291:バラニーVSウィンナイト -後編
「ぐっ……」
『スパークシープ』を切り裂いて対処したウィンナイトが呻き声を微かに上げ、怯む。
その鎧の右わき腹には穴が開いていて、血が漏れ出る。
致命傷ではないけれど、深手である事は確かな傷だった。
「やはり練習不足ですね~。急所を狙ったつもりだったのですが~」
そんな傷を与えた武器はバラニーの左手に握られていた。
見た目はバラニーの雰囲気に似合わない装飾が施されたフリントロック式の単発銃。
だが、相手が仮面体であってもダメージを与えられるように魔力を含む物質で作られた、特別な一品である。
「素人が片手で撃ったのなら、当てただけでも十分だろう?」
「それはそうですねー~。それと~、ナルキッソスやシュタールと違って~、こう言うのが通用すると言うのも収穫ですね~」
「ああ、あの二人には通じないだろうな。どっちも無防備でも弾くだろう」
ウィンナイトが立つ。
血は止まっていないが、バラニーに早急に接近してトドメを刺すつもりがない事は、会話に興じている事から明らかであったため、自分から仕掛けるために立って、剣と盾を構える。
「二人ともぶっ飛んでいますからね~。『スパークシープ』」
バラニーも動く。
再び『スパークシープ』を発動して羊たちを生み出しつつ、杖を前に出す形で構える。
「からの~せいっ!」
「「「メエエエエェェェェッ!」」」
そして、もう片方の手で弾が入っていない銃をウィンナイトに向かって投げつつ、羊たちを突撃させる。
「『ロングエッジ』、その程度で!」
ウィンナイトが動く。
弾が入っていない上に、バラニーの膂力ではそこまでの速度も出ていないと言う事で、投げられた銃には目もくれずにスキル『ロングエッジ』を発動。
その効果によって剣の刃を伸ばし、羊たちを迎撃するように剣を振るい、羊たちを爆散させる。
「『リフトアップ』ですよ~」
「っ!?」
そうして剣を振り終えた直後のウィンナイトの足先に、バラニーの杖の先端が触れる。
それはウィンナイトにとっては想定外の動きであり、速さであった。
バラニーがウィンナイトの虚を付けた理由は至極単純。
ここまでの決闘中に、バラニーは倍化した魔力によって上がった身体能力を一度も発揮せず、身体能力の上昇を隠したからだ。
そして、バラニーの発動したスキル『リフトアップ』の効果もまた単純。
杖の先端に触れている物を、形も重量も無視して持ち上げる事が出来る、ただそれだけである。
だが、アビスの宝石によって上がった身体能力を全力で発揮し、『リフトアップ』を発動中の杖を相手と接触した状態で投げたならば?
「せいっ!」
「!?」
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
その結果は直ぐに示された。
ウィンナイトの体が持ち上げられて、宙を舞う。
舞台の天井、何十メートルと言う高さにあるそれへ着きそうなほどに飛ばされる。
「だが、高く飛ばされただけならば……いや違う!?」
ウィンナイトの体が重力に引かれて自由落下を始める。
このままただ落ちて舞台に叩きつけられれば、仮面体と言えども深手は負う事になるため、何かしらの対処をしなければならない。
だからウィンナイトは対処のための動きを始めようとして気づく。
バラニーの周囲に火花を放つ羊たちが既に居る上に、バラニーが両手の手の平を宙に居る自分へと向けている事を。
「「「メエエエエェェェェッ!」」」
「すぅ……『フルバースト!』」
羊たちが微妙にタイミングをずらしつつ宙を駆ける。
バラニーの手から攻撃的エネルギーに変換された魔力が砲弾のように、バラニーの手を崩壊させながら放たれる。
宙にあって、逃げ場どころか自由な身動きも取れないウィンナイトへとバラニーの攻撃が迫る。
この時点で観客のほぼ全員はバラニーの勝利を確信した。
ウィンナイトはどうやってもこの攻撃を防げないし、避ける事も出来ない。
これだけの力が直撃したのであれば、ウィンナイトでは耐えられない、と。
「なるほど。これを防ぐのは無理だな。だが……」
そんな窮地にあってなおウィンナイトは……兜の内側で、誰にも見られないように、なんなら本人も気づかぬままに、笑う。
「避ける事は出来る。『パリング』」
ウィンナイトの全身が、剣も盾も含めてスキルの光を纏う。
スキル『パリング』の効果時間は1秒にも満たない。
だが、効果時間中に体に触れた攻撃は有無を言わさず弾かれる。
「知ってました~。だから~バラニーの今の攻撃はズラしてあるのですけど~?」
ウィンナイトの動きを見て、バラニーも勝利を確信した。
これまでの攻撃を凌いだ手段として『パリング』あるいはそれに類するスキルを使っていたのは予想で来ていた。
そして、この手の弾くためのスキルには共通して効果時間が異様に短い上に、連続で使用する事も出来ないと言う欠点を保有している事も知っていた。
つまり、ウィンナイトがどの攻撃を弾こうが、残りの攻撃は命中し、ウィンナイトの魔力を削り切る事が出来ると、バラニーは判断した。
「それが? 俺は弾くのではなく、避ける、と言ったんだが?」
「へ?」
だからこそバラニーは理解できなかった。
スキル『パリング』発動と同時にウィンナイトの手から高速回転しつつ盾が離れ、その盾の表面とウィンナイトの小手が触れ合うと同時に、両者が弾かれ、盾は天井とぶつかり、ウィンナイトは舞台の床に叩きつけられ転がったと言う現象がなぜ起きたのかを。
そして、理解の遅れは反応の遅れに通じる。
「『ロングエッジ』……その宝石は、知略を駆使するタイプの決闘者には向かないな。どうしても慢心が生じる」
「!?」
舞台を高速で転がったウィンナイトは、その転がりを制御し、途中で止めると同時に『ロングエッジ』を発動して刃を伸ばす。
刃が伸びた先にあったのは……バラニーの胸部。
ウィンナイトの刃は、バラニーの胸を確かに貫き、その切っ先は背中から出ていた。
「そう……かもしれませんね~……」
バラニーの『フルバースト』と『スパークシープ』たちが接触しあい、本来ならウィンナイトが居たであろう場所で爆散する。
そして、その光と爆音が晴れる頃には、ウィンナイトだけが舞台上に立っていて、バラニーの姿は舞台の何処にもなかった。
「だが、いい経験になった。感謝するぞ。バラニー」
『け、決着! 勝者は……ウィンナイト!?』
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
そうしてウィンナイトの勝利が告げられた。
最後の数秒は殆どの観客には何が起きたか分かっていません。
マスカレイドによる強化と極度の集中、この二つが合わさらないと、見える方がおかしいとも言います。