304:尻尾払い VSペインテイル -中編
おかしい。
「ーーーーー!」
「此処に入れて……」
ナルとペインテイルの決闘が始まってから既に十分近くが経過していた。
学園制服の『ドレスパワー』によって短期記憶能力が大幅に強化されていたナルは、この十分間でペインテイルの動きをおおよそ把握しきっていた。
「ここにも入れて……」
「ーーーーー!」
その為、本能のままに暴れ狂うような動きをするペインテイルに対して、ナルはもはや盾を構える事も殆ど無く、曲刀による攻撃を大きく避けつつ、『ドレスエレメンタル』によるバフを乗せた拳をペインテイルに叩き込み続ける事が出来るようになっていた。
「『オーバーパワー』! 『スパイクスケイル』! 『トライエッジ』!!」
「ギギギー!」
「っ……」
勿論、ペインテイルもただ殴られるだけではない。
『オーバーパワー』の効果が切れる度にトカゲを自爆させながらバフをかけ直す。
スキル『スパイクスケイル』の効果によって、自身の鱗を棘のように逆立てて、ナルが拳を叩きつける度にほんの僅かであれどダメージを返す。
『トライエッジ』によって当たりを大きくした曲刀を振り回して、ナルを斬り伏せようとする。
だからナルも、攻撃を避け切れない時だけは盾を展開して受け止める。
そして、『恒常性』によって回復できるからと、棘の鱗を気にする事も無く反撃を打ち込む。
そんな一進一退の攻防が、既に”十分”も続いていた。
「どうなっている?」
「サンドバッグの分際で考え事なんてしているんじゃねぇ!!」
ナルは、自分がそうであるからこそ、今の状況……ペインテイルの魔力が尽きない事に対して異常を感じていた。
ナルキッソスの魔力がマスカレイド中であっても回復し続けるのは、決闘相手にとっては理不尽でも、魔力を扱う科学者にとっては理不尽ではなかった。
何故なら、翠川鳴輝の3600と言う甲判定の中でも更に抜きん出た魔力量に、霧散しにくいと言う魔力性質、ナルキッソスの極めて軽装な仮面体に、ダメージと消費を抑える立ち回り。
これら全てが揃っているからこそ、ナルの魔力はマスカレイドをしている間にも回復するのだから。
対してペインテイルはどうだろうか?
元が乙判定である以上、アビスの力で倍化しても魔力量は2000にも届かない程度。
その仮面体は肉体を大きく変貌させた上に、武器と防具を一揃い持っている。
魔力性質には消費に関わるような大きな特徴は無い。
複数のスキルをパッシブスキルかのように使い続けている。
そのような使い方をしていれば、理性の有無もアビスの力も、なんならナルキッソスの攻撃も関係なく、既に魔力が底をついていたとしてもおかしくはないはずだった。
であるのに……。
「くひっ、クひゃひゃ。力だ、力が湧いてきて止まらねぇ……くヒゃひゃ。今ならなんダって出来そうだぁ……」
「……」
ペインテイルは万全の状態で立っていた。
微妙に呂律が怪しくはあるものの、アビスの力を借りている証拠とも言える黒い魔力を纏って、曲刀の刃に黒は黒でも赤よりの黒の魔力を滾らせながら、自分の足で立っていた。
まるで無尽蔵の魔力を持っているかのように。
「理屈が分かるまでは耐える事を優先するか。『ドレッサールーム』発動。続けて『ドレスエレメンタル』発動」
ナルの服装が変わる。
学園の女子制服から、見るからに上質なシスター服へと。
そして、服装が変わるに当たって解除された『ドレスエレメンタル』も即座に発動。
攻撃能力を捨てた代わりに、回復能力と、光属性以外のあらゆる攻撃への強力な固定値減算防御バフを得る。
「くひゃひゃ! いい格好じゃネえか!! なんか興奮してきたぜ! いたぶらせろ!!」
そこへペインテイルが攻撃を叩き込む。
「あ? あっ? あアんっ!? クソが! これまで以上に堅くなりやがった! どうなっていやがるんだよ! テメエの体はよぉ!!」
「……」
が、結果はこれまで以上に攻撃が通らないと言うもの。
ペインテイルが全力で曲刀を振り下ろそうが、バックラーで殴りかかろうが、タックルを仕掛けようが、ナルはその場から一歩も動くことなく……何ならたたらを踏む事すらもなく、耐え続ける。
それはまるで、大いなる存在に守護されている何かにとっては、この程度の災いなど身構えるまでもないと言わんばかりの光景。
「だったらコイツはどうだぁ!! 『チェンジボディトゥボム』!!」
その光景を前に、ペインテイルは尻尾を置き去りにして距離を取る。
置き去りにされた尻尾は即座にトカゲ……それもこれまでと違って、顔と手足が人のそれに似つつあるトカゲへと変貌して、ナルの盾に張り付く。
だが使ったのは『オーバーパワー』ではなく別のスキルだった。
「っ!?」
舞台全体を覆い尽くすような爆発が起きる。
何処か人の声のようにも聞こえる音と共に衝撃波がまき散らされ、人の手のようにも見える爆炎が広がり、苦痛に歪む人の顔のように思える黒煙で舞台が包み込まれる。
スキル『チェンジボディトゥボム』。
それは闇のオークションで売買された、自分の体をボム化して起爆するスキル。
だが、本来の『チェンジボディトゥボム』で生み出される爆発は、このようなエフェクトを伴う爆発ではなく、ただの爆発であり、威力も此処まで高いものでは無かった。
変化の原因は、ペインテイルが元より自爆能力を有するトカゲを対象にして使用した事。
二重の自爆によって威力が飛躍的に高まるだけでなく、トカゲが持つ魔力によって、何かが起きたことが原因であった。
「流石に……痛いな」
「くひっ……ぐひっ……クソがよぉ……これで死なないなんてどうなっていやがるんだよぉ。テメェはよぉ……あア、俺は私はジブンたちはコレホドノ苦痛にあると言うのに……」
だが、それほどの爆発を経てもなお、舞台上にナルとペインテイルの姿は残ったままであった。
ナルは盾を失い、シスター服もボロボロであったが、既に『ドレスエレメンタル』で得た回復能力も用いて、傷を回復。
『恒常性』と『ドレッサールーム』の併用によって、シスター服の修復も済ませていく。
対するペインテイルは……多少の傷を負ってはいるものの、爆発の規模から考えれば無傷と言っても遜色のない状態で立っていた。
しかし、その目は何処か虚ろで、気が付けば黒の魔力には、乾いた血のような赤が混ざり始めていた。
「ペインテイル。お前、何を使ってる? 何かしらの仕掛けが無ければ、あり得ない程度には異常だぞ」
ナルはペインテイルの様子を見て語り掛ける。
今ならば、隠し事をしづらいと言うマスカレイド中の特性もあって、口を滑らせてくれるのではないかと。
「仕掛け? 仕掛けだぁ? んなもんアるわけねえだろオがよぉ。俺はただ……押し付けているだけだ。俺の尻尾に。尻尾が犠牲になる代わりに俺は生き延びられるんだから、光栄ダろぉ!?」
「押し付けている?」
そうして、ペインテイルが答えた時だった。
『『『ーーーーー~~~~~!?』』』
「ん?」
舞台の外、観客席で騒ぎが起きる。
何人かの生徒が急に失神して、意識を失い、周囲の生徒たちに介抱される。
スズたちが用意された席から居なくなって、動き出す。
その光景にナルはまさかと思いつつも、思い浮かんだ考えが正しいかを考え始めてしまう。
結果、反応が遅れた。
「くひっ、ひひひひひ……『オーバーパワー』」
「っ!?」
ナルの眼前で、もはや黒一色となった爆炎が花開いた。