303:尻尾払い VSペインテイル -前編
「防いでいるんじゃ……ねぇ!」
ペインテイルは曲刀を力任せに叩きつけて、ナルの盾を割ろうとする。
「俺はサンドバッグなんだろう? だったら、お前が力尽きるまで受けてやるための工夫ぐらいはするに決まってる」
対するナルは盾を両手で構えて、ペインテイルの曲刀を真正面から受け止めて、弾く。
「ーーーーー!」
そうして弾かれた曲刀を、ペインテイルは腕力で無理やり勢いを殺して反転させ、再度、三度、四度と連続して叩きつけていく。
それは技など感じられない、腕力と重量に任せた力任せの連撃。
声になっていない鬨の声も合わせて、正に見た目通りに獣あるいは蛮族と呼ばれるに相応しい様相の攻撃であった。
だが、それで十分だった。
アビスの助力によって仮面体が強化された結果、特に筋力を大幅に増している今のペインテイルの攻撃は一撃一撃が人一人叩き切るには十分な威力を秘めており、並大抵の仮面体ならば防御の上から押し潰して叩き切れるだけの圧力を有していたからだ。
ただし、相手がナルキッソスでなければの話であるが。
「終わりか?」
ペインテイルの五度目の攻撃が盾に叩きつけられ、息切れと共に止まる。
それと同時に表面こそ僅かに傷ついているが、まだまだ攻撃を受け止められる状態の盾の陰からナルは呟き、笑う。
こんなものかと。
「舐めんじゃねぇ!」
ペインテイルがその場から飛び退く。
次の次に行う攻撃に、勢いをつけるための助走距離を得るために。
そして、これから次の攻撃に自分が巻き込まれないために。
「トカゲ……」
ナルはペインテイルを追いかけようとしたが、それは出来なかった。
ペインテイルが飛び退いた場所に一匹のトカゲが居て、それがナルの顔面に向かって飛びかかってきたからだ。
ナルはこのトカゲの正体を知っていた。
このトカゲはペインテイルの機能で生み出される自立式の魔力構造体であり、元はペインテイルの尻尾である。
その能力はどういう理由であれ、一定レベル以上に損傷すると、その場で自爆して周囲に被害をもたらすと言うもの。
このトカゲの存在と、ペインテイルが学生時代から愛用していたコンボを知っていたが故に、ナルは右手で飛びかかってくるトカゲを掴んで払い除けようとした。
そこへペインテイルの言葉が響く。
「『オーバーパワー』発動!」
スキル『オーバーパワー』。
通常ならば、自分の体の一部を犠牲とする代わりに、通常の筋力強化スキルよりも高い倍率で自身の筋力を増強するスキルである。
だが普通の決闘者ならまず使わないスキルでもある。
仮面体の何処の部分も必要だから存在しているのであって、自分のスキルのコストに使える部分なんて無いし、作らないからだ。
そんなスキルをペインテイルは愛用していた。
切り離してもなお自分の一部であると認識されているトカゲを、傷つけば爆発して破壊をもたらすトカゲを、コストとして用いる事で。
「ギギギー!?」
「っ!?」
「くたばれぇ!」
ナルの右手を巻き込む形でトカゲが爆発し、爆煙が広がる。
その爆煙に向けて、筋肉を膨らませたペインテイルが先ほどよりも速く接近し、勢いを得た曲刀をより力強く振り下ろす。
「っ!?」
「流石に多少痛いな」
煙が晴れる。
ペインテイルの曲刀はナルの盾に食い込むも、それ以上進む事は出来ずに、止まっていた。
その事実にペインテイルは驚く。
だが、そうして驚くペインテイルを更に驚かせるように、爆発によって黒焦げになっていたナルの右手が再生していく。
まるでトカゲの尻尾が切れても生え直るかのように、元通りになっていく。
「で? 何を呆けているんだ?」
しかし、トカゲの尻尾の再生とナルの右手の再生は中身まで見れば全くの別物である。
トカゲの尻尾は再生してもその中に骨はない。
ナルの右手は骨も筋肉も再生するし、事前にかけたバフも通ったままである。
「おらぁ!」
「っう!?」
ナルの右拳がペインテイルの脇腹に突き刺さる。
拳そのものの威力は非常に軽く、ペインテイルの鱗の前では衝撃を通すことも叶わないものだった。
だが、スキル『ドレスエレメンタル』の効果によって得た無属性の固定ダメージ攻撃バフはペインテイルの鱗を気にせずに浸透し、その体に衝撃とダメージを与え、予期せぬダメージによってペインテイルを怯ませることに成功する。
「サンドバッグの分際で反撃するんじゃねぇ!」
「サンドバッグだって反撃するだろ。殴ってきた奴の殴り方が悪けりゃあ尚更にな」
ペインテイルが攻撃を再開する。
今度は曲刀による攻撃だけでなく、左手に持った小ぶりの円盾……バックラーとも呼ばれるそれでも殴りかかり、ナルの反撃を許さない勢いで攻撃し続ける。
対するナルはまたしてもそれを正面で受け止め続ける。
スキル『オーバーパワー』の効果によって強化されたペインテイルの攻撃はきちんと受け止めなければ大きな被害を受けるものではあったが、逆に言えば、きちんと受け止めれば盾が多少傷つく程度で受け切れるものでもあったからだ。
「ーーーーー!」
「……。ここっ!」
「っ!?」
だからナルはペインテイルの攻撃を盾を『恒常性』によって修復しつつ受け続ける。
そして、息切れか、あるいは集中力の途切れか、はたまたスキルの効果の切れ目で、ペインテイルの攻勢が弱まったタイミングで……殴る。
威力は殆どない。
『ドレスエレメンタル』で与えられる固定ダメージのバフは、ナルにとっては大幅に攻撃の威力を増すものであるが、一般的にはちょっとお得程度の追加でしかないからだ。
だが、そうして明確に入れられた一撃は、受けたペインテイル自身にすら、クリーンヒットしたと理解できるもの。
その一撃は増えた魔力によって全能感を覚えていたペインテイルのプライドを逆撫でするようなものであり、増長に合わせて薄れていた理性を消し飛ばすには十分な攻撃であった。
「舐めるんじゃねぇ! 格下のガキの分際でよぉ!! 『トライエッジ』!」
「おいおい……」
ペインテイルの持つ曲刀の刃の左右に、魔力で構成された刃が現れ、曲刀の動きに同期する。
スキル『トライエッジ』は自分の武器の攻撃に用いる部位を二つ劣化複製する事で、攻撃の威力と範囲を上げる、シンプルでありつつも強力なスキルである。
そうして刃が三本になった曲刀をペインテイルは全力で振り下ろし……。
「0に3を掛けたって0のままだってのは、俺でも知っている事だぞ。先輩」
「なっ!?」
難なく防がれる。
だがこれは当然の結果だった。
『トライエッジ』で現れる刃が劣化複製である以上、オリジナルの刃ですら攻撃を通せない相手には無力。
『トライエッジ』本来の使い方は、元々通る攻撃をより当たり易くしたり、手数不足を補うものであり、全く攻撃が通らない相手をどうにかするものでは無いのだから。
「おう……らっ!」
「っう!?」
その愚策を戒めるかのように、ナルの拳が今度はペインテイルのこめかみを捉える。
ペインテイルにたたらを踏ませて、距離を開けさせる。
この時点で多くの観客はこう認識した。
『この決闘はナルキッソスの勝利で終わる。ペインテイルの最大火力がナルキッソスに通らなかった以上は、そうなる他ない』
と。
だからこそ気づかなかった。
観客の一人が、気が抜けたかのように、椅子へとヘタレ込んだ事に。
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