290:バラニーVSウィンナイト -前編
「マスカレイド発動! 展開! 『勝利の騎士』ウィンナイトよ!」
決闘開始の合図とともに山統……ウィンナイトがマスカレイドを発動する。
発動と同時にウィンナイトは銀色の光に包み込まれ、パーツごとに分解された金属鎧がウィンナイトの体を覆い尽くしていく。
やがて現れたのは、全身を西洋式の甲冑で覆い、右手に両刃の剣、左手に大きな盾を持った騎士。
見た目にそれ以上の特徴らしい特徴はない。
だが、仮面体を構築している魔力を感じ取る事が出来たならば、その濃密さとムラのなさに驚嘆すると共に、決闘学園に所属する生徒の中でもトップクラスの実力者である事は、嫌でも理解させられる事だろう。
ウィンナイトはそれほどまでに質の高い仮面体を作り上げていた。
「マスカレイド発動。メェメェとおいで~バラニー~」
同時に羊歌……バラニーもマスカレイドを発動する。
発動と同時にバラニーの全身は金色の雲に覆い隠されて一度見えなくなり、その後、足元から順に雲が離れ飛び消えていく。
足先は羊のそれを模したブーツ。
体を着飾るのは羊を思わせるような、ふわふわでモコモコとした衣装。
その手に握られているのは、羊の角をモチーフとした杖。
そして、顔を隠すのは、深藍色の宝石が飾られたティアラから下がるベール。
可愛らしく、戦意など欠片も窺わせないような、何も知らないものだと決闘の場には相応しくないのではないと勘違いしてしまうような、羊を思わせる仮面体が姿を現す。
『マスカレイドの発動を確認した。では、我も契約を履行するとしよう』
だが、その印象は、スズと燃詩の二人にだけ聞こえたアビスの声と共に一変する。
「なるほど~こうなるんですね~」
ティアラに付く深藍色の宝石から、深海を思わせるような黒い魔力が噴き出し、バラニーの体を覆っていく。
それに同調するようにバラニーの体から発散される魔力の量が文字通りに倍となる。
この時バラニーが感じていたのは……全能感。
圧倒的な量の魔力によって、自分が望んでいる事を何でも実現できると言う、世の中の事をまだ深く知らない子供だからこそ抱けるような感覚であった。
そして、ウィンナイト及び舞台の外の観客たちが感じているのは、重苦しい……常に命を賭けた野生の環境で生きる強かな動物たちのような気配。
「これは~あの人たちでは制御しきれなかったのも当然ですね~」
「それほどか」
「それほどですね~。事前に色々と知っているバラニーでも~気を付けないと間違えそうです~」
「そうか」
だが、それほどの全能感であり、多幸感であり、周囲への威圧感であるからこそ、バラニーは冷静に杖を構えて、ウィンナイトの言葉に応える。
そうでなければウィンナイトに勝つどころか、マトモな勝負をする事も出来ないと、バラニーは知っているからだ。
それは、アビスの力によるブーストを現状では使いこなしている証とも言えた。
「では、見せてみろ」
「それでは~……遠慮なく。『スパークシープ』」
バラニーが動き出す。
スキル『スパークシープ』を発動。
素早く振るわれた杖の先から、毛から放電して、火花を上げている、体長数十センチほどの羊を五匹ほど生み出す。
その羊たちはバラニーの周囲を何周かすると、稲妻のようなジグザグの動きで地を駆け、宙を走り、ウィンナイトに向かってバラバラに突進していく。
「メエエエェェェ!!」
放電に伴う空気の破裂音がどうしてか羊の鳴き声のようになって響き渡る。
だが、鳴き声の長閑さに反して、その速さは正に稲妻のそれであり、羊たちは一瞬にしてウィンナイトの目前にまで迫っていた。
「ハッ!」
対するウィンナイトは、殆ど反射的に迫ってきた羊たちの一体に向けて盾を突き出して叩く。
そうして盾と羊が接触した瞬間。
「メエエエェェェ!」
「っ!?」
舞台に雷が落ちたかのような激しい音……否、衝撃波がまき散らされ、閃光が弾け飛ぶ。
これは勿論、本来のスキル『スパークシープ』ではあり得ない威力である。
本来の『スパークシープ』の威力は、精々が触れたものを感電させ、痺れさせ、動きを止める程度の威力しか持ち合わせていないのだから。
対して、バラニーが今回放った『スパークシープ』は、見た目通りに雷が落ちたかのような破壊力を示していた。
「一発で終わりではありませんよ~」
「まずっ……」
そして、バラニーが放った『スパークシープ』は一匹ではなく五匹。
残りの四匹の羊たちは、体が痺れて動けないウィンナイトの懐へと既に潜り込んでいた。
「「「メエエエエェェェェッ!!」」」
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
再びの、そして先ほどよりも明らかに規模の大きな雷がウィンナイトに落ちる。
その破壊力は舞台の床を砕き、砂煙を巻き上げ、ウィンナイトの姿を周囲から隠すほど。
その稲妻を見た観客たちは、その大半がウィンナイトの負けを感じ取った。
「でもこれで終わりではありませんよね~『スリープクラウド』『スパークシープ』」
が、そんな観客たちの事など知った事ではない。
そう言わんばかりにバラニーは杖の先から眠りをもたらす雲を放つ……だけでなく、少しだけ横へ移動しつつ新たな羊たちを生み出すと、ウィンナイトが居るはずの位置へと突撃させる。
そして、これら全ての判断は正しかった。
「ちっ、動いていたか」
「無茶苦茶ですね~」
眠りの雲の中から、鎧に多少の焦げ目をつけたウィンナイトが飛び出してくる。
飛び出してきたウィンナイトは一回転しつつ剣を振り回し、自身に向かって来ていた羊たちを両断、起爆し、自分に被害が出ないように処理する。
そして、この際に振るったウィンナイトの刃の軌道はバラニーが先ほどまで立っていた場所も圏内に収めており、バラニーが動いていなければ、どうなっていたかは明らかであった。
「参考までに~どうやって凌いだのかを聞いても~?」
バラニーは尋ねる。
ナルキッソスのような防御特化でもないのに、どうやって今の多段攻撃を凌いで見せたのかと。
「この程度も凌げずに『勝利の騎士』などと言う二つ名は名乗れない。それで、終わらせてもいいが……そうだな。雷は速過ぎるから、効果量優先の防御スキルで防げる。眠りは使って来ると分かっているのだから、スキル『カフェインドーズ』で予防しておいた。一度見たのだから攻撃の軌道は読める。こんな所か」
「本当に~無茶苦茶ですね~……」
ウィンナイトの答えを聞いたバラニーはヴェールの下で思わず苦笑する。
魔力量で上回った程度ではどうしようもないほどの技量差を感じ取ってしまったからだ。
「さて、それで此処からどうする? 何もないなら、俺の番にさせてもらうが」
「勿論~まだまだ攻めさせてもらいますよ~。無茶苦茶でも~まだ想定の範囲内ですから~『スパークシープ』」
「そうか。では、相手をさせてもらおう」
バラニーは再び羊を生み出し、ウィンナイトに向かって飛ばす。
対するウィンナイトも羊に対処するように動き出す。
そして……。
銃声が轟いた。