3:入学式
「ふあっ……」
「ナル君、イビキだけはかかないように気を付けてね」
「流石に分かってる」
始まった入学式は……とりあえず理事の一人らしいおっさんの言葉は、下手な睡眠導入剤よりも効いたが、何とか堪えた。
いやだって、俺でも覚えているような歴史の授業と入学式の資料で書かれているような内容を、長ったらしく言っているだけだったし。
これで眠気を覚えないのは、眠気を堪えるための工夫を心得ている一部の人間だけだろう。
その証拠ではないが、スズも寝るなとは言っていないし、スズの横の二人も見るからに表情を無にしている。
『続きまして。新入生代表、護国巴』
『はい!』
そんな催眠攻撃を乗り切ったところで、新入生代表らしい少女が登壇する。
少女は真っ赤な髪を長いポニーテールでまとめており……と言うか、転びかけたところを助けた少女だった。
「なるほど。新入生代表。となると、集合時間を間違えかけたとかそう言う……それで、あの焦り方だったのか」
「疑問は解けたね。ナル君」
「だな」
赤髪の少女……護国さんは壇上で立派に、堂々と挨拶をしている。
どうやら、俺が助けた後に無事に会場に着いて、何事もなく済んだようだ。
「おヤ、二人は護国巴嬢とお知り合いデ?」
「知り合いと言うほどではないですよ。彼女が転びかけたのをナル君が偶々助けたと言うだけの話です」
「ふむふム。そうですカ。何か話の種になるかと思ったんですけどネ。あの護国巴嬢ですシ」
「あの?」
と、ここで金髪の少女が口を挟んでくる。
そして、俺の疑問の声に合わせるように、黒髪の少女も口を開く。
「知らない? あの人……護国巴は、我が国の決闘を二代に渡って支え続けている護国家の娘。祖父母の代から魔力量に優れた決闘者同士で血を繋いで、生まれて来た、次代のエース候補。いわゆるサラブレッドと言う奴なんだけど」
「へー」
「眉目秀麗。魔力量甲判定なので受験の際の学力試験は免除されたそうですガ、模試ではトップ30以内は確実。魔力量に至っては入学前の時点で2000もあり、現生徒会長、現生徒会副会長、現風紀委員長の生徒内トップ3に匹敵すル。と言う話ですヨ。中学でも有名でしタ」
「そうなんですね」
どうやら護国さんはとんでもなく凄い人らしい。
魔力量も学力もトップクラスとか、ガチの天才と言う奴だな。
「デ、そんな有名な人をどうして二人は知らなかったんでス?」
「俺は単純に興味が無かったからだな。あー、その、俺は魔力量甲判定ってだけで強制入学になった組だからな」
「私はナル君と一緒の学校に行くための勉強で忙しかったから、そこまで耳目が回らなかった、かな。本当に急な事だったから、猛勉強しないと間に合わなかったし。あ、でも、流石に護国家の事は近代史で重要だから知っているよ」
「……。そうなんだ」
「あ、あー、なるほどネ」
スズの答えに黒髪の少女も、金髪の少女も、若干だが引いているような気がする。
いやまあ、その気持ちは分からなくもないけど。
俺の魔力量甲判定は、言ってしまえば、宝くじの一等に当たった程度の話。
色々な人から怒られそうな話ではあるけれども、運が良かったで終わりになるような話でもあるのだ。
対してスズの俺を追いかけるための勉強で忙しかったと言う話はな……。
見方によってはストーカー宣言のように捉えられなくもないだろうし、実際にこの場に居るという事は相応に高倍率であるはずの受験を潜り抜けたと言う話でもあるから……。
人によっては引くのも分からなくはない。
俺はもう、スズはそう言うものだとして受け入れているけど。
「しかシ、魔力量甲判定ですカ。となるト、この後にみんなの前でお披露目ですネ。参考までにお聞きしますガ、何番目でス?」
「……。隠しても仕方がない事だから言うが、一番目だ」
「!?」
「ワオ。魔力量だけなら護国巴嬢以上って事ですカ。それはすごいですネ」
黒髪の少女も金髪の少女も俺の答えに驚きの表情を見せている。
いやまあ、実際驚きではあるんだろうな。
俺のような容姿がいいだけの男が、次代のエースとして目されている上に新入生代表として壇上に行くような人物よりも魔力量だけなら上なんだから。
「あれ? でもそれならどうして代表に……あ」
「うんまあ、そう言う事だな。この学校基準で言うなら、俺は馬鹿の範疇なんだよ。全国偏差値で言うなら50程度だし」
「全国偏差値50は真ん中って意味だかラ、馬鹿とは言い難いですシ、ヤバいかどうかは学力とは無縁なんですけどネ」
「それはそう。ナル君は基本的にはお馬鹿さんじゃないから、安心して」
「基本的には?」
なお、学力に関しては完全に負けている事は間違いない。
もしかしなくても、全科目で負けている事だろう。
下手をすれば体育辺りでも負けているだろうな。
うん、俺は護国さんの邪魔にならないように、出来るだけひっそりと過ごすことを目標にするべきだな。
『続きまして。沖田学園長のお言葉です』
「ちなみにですガ、魔力量の具体的な数字ハ?」
と、ここで壇上に立派な白髭を蓄えつつも、背筋がしっかりとしたご老人が現れる。
俺でも知っている『英雄』沖田英雄学園長だ。
齢八十、女神が降臨して人類にマスカレイドが与えられてから今日まで、我が国の決闘を第一線で支え続けている人物。
生来の才能に加えて、その長年の戦いの中で研鑽された技術は魔力量にも現れていて、国内トップクラスの魔力量を持つそうだ。
「3000オーバーなのは確定。壇上に居る学園長殿よりも既に多いそうだ」
そして、俺は現時点でも"何故か”その学園長以上の魔力を有しているらしい。
あまりの異常な値に、機器の異常や場所の特異性なんかも疑われて、何度も何度も再検査をされて、最終的には検査員たちが頬を引きつらせていたのはよく覚えている。
で、そんな魔力量だから、甲判定の時点で強制入学であるのだけど、念入りに国立決闘学園へ通うように言われて、今この場に居ることになったのだ。
「さン……お、おオ、ヤバいって奴ですネ」
「護国さんの1.5倍以上……」
「ナル君は凄いんだよ。でも、その凄いのをひけらかさないから、本当に凄いんだよ」
「いやだって、量が多いだけだしなぁ。使い方が分からないお金が沢山あると言われたって、困るだけだろ」
ついさっき、俺は出来るだけひっそりと過ごすことを目標にすると思ったが、この魔力量を生かす手段だけは覚えないと拙いと言うか、勿体ないだろうな。
どんな力だって生かし方を知らないのであれば、宝の持ち腐れにしかならないのだから。
後、スズは騒がないように。
小声で喋るように気を付けてはいるが、そろそろ気を付けないと周囲から睨まれかねない。
『それでは、これにて入学式を終わります。続けて、魔力量甲判定者に対するデバイスの授与とマスカレイドの披露を行います。場所は大ホールで、時間は……』
と、これにて無事に入学式は終わりになるようだ。
俺たちは順番に講堂を後にしていく。
そして、休憩と移動を兼ねた時間を経てから、マスカレイドの披露になるわけだな。
「ナル君。大ホールの場所は分かってる?」
「心配しなくても分かっているから大丈夫だ。じゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
マスカレイドの披露では、俺を含む魔力量甲判定者たちは、全校生徒に見られながら初めてのマスカレイドを披露する事になるらしい。
なので、魔力量乙判定であるスズとは此処で一度別れることになる。
スズは残念そうにしているが……これは規則の類なので、仕方がない事だ。
なお、金髪の少女と黒髪の少女は、スズと一緒に行くことを決めたのか、俺と別れると三人一緒に動き始めた。
「そう言えば、他の甲判定者たちと顔を会わせることにもなるんだな。護国さん以外の甲判定者たちがどんな人なのか、楽しみのような、不安なような……」
俺は大ホールに向かって行きつつ考える。
魔力量甲判定組とは、魔力量だけで入学できることが決まった面々だ。
となれば、その中には俺のように学力面では微妙な人間が居る可能性は決して低いものでは無い。
そう言う人間なら……話も合って、仲良くできる可能性も高そうだ。
うん、少し楽しみになってきたな。
そうして俺は大ホールに辿り着き、教員によって、普通の人は入らないエリアへと通されることになった。
魔力量について。
本作中の日本では、中学三年生の11月に全国一斉の魔力量検査が行われます。そこの結果で、
魔力量1000以上:甲判定
魔力量100~999:乙判定
魔力量99以下:丙判定
となります。
本文中で述べた通り、甲判定は国立決闘学園に強制入学。乙判定は高倍率の受験をパスしたら入学出来ます。丙判定では入学資格そのものがありません。
これは決闘学園で学ぶ内容に、一定量以上の魔力が必須であるためです。
なお、魔力量は成長しますが、成長要因は現状では不明。
ただ、16歳~20歳の頃に成長期を迎えて、伸びる事が多いようです。
とは言え、甲判定と乙判定の間には何かしらの壁もあるようですが……。
06/26誤字訂正