女神も管轄外だぞ。燃詩音々を経由すれば、ハモの奴にも正確に契約の更新を迫る事が出来るか? もし出来ないなら、我の沽券に関わるが、ハモとの契約そのものも見直さなければ……』
「そう……」
アビスの言葉にスズは残念そうにする。
もしもアビスとの契約が切れれば、その時点でペインテイルは勝ち目を失うほどに弱体化したはずだからだ。
少なくとも、あれほどナルに攻撃されてなお、平然とはしていられないはずだった。
『そうだ。水園涼美……む』
「待って、アビス。電話が来た」
と、ここでスズの持つスマホに着信があった。
そして、画面を見るとそこには燃詩音々の名前があり、更にはハッキングによってスズが操作することなく、通話が開始されるところであった。
『繋がったか。緊急事態だ。そこに『ナルキッソスクラブ』のメンバーと護国巴は居るな?』
「あ、うん。居るよ。燃詩先輩」
「スズ?」
「燃詩先輩ですか」
「どうかされましたか」
『そうか。それは僥倖』
スマホから響く燃詩の声にスズたち全員が反応する。
『改めて言う。緊急事態だ。今から約十分ほど前から、学園各地で突如として人が倒れる事態が発生している。症状は魔力をいきなり失ったことによる一時的な虚脱程度だが、倒れた場所や状況次第では、惨事になる可能性もある』
「なるほど。でも、それが私たちと何の関係が?」
『その症状の発症タイミングとペインテイルの被弾タイミングがほぼ一致している』
「「「!?」」」
『また、症状が発生しているエリアでは魔力を含む緑色の紐状物体が確認されているのだが、この物体によく似た物をペインテイルはマスカレイド発動前に着用していたのを、吾輩の方で確認している』
「まさか……」
『つまり、どういう理屈かは分からないが、ペインテイルの奴は舞台外に居る無関係の人間に自分が受けているダメージを擦り付けている疑いがある』
スズたちの視線が一斉にペインテイルへと向けられる。
そして、当のペインテイルと言えば……。
『『チェンジボディトゥボム』!!』
今正に自分の体の一部を爆弾化させて、爆破したところだった。
その爆発は舞台上の全てを巻き込み、妙なエフェクトを伴っていた。
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
そして、爆発が止み、爆炎の中からナルとペインテイルが姿を現してから数秒。
観客席に居た生徒数人が突如として意識を失い、その光景に周りの生徒が悲鳴を上げ、急いで介抱を始める。
「これはもしかしなくても……」
「許し難いことが起きていますね」
「デ、でもどうすればバ?」
『天石市が居るな。お前のユニークスキルで先ほど見せた紐を断て。今この場において最速で取れる手段はそれだ。風紀委員会は会場外の紐の処理で手一杯だからな』
「分かりました」
燃詩の指示を受けてイチが動き出す。
そのイチをサポートするべく、スズたちも動き出す。
『くひっ、ひひひひひ……『オーバーパワー』』
舞台上では爆発が起きている。
そして、ペインテイルは間髪入れることなくナルへと斬りかかっている。
ナルはそれを防ぎ切れなかった爆発で衣装をボロボロにされ、火傷に似た傷を手足に負いつつも、的確に盾を構えて防ぐことによって、耐えている。
耐えながら、スズたちの姿を見つけて、安堵と共に信頼の笑みを浮かべる。
「……」
そんなナルの姿を見て、イチは加速した。
一刻も早く、状況を改善しなければならない、と。
倒れた生徒の元に辿り着くと、いつの間にかハッキングされて通話が繋がっているスマホから響く燃詩の指示に従って、目的の物体を探し始める。
「どうして女神は止めに入らないんですカ!」
「決闘が終わった後に入るつもりなのかもしれません。現状では、重症者も出ていないそうなので」
「此処で直ぐに止めに来ない辺り、女神を嫌う人が居るのも納得いくんだよね……」
イチに遅れること数秒。
マリーたちも辿り着き、周囲の生徒へ事情説明を始める。
また、同時に学園内にある全てのスマホに対して燃詩から緊急のメッセージが送信されて、緑色の紐状物体の存在が明らかにされる。
「ありました!」
イチが緑色の紐を見つけ出す。
それはブレスレットのように加工されていて、よく見れば僅かに魔力を含んでいる物体。
「破壊します!」
イチはユニークスキル『同化』の応用で以って、自身の指先に仮面体を構成する金属と同じ性質の魔力を纏うと、それを一閃。
ただそれだけで、紐は断ち切られ、僅かに含まれていた魔力も霧散した。
原理不明ではあっても、これでペインテイルがしている何かの一部は解消された事だろう。
「イチ! まだまだありますのデ、お願いしまス!」
「私の手にもあります! ナル様が無事な内にお願いします!」
「っ……はい!」
そう、一部である。
闇のオークションで売買されたため、紐は学園の至る所に配置されていた。
特に多いのはアクセサリーの形を取ったものであり、会場内にも複数の紐があった。
それをマリーと巴が集め、イチが次々に断っていく。
「「「ーーーーー~~~~~……」」」
周囲の観客はこの異常事態にざわつきつつも、ペインテイルに疑念の目を向ける。
観客を、決闘に無関係の第三者を一方的に利用すると言う、ルール違反を犯したのではないかと。
ペインテイルは神聖にして公正なる決闘を穢したのではないかと。
「これで……最後です!」
そんな中でイチは会場内にある最後の紐を断ち切った。
燃詩もまた、会場外の紐の大部分は断ち切られ、切られていない物も周囲に人が居ない状況に出来たとスマホを通じて告げる。
「ナルさんは!?」
イチは舞台の方へ急いで目をやる。
舞台の上にはナルとペインテイルが立っていた。
「無事です」
「そしテ……怒ってますネ。あれハ」
ナルの服装は変わっていた。
先ほどまでの場合によっては聖女と崇められそうなほどに清純なシスターの姿から、苛烈なまでの正義を敢行するエクソシストの姿へと。
「ペインテイルは……なんですかあれは」
「分かりません。私たちが気が付いた時にはもうああなっていました」
「見るからに悍ましいですヨ」
ペインテイルの姿も変わっていた。
元の倍近い身の丈になった上に、全身の筋肉を膨らませ、鱗の隙間から何かが覗く悍ましいとしか称しようのない気配を漂わせる姿へと。
そして誰も気づいていなかった。
途中からスズが姿を眩ませていた事に。
04/06誤字訂正