300:天秤を釣り合わせる
「ナル君。表情と言動の乖離が凄いよ」
「だって嫌だからな。本来ならばスズたちに値段なんて付けられるはずもないのに、無理やりにでも値段を付けるような行為だし」
「ナルはそう言うタイプですよネェ」
「ナルさん……」
「ナル様らしいですね」
ペインテイルに勝った時に何を求めるか。
それを考えないといけない事は分かっている。
ただ、今ここで求めるものは、ペインテイルが求めたスズたちの身柄、それに見合うだけの価値があるものでなければならない。
そうでないと色々と問題が起きるからだ。
「ですがナル様。それはそれ、これはこれで、しっかりと考える必要はあります。何も求めなければ、私たちの価値は無い。場合によってはマイナスであると、悪意ある連中は捉えて、利用してきますので」
「分かってる。だからと言って無限の価値があると言い張るのも通らないから、適切な要求をしないといけないんだよな」
普通の人なら、俺がペインテイルに何も求めなければ、ペインテイルの方が頭のおかしい要求をして渋々応じただけとか、落ちぶれたペインテイルから取れるようなものが無かったのだろう、と言う風に思ってくれるだろう。
だが、悪意を以って解釈するのであればだ。
俺がペインテイルに何も求めなかったのは、スズたちの価値が0であったから。
下手をすれば、俺の全財産分の金銭を帳消しにするようなマイナスであったから。
そんな風に敢えて認識して、次の決闘で勝っても負けても俺の損になるように立ち振る舞ってくるのは目に見えている。
だから、俺自身の心情に関係なく、ペインテイルに十分な価値を持つ要求をしなければいけない。
「うーん。とりあえず私とマリーで、無理やりにでも金額に直した場合を算出してみようか」
「ですネ。それが分かれバ、どれぐらいの要求を通せるかも分かるでしょウ」
スズとマリーが幾つかの資料を持ち出して来て計算を始める。
とりあえず、金額で出してくれるらしい。
「マリーは確実に高いよね。『蓄財』持ちだし」
「お高いですヨ。巴も当然高いでス。護国家との繋がりがありますからネ」
「イチも保有技術を考えたら、ざっとでもこんな額になるよね」
「スズは……判断が難しいですネ。安くなることはあり得ませんガ」
「ここにナル君自身の財産も加えて……こんな所かな」
「「「……」」」
そうしてスズとマリーが出してきた金額を見て……俺は閉口し、イチと巴は納得した様子で頷く。
うん、具体的な金額は差し控えさせてもらう。
もらうが……桁数が二桁になるのはどう考えてもヤバい。
妥当ではあるのだろうけど。
「とりあえずお金を請求するのは無理だな。こんな額を既に尾狩家とイチの叔父さんから切られてるペインテイルに払わせることが出来ると思わない」
「そうですね。ペインテイルを同質量の純金に変えても足りないと思います」
うん、金銭だけで払わせるのは無しだな。
「ペインテイルがこのような要求をするほどに増長したのは、一か月前の時点で所属していたお前たちのせいだ。と言う形で尾狩家などに払わせることも出来ますが……。その場合には、多少金額を減らす必要がありますね。そして、尾狩家との全面戦争にもなるかと。まあ、護国家としてはそれでも全く構わないのですが」
「俺が構うので勘弁してください。ん? 一か月前の時点で所属してた? そう言う事も出来るのか?」
俺は巴の発言で気になる事があったので、その点を指摘する。
一か月前の時点で所属してたと言うのは……今回の場合だと、まだ夏季休暇の間で、闇のオークション(合法)が開かれる前であり、ペインテイルは尾狩家とイチの叔父さんの下に居た時点と言う事になるな。
「可能です。決闘を悪用する者が後を絶たない以上、そう言った者への対策と言うのも考えられています。今回のこれはトカゲのしっぽ切りに対する策で、決闘の敗者に、その時点では誰の指示下に居たのかを言わせて、その時の上司にも支払いの義務を発生させるものですね。もちろん、細かい制約や成立条件などもありますが……今回の場合は問題ないかと」
「なるほど」
どうやら、決闘の勝利に伴う権利の行使、それを強制執行するのが、人知と法の上に座する女神であるために、多少の遡りぐらいはどうと言う事も無いらしい。
勿論、細かい制約云々と言っているので、言いがかりの類は付けられないのだろうけど。
「うーん。正直なところ、金銭よりも、今後もスズたち……特に、手が届かない位置に居る親父たちの周りに手を出せないようにしておきたいんだよな」
「あー、それはそうだね……」
「本人ではなく、その周囲をと言うのは、汚い手口で動く人間の定石と言えるので、それは良い考えだと思います」
「マリーの両親たちと違っテ、ナルとスズの両親は正真正銘の一般人ですしネェ」
「なるほど。そう言う事なら……ナル様。こう言うのはどうでしょうか」
巴が幾つかの話を提示してくれる。
流石は護国家と言うべきか、先ほどの話もそうであったように、ノウハウがあるらしい。
で、そのノウハウに従うのなら……そうだな、この四つが良さそうか。
「それじゃあ登録するね。ナル君」
「ああ」
こうして決闘に勝利した際に、俺がペインテイルに要求するものは決まった。
一つは俺の全財産に匹敵するだけの金銭。
一つはペインテイルが一か月前の時点で上司として認識していた人間の名前の公表。
一つはペインテイルがこれまでに行ったヤバい事の公表。
一つはペインテイルが闇のオークション(合法)で何をやって叱責されたのかの公表。
一つはペインテイルが尾狩参竜の事をどう思っているかの公表。
以上である。
この要求が為されれば、ペインテイルが誰の指示の下で動いていたのかがはっきりすると共に、その人となりも知られる事となる。
本当にペインテイルが身勝手に動いただけならば、尾狩家もイチの叔父さんも大したダメージを受けないだろうが……決闘を挑んできた時の様子、魔力量至上主義者として身勝手な振る舞いをしてきたこと、この辺から考えて、今後むやみやたらと俺たちに決闘を仕掛けてくる人間は居なくなるだろう。
そして、これらの情報が公表された上で俺たちの身内に何かあったのならば、これ以上の手段で以って潰しにかかると言う脅しにもなる。
これで、両親の安全なども多少は確保できるはずだ。
なお金銭そのものについては割とどうでもいいので、ペインテイルを無敵の人にしないためにも、最低限の手心は加える予定である。
さて、これで上手くいくと良いのだが……どうなるだろうか?
ちなみに。
ペインテイルがこれまでに行った”犯罪”の公表。
ではなく、
ペインテイルがこれまでに行った”ヤバい事”の公表。
となっているのは、ペインテイルがその行為を犯罪であると認識していない場合に備えてですね。
これも強制自供の一種なので、自供者の認識に影響を受けるのです。