30:決闘の控室にて
「……」
決闘の舞台として選ばれたらしいホールへやってくると、俺は直ぐに控室の方へと案内された。
今回の決闘は極めて突発的なものであるはずなのだが、流石は決闘学園と言うべきか、こう言うのに慣れているらしい。
そして、控室にやってきた俺は念のために決闘のルールブックを確認し始めて……その直後に控室の扉がノックされた。
誰かと思いつつも、俺は「どうぞ」と声をかける。
「ナル君! 決闘するってどういう事!? それも退学と将来を賭けてだなんて!?」
「スズ!? あれ、そっちはそっちでミーティング中だって聞いていたんだが、どうしてここに?」
現れたのは、スズだった。
その背後にはイチとマリー、それからどうしてか麻留田さんの姿もある。
「ミーティングなんて女神様降臨の知らせで吹っ飛んじゃったよ! 興味がある人間は全員ホールへ集合して、ナル君と縁紅の決闘がどうなるかを見ることになったの。それで私たちはナル君の関係者で、決闘に賭けられているものにも関わりがあるという事で、ここまで通してもらえたの。で、これが私たちの事情だけれど、どうしてナル君は決闘をする事になっているの……?」
スズが迫ってくる。
その表情は危ない事をしないでとか、理由を話してとか、私たちの為に怒ってくれたのは嬉しいけれどとか、様々な感情が入り混じったものだ。
「どうしてもこうしても……まあ成り行き? ちょっと許しがたい発言があったからな。ある意味では挑発に乗せられたようなものでもある」
「ナル君……決闘を取りやめる気とかは?」
「あるわけない。と言うか、此処で退くのはただの不戦敗だからな。一番駄目な奴だろ、それは」
「それはそうなんだけど……あ、ナル君が負けた時は私が養うから安心して!」
「それもない。と言うか、縁紅の態度からして、俺に勝ったなら、その時はそのままスズたちにも同じ要求で決闘を仕掛けてくると思うぞ」
「大丈夫。縁紅くらいなら一方的に殺せる算段は付いているから」
「「「……」」」
なんだろう、今日一番の不穏当発言が出てしまった気がする。
イチたちも聞かなかった事にしているが、本気かと言う顔もしている。
うん、俺も聞かなかったことにしたい。
けど、そう言うわけにもいかないな、スズならやりかねない。
「コホン。とにかくだ。決闘は止めない。そして負ける気もない、むしろボコボコにしてやるつもりですらある。だからスズは、大人しく観客席で見守っていてくれ。間違っても、決闘前も後も、縁紅に何かを仕掛けるような事はしないでくれ」
「……。分かった。ナル君の言う通りにする」
よし、とりあえずスズの説得は出来た。
「それでイチとマリーは何かあるのか?」
「イチからは決闘の注意事項についてですね。こちらに今回の決闘の詳細があったので確認もさせてもらいました」
「そうか。それで何かあったのか?」
俺はスズを隣に座らせると、イチの方を向く。
イチはルールブックを俺の方に出すと、口を開く。
「はい。なので順を追って説明します。まずは決闘の基本的なルールから。決闘開始の合図から10秒以内にマスカレイドを発動する事。仮面体でない相手にわざと攻撃を仕掛けない事。どういう理由であれ一度発動後にマスカレイドが解除されれば決闘の範囲外に転移させられて敗北になる事。これは決闘の基本的なルールで、変わりがありません」
「ふむふむ」
「そして、普段ならば国や学園が主催しているので、色々と追加の文章があるのですが……今回は女神主催であるためなのか、逆に何もありませんでした」
「つまり?」
「仮にナルさんが胸や股間を露出しても反則負けにはなりません。しかし同時に、ルールの穴を突いて反則負けさせるような手段も取れません。純粋に真正面からの戦いになります」
「なるほど」
イチの言葉通りなら、マトモに戦うだけって事か。
それは俺にとっては好都合な事だな。
俺は搦手を使えないし。
魔力量なら俺の方が勝っているのだから、淡々と対処してやればいい。
「ナルさん。だからこそ問題なんです」
「?」
と思っていたら、イチから咎められるような視線を向けられた。
「女神主催の決闘で、天秤が釣り合った。それはつまり、どちらにも勝てる可能性があるからこそ、釣り合いが取れたんです。なので、魔力量で勝っていても油断は出来ません」
「あー、なるほど」
実際の可能性がどの程度かは分からない。
もしかしたら、俺が負ける可能性のが高いのかもしれない。
ただ、どちらにも勝てる可能性があるからこそ、女神は決闘を認めた。
だから、油断は絶対にしてはいけない。
そう言う話か。
「分かった。気を付ける。それこそ舞台上では何があってもマスカレイドを解除しないくらいには」
「そうしてください。イチたちの将来にも関わりますので」
「お、おう……」
うん、最後まで気を付けておこう。
ライダースーツを出せないくらいの魔力量になっても、マスカレイドだけは維持しないとな。
「では続けてマリーからの情報でス。こちらが縁紅の仮面体ですネ」
イチの話が終わったところでマリーが一枚の写真を出してくる。
そこに写っていたのは黒地の全身タイツに金色のベスト、プロテクター、マスクと言ったものを付け、黄金色の銃を持っている仮面体。
どうやらこれが縁紅の仮面体であるらしいが……。
「成金?」
俺の口から出て来た感想はそんな物だった。
「ンー。ゴホン。調べられる範囲で調べてみましたが、縁紅の特徴としては、とても強い上昇志向が見受けられる点でしょうか。ある種の強迫観念と言い換えても良いかもしれません。とにかく強く、優秀になる事で、財を成し、世間から認められたい。そのような思いが強いようです」
「マリーのアクセントが……消えた!?」
「こういう時まであのアクセントだと分かりづらいですかラ」
マリーが語尾のアクセントを消した方のインパクトに意識が向きそうになったが、今はそれどころではないと俺は写真に意識を戻す。
「でハ、説明を再開しますネ。縁紅の主武装はほぼ間違いなく腰の拳銃、リボルバーです。外見通りであるならば発砲は可能であり、装弾数は六発。弾入れのようなものもあったので、リロードも出来るでしょう。威力については不明です」
「銃か……」
「身体能力については授業中の様子を見る限りでは並よりは上、と言う程度でしょう。ただし、決闘の舞台で集中力が増すことで、銃の威力も含めて、普段以上のポテンシャルを発揮したり、仮面体の機能や特性によっては外見からは想像できない何かもあり得ます」
「なるほど。つまり油断は出来ないと」
「油断できないどころか、威力と命中した場所次第では、一撃で仮面体が粉砕されて敗北。という事まであり得ます。少なくとも初弾は何としてでも避けるか防ぐべきだと思います」
「分かった」
写真一枚でそこまで分かるのか。
いや、マリーあるいはマリーの協力者がちゃんと観察できる人間だからこそなのかもしれないが、怖い話だな。
そして、此処まで分かったとしても結局は外見から分かる程度の事なので、何かしらの隠し玉がある事は否定できない、と。
「さて、最後に私だな」
「あー、麻留田さん。その……折角教わった決闘のやり方をこんな事に使ってしまってすみません」
「それは別にどうでもいい。ただこれだけは言っておく」
イチとマリーが左右に移動して、麻留田さんが俺の正面に立つ。
「喧嘩を売ったからには勝て」
「言われずとも」
俺は麻留田さんの言葉に口角を釣り上げ、歯が見えるように返す。
「そこで出てくるのが笑みな辺り、やっぱりお前は決闘者向けだな。ああそれと、今回の決闘はテレビ放映されないし、女神主催だから決闘中は問題ないが……決闘中に猥褻物の露出があった場合、決闘が完全に終わった後でしょっ引くから、そこは覚えておくように」
「あ、はい」
やっぱり露出は許されないらしい。
俺の仮面体の裸なら、猥褻物と言うよりは芸術品の類だと思うのだが、それはそれ、これはこれと言う奴のようだ。
「さて、もうじき時間だ。準備は良いな。舞台の下までは私が連れて行ってやるから、見せつけてこい」
「ええ、見せつけてやります」
そうして俺たちは舞台へと移動した。
07/20誤字訂正