293:回り過ぎて空転
「どっちを選ぶか……うーん……」
「此処の写真はこれでいいですネ。文章はこうデ……」
羊歌さんの決闘から数日。
俺とマリーは『ナルキッソスクラブ』の事務室で文化祭の準備……俺の写真集の作成と編集の作業をしていた。
えーと、これで作成が終わったら、学園の方に一度データを提出して、違法性がないか、誤字脱字の類がないかを確認してもらい、問題が無ければ刷ってもらって、文化祭でお出しできるようになるんだったかな。
文化祭の準備が本格化するまでにはまだまだ時間があるけれど、俺たち『ナルキッソスクラブ』は新興のサークルであるし、この手の作業も初めてなので、早め早めに動いているのだ。
「ナル君、マリー。アビスの宝石の続報が来たよ」
「状況がまた少し動いたようです」
「そうなのか?」
「でハ、少し休憩しつツ、話を聞きますネ」
と、ここで外へ出ていたスズとイチが戻ってきた。
二人も外でサークル関係の事を色々とやっていたはずなのだが、それ以外にも何かをやってきたようだ。
マリーが紅茶とクッキーを用意し、スズが紙の資料を渡してくれる。
「ふーん……羊歌さんは色々と明らかにしたんだな」
「うん。おかげで公称『深藍色の宝石』ことアビスの宝石の価格が跳ね上がると共に、ハモの身柄を握っている尾狩家の三男坊はこれまでの評判の悪さもあって批判が殺到しているみたい」
「おかげで叔父さんと同年代で、付き従っている天石家の一部の人間が目に見えてイライラしています。嘆かわしいですね」
「自業自得って奴ですネ。普段の評判が良けれバ、こうはなっていません」
資料によれば。
羊歌さんはアビスの宝石の効果も、どうやって入手したのかも公表したらしい。
デメリットの暫くは魔力が回復しないと言う話に至っては、24時間体制で観察して、詳細なレポートとしてまとめる力の入れようである。
結果、アビスの宝石の有用性は確かな物として認識され、価格も高騰。
アビスの宝石を『仲介』によって作り出せるハモの身柄を握っている尾狩家はウハウハ……とはいかなかった。
「ああなるほど。意外と作るのに時間がかかるし、作り手の保護のためにも自分たちも十分な数は握っておかないといけない。だから、売りに出したくても出せない。理由自体は真っ当なんだな」
「そうだね。なのに尾狩家の三男坊だけは批判されている辺りに、本当に日頃の行いが出ているよね」
売りたくても、売れるアビスの宝石が手元にないからだ。
ハモの身柄を握っている尾狩家の三男坊の出した発表によれば、アビスの宝石は月に二つ作るのが限度であるらしい。
なので、そもそもの絶対数が少ないようだ。
おまけに、既にハモの身柄を求めた決闘も起こされたとかで、その対処のためにも力は必要で、自分たちが使う分を売りに出すわけにはいかない。
よって、売る事は出来ない、だそうだ。
うん、理由は本当に真っ当だな。
だが、この尾狩家の三男坊とやらが、魔力量至上主義者かつそれを鼻にかけていて、普段の素行が大変悪いらしい。
なので、理由自体は真っ当なのに、言っている人間が人間なせいで信じてもらえない、受け入れてもらえないと言う、状況に陥っているようだ。
「ゴールド一族の『蓄財』が明らかになった当初もこんな感じだったらしいですヨ。まア、『蓄財』の場合にハ、その後すぐに利用手段が分からなかったと言う事デ、下火になりましたガ」
「そうなのか。でもアビスの宝石の場合は既に利用方法も確立されているわけだからな……」
「まあ、叩かれ続けるだろうね」
「上手く回り過ぎてしまった結果として、首が回らなくなってしまった。と言う形ですね」
うーん、この状況を羊歌さんが狙って作っていたとしたら、本当に怖いな。
羊歌さんは何一つ悪い事をしていないのに、尾狩家の三男坊にダメージを与えている。
尾狩家からは反撃すら出来ないのが、本当に怖いし、エグイ。
「ちなみにアビスの宝石とハモの身柄は既に海外からも狙われ始めているようです。天石家含め、日本の防諜に関わる家は目に見えて忙しくなっていますので」
「そりゃあそうだ」
「当然だよね」
「その辺もゴールド一族の時と同じですネ。ついでに言えバ、その辺りの取り決めや準備、根回しの怠りなんかモ、尾狩家が批判されている理由の一端ですネ。これハ」
で、これほどの騒ぎになれば……いや、騒ぎにならなくても、ちょっとしたデメリットだけで魔力量を倍化出来る手段なのだから、当然のように海外からも注目の的で、その中でも手段を選ばない連中は狙ってきている、と。
ま、ハモの身の安全を俺たちが気にしてやる必要はない。
尾狩家についても、イチ経由で本当に薄い繋がりがあるだけ。
そんな相手がどうなろうとも、学生でしかない俺たちの知った事ではない。
国防関係なのだから、日本国内の関係者が頑張れば、それでいいだろう。
それよりもだ。
「……。スズの周りも注意した方が良いか?」
スズを狙って何かしてくる奴が居ないかを警戒した方が良い。
「そうですね。知っている人間ならスズがアビスの信徒である事には気づいているはずなので。注意はするべきでしょう」
「燃詩先輩と日本政府経由で話は流しておいたけどね。アビスの信徒だからと言って必ずしも『仲介』を使えるわけじゃない。周りが何もせず、自分からそう言う力を求めないと無理。って言う話はね」
「この辺りもまたゴールド一族の時と同じですネ……。薄っすらとでも繋がりがあれバ、とにかく狙われたらしいですからネ……スズは警戒しておくべきでしょウ」
「まあ、短絡的な連中だと、スズが流した話にも辿り着けないだろうしな……」
うん、イチ、スズ、マリーも俺と同じ答えに行き着いたらしい。
アビス信徒なら誰でも同じような事が出来ると、身柄を狙ってくる奴がいる可能性は、やはり警戒するべきだろう。
「後、気になるのは学園の外のアビス信徒たちだけど……」
「それはもうナル君が気にする事じゃないよ。幸いにして、アビスを信じている事は公表する事じゃないし、殆どの人は隠しているはずだから、アビス信徒狩りみたいなものは起きないと思うけど……」
「思うけど?」
「うーん、ちょっと様子を見ないと分からないかなぁ」
「そうか」
スズ以外のアビス信徒は……燃詩さんはたぶんそうなんだろうけど、他の人は知らないからなぁ。
知らない人たちの事はスズの言う通りに、気にするべきじゃないか。
後、燃詩さんは気にしなくていい気がする。
学園内に居る上に、どうにも情報の端々から只者じゃない感じなんだよな。
「ま、暫くは警戒か」
「だね」
「ですネ」
「そうですね。それでいいと思います」
とりあえずは警戒しておこう。
世の中、変な奴は何処に居てもおかしくはないのだから。