295:影は語る
「質問をさせていただいても?」
「構わん」
イチは祖父と叔父、二人の顔色を窺う。
祖父は変わらず飄々としたもので、叔父の表情は窺い知れない。
「何故、このような事をお尋ねに?」
「当然の疑問じゃな。じゃが、こちらとしても当然の事じゃ。長所、短所、趣味嗜好、思想、そう言ったものを知らなければ、サポートするにも始末するにしても困る。レポート自体は受け取っているが、レポートに書けぬ事もあれば、改竄されている事もあるからな。護衛対象、調査対象の情報を、担当者から直接聞く機会は、何処かで必ず設けなければならん。でなければ、何を挟まれるか分かったものでは無い」
祖父の言葉にイチは少しだけ安心をする。
祖父は天石家の当主として、公正公平かはともかく、冷静に、天石家にとってより利益となる選択肢を選ぶために情報を集めているのだと判断できたからだ。
であれば問題はだ。
「どうした? 俺の顔に何かついているか?」
「……」
叔父である天石夜来がこの場に居る点であった。
叔父は尾狩家……より正確に言えば、尾狩家の三男坊である尾狩参竜に仕えていて、この男が魔力量甲判定者かつ魔力量至上主義者として好き勝手しているのを知りながら、サポートしている。
そして、魔力量至上主義と言う主義主張をするだけでなく、魔力量を笠に着て、実際に好き放題にしている輩は、ナルとの反りは当然合わないし、スズ、巴、マリーの三人も確実に嫌う事だろう。
つまり、現状ではどちらでもないのかもしれないが……将来的には敵に回る可能性が極めて高いと言える。
なんなら、叔父側としては、既に敵対している相手と見て行動しているぐらいだろう。
だからこそ、この場に居るのかもしれない。
「ふむ。悩むのか」
また、祖父と叔父以外の大人たちについても、問題があるかないかと言えば……ある方だった。
イチは彼ら彼女らが誰に仕えているのか、普段は何をしているのかを知らない。
流石に国外の日本に敵対的な組織に情報を売り渡すような輩は居ないだろうが、何処からどう情報が巡るのかは想像すらできない。
この中に、ナルと敵対する立場の人間が居たとしても、何らおかしくはない。
故にイチは悩んだ。
何処まで話すのかを、あるいは一切話さないのかを。
「そうですね……」
悩んで……結果として、公表されている決闘の動画からでも辿り着ける範囲の話だけをする事にした。
それは実質的に、何も喋らない事を選んだのと同じことであった。
「そうか。まあ、人間性に問題はなく、護国家との縁は良好。決闘の実力も確かであるならば、儂としては出来る限りの支援をしてやりたいと思う。少なくとも、不和を進んでばら撒くような人間よりは、仕え甲斐があるじゃろう。とは言え、結果を見なければ……どちらにするかは分からないか」
その言葉でイチは思う。
祖父は気づいている。
この場にはナルと敵対する関係にあるもの、あるいは敵対しそうな相手が居るのだと。
その相手が魔力量至上主義者である尾狩参竜であり、引いては叔父である事も。
気づいた上で言っている。
天石家は一先ず様子見する事に決めた、ナルと尾狩参竜とで争わせて勝った方に今後は味方をする、と。
「ああ、言っておくが、第一は国じゃぞ。国を護るために、儂ら天石家は在る。最低限の一線すら守れなくなったら、その時は……分かっておるな? 所詮は人じゃ、逃れられると思うな」
「「「……」」」
ただ同時に釘も刺した。
無関係の人間を巻き込むような振る舞いをしたなら、その時点で切る、と
この場はそれで十分であると言うのが、イチの本音だった。
ナルたちが無関係の人間を巻き込むことは無いのだから。
周りを巻き込むとしたら……叔父たちの方だ。
正面から挑みかかってくるのであれば、堂々と迎え撃てば、それで済む。
「ではもう一つの話に移ろうか。水園涼美についてじゃな」
「その件ですが。より正確には、アビスの信徒として、例の宝石かそれに類するものを作れるかどうか、でしたね」
「うむ、そうじゃの」
「その件、イチの記憶が確かなら、日本政府を通じて世界中の裏社会に流したはずです。『周りが何もせずに、自発的にそう言う力を求めなければ無理である』と。少し前に流したはずなので、耳が早い方ならもう届いていると思うのですが……」
「ほーう……」
部屋の空気が冷える。
これが届いているべき情報が届いていなかった事に対する祖父の怒りであるか、それとも、怒っているフリであるのか、それはイチには判断が付かない。
けれど仮に前者であるなら、夏季休暇が終わった後に送ったレポートも、事件部分しか届いていない可能性がある。
もしも前者であるのならば……ちょっとした嵐が巻き起こるかもしれない。
「まあ、この件については、後で儂らの方で詰めようかの。市は気にせんでええぞ」
「分かりました」
だがしかし、こういう事が時々にでも起きるのであれば、祖父がこのような場を設けるのにも納得する他なかった。
本当に重要な情報と言うのは、誇張でも何でもなく、一族の命運を分けかねないからだ。
その事を改めて認識したイチは、学園に戻ったら情報の再チェックをする事に決めた。
「さて、話は以上なわけじゃが……市よ」
「なんでしょうか」
「時代が時代じゃ。線引きと己の役割を間違えなければ、誰が誰と恋しようと、そんなのは自由じゃ。仕える主と恋をしても何の問題もない」
「はぁ……?」
「そういう訳じゃから、己の気持ちに変に蓋をしたり、偽ったりはせんようにな。色恋沙汰でそう言うのは碌な事にならんと相場が決まっておる。最悪、何処かの湖にボートでこぎ出すような事に……」
「……?」
「通じんか。伝説の奴なんじゃがな……。まあよい、ゆっくりと育むがよい。自覚しきれていないようじゃしの」
「? 失礼します」
祖父の言葉にイチは首を傾げ、周囲の大人の何人かは遠い目をしている。
いったいどういうことなのだろうか。
そう思いつつも、イチは口には出さずに、退室の礼をする。
そうして部屋を去り、雑居ビルの外に出て……。
「テメェ……どうしてナルキッソスの弱点を喋らなかった」
「……」
しばらく歩いたところで、叔父の部下として何度か見た覚えのある男がイチに凄みを利かせて来た。