297:陽は語らう
「そう言えばだ」
本日は2024年9月14日土曜日。
イチは実家に呼び出されたとかで東京の方に行っていて、学園内には居ない。
対して俺たちは、学園の中でとある用事を済ませると、後はゆっくりと休日を過ごす事にしていた。
と言うわけで、俺、スズ、マリーの三人は、割とよく使っているショッピングモールのカフェでまったりとしていた。
「ハモの奴があの宝石の事を深藍色の宝石と呼んでいて、アビスの宝石とは呼んでいないのは、スズがアビスの名前を出さないのと同じ理由か?」
「うーん、そう言う部分もあるだろうけど……。もっと単純に、力だけ欲しいような連中に名前を教えたくないってのもあるんじゃないかな? 私もその気持ちは分かるし」
「あー、マリーもなんとなく分かりますネ。信じるのであれバ、もっと純粋な気持ちを根底に置いて欲しいと言いますカ。そう言う奴ですよネ」
「そう言うのもあるかな。でもそれ以上にさ、そう言う力だけが欲しい連中って、勝手に名前を使ったりとか、支払うべきものをどうにかして踏み倒そうとすると言うかさ、そう言うズルをしようとする人間の場合が多いように感じるんだよね」
「なるほど」
「それハ……ありますネ。確実ニ」
周囲に人影が無いと言う事で、なんとなく思いついた話を俺は振ったのだが……割と興味深い話が出てきた気がするな。
しかし、ズルか。
ズルなぁ……アビスは神のはずだ。
その神の名前を勝手に使ったり、支払いを踏み倒したりって……改めて聞いても、碌でもない振る舞いと言うか、各種神話からして手痛い目に遭う奴だよなぁ……。
シンプルに契約違反なわけだし。
「ただ、ハモを匿っている尾狩参竜と言う男なんだけど、この男にはイチの叔父さんが諜報分野の担当者として付いているはずなんだよね。だから、この男はアビスの事を知っていて、敢えて名前に使わなかったはず。アビスの名前って裏側では割と知られているから」
「ふむふむ。じゃあ、仮にその尾狩参竜って奴がアビスの名前を知らなかったら……」
「実質的には見限られているって事になるんじゃない? 知っていて当然の話すら教えてもらえない訳だし。ちなみに尾狩家本筋としては、参竜との縁は一刻も早く完全に切りたいはずだよ。色々とやらかしているはずだし」
「そうなのか」
もしかしてだが、イチの叔父さんたちって、尾狩参竜とやらが国にとって致命的な事態を引き起こさないように付けられた首輪なんじゃ……。
そしていざと言う時には、イチの叔父さんたちごと問題児たちを切り捨てる事で、国を護るとかそう言う……。
ありそうだなぁ。
天石家の人間は、場合によっては国の捨て石にされるとか、イチが言っていたはずだし。
効率面だけ考えたら、本当にありそうだ。
「……」
「ナルが微妙な表情をしていますガ、その気持ちはわかりまス。ですガ、マリーに色々と教えてくれた天石家の人曰ク、『十を生かすためには、一に死んでもらわなければいけない時もある』だそうでス」
「そうか。でもそれは、俺としては嫌いな考えだな」
「ですネ。マリーも好きではありませン」
「私も同感かな」
うん、取りたい手段ではない。
俺は十一を生かす手段を考えたい。
立場的に俺は死ぬ方の一に放り込まれる事が多そうだなってのもあるけれど、一が俺でなくても、助けられるなら助けたい。
手の届く範囲で、無理をせずに助けられるなら助けたい。
それが俺の思いではある。
「……。ちなみにナル君が一になったら、私は何としてでも助けるよ。マリーは?」
「……。マリーも同様ですネ。とは言エ、矢面には立てませんのデ、色々と考える必要はありますガ」
「……。この件に限ってはイチも巴もたぶん一緒だよね」
「……。一緒ですネ。と言いますカ、その二人は気を付けないト、積極的に一の側に行こうとしかねませんのデ、注意するべきだと思いまス」
「……。確かにそうだね」
「ん?」
「何でもないよ、ナル君」
「えエ。何でもないでス。ナル」
「そうか……」
俺が物思いに耽っていると、スズとマリーが小声で何か話をしているようだった。
明らかに何かあるけれど……思いつめていたり、覚悟を決めたり、不快だったりと言った顔ではないようなので、まあ、流しても大丈夫か。
「それよりもナル君。そろそろ今月の決闘の傾向と対策を考えた方がいいんじゃない?」
「あー、それはそうだな。と言っても、『ドレスパワー』と『ドレスエレメンタル』の二つがあれば、後は衣装選びさえ間違わなければどうとでもなりそうな気がしているんだよな」
「それはそうかもしれませんガ、油断大敵ですヨ。夏季休暇中に何かを閃いた相手かもしれませんかラ」
と、此処で話題が変わり、授業で行う決闘についてだ。
ちなみに、様々な事情から当初予定されていた日時から、それぞれの決闘の日付が動いてしまったため、スズたちの今月の決闘は既に終わっていて、『ナルキッソスクラブ』の面々だと、今月の決闘を残しているのは俺だけである。
どうにも学園側が誰と当てるのかをすごく悩んでいた感じなんだよなぁ。
まあ、ナルキッソスの防御力は我ながらどうかしていると思う上に、予定が動いてしまったようなので、悩むのには理解を示す他ないのだけど。
そんな事を考えている時だった。
「ナルキッソスだな」
不意に声をかけられたのは。
俺が振り返ると、そこには目の下に隈を作り、どこかやつれた風貌の男が立っていた。
そして男は俺の顔を指さすと……。
「俺は貴様に、貴様の全財産並びに水園涼美、マリー・ゴールドケイン、天石市、護国巴の身柄を要求する! これが受け入れられない場合、俺は決闘の勝利を以って、女神の名の下に契約の履行を要求する!」
大声を張り上げて、理解しがたい要求を含む決闘を申し込んできた。
03/25 文章改稿