289:バラニーVSウィンナイト -決闘前
「満員御礼か。先に席を取っておいてよかったな」
火曜日の午後。
バラニー対ウィンナイトの決闘が行われる大ホールは、満員御礼の状態になっていた。
用事がない生徒はほぼ全員居ると思っても問題がないぐらいだろう。
それだけの人数が居る上に、先日のトモエ対グレイヴサテライトと違って素直に見られるからなのか、期待に基づくざわつきと熱気も凄まじく、今日一番の盛り上がりになっている。
「本当にね。昼食をこの場に持ち込めるものにしておいてよかった」
「同感ですね。学園外の人も居るようなので、普通に昼食を取っていたら、今頃は後ろの方だったかと」
そんな大ホールに、俺、スズ、巴、その他いつものメンバーは特等席と言ってもいい、舞台全体を斜め上から見れる位置の席を取って、まとまる形で座っていた。
ちなみに昼食は普通のおにぎりにお茶である。
「もうすぐですネ」
「そうですね。集中して見ましょう」
さて、時間である。
『それでは、本日の決闘を始めてまいりましょう!』
いつもの司会の生徒の声がホール中に響き渡る。
『まずは東より……バラニー!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
マスカレイド用のデバイスを身に着けた羊歌さんが姿を現すと、ホール中に歓声が満ちる。
しかし、羊歌さんはその声を気にする素振りも見せずに、舞台に向かって歩いていく。
「アレがアビスの宝石か……」
「そのようです。それと、羊歌さんが使っているデバイスは普段のものとは別の物ですね。例の宝石を使うと、接続したデバイスは壊れてしまうそうなので、当然の事ですが」
羊歌さんが着用しているデバイスには深藍色の宝石が付けられている。
先日、羊歌さんが闇のオークション(合法)で手に入れた、元『ノマト産業』のハモが製造し、使用する事でアビスとの契約が一時的に結ばれて、魔力を大幅に増やすことが出来るアドオンパーツだ。
『続けて西より……『勝利の騎士』ウィンナイト!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
山統生徒会長がホールに入ってくると、羊歌さんの時と同様に歓声が沸き起こる。
当然だが、山統生徒会長もこういう場には慣れ切っているので、何も気にした様子を見せずに舞台まで歩いていく。
「あ、生徒会長。ちゃんと自分専用のデバイスを持ってきてる」
「それ、逆に言えば別のデバイスを使う場合があるって聞こえるんだけど」
「ナルさん、その通りです。生徒会長は強すぎるので、戦力バランスを取るために学園配布デバイスを使わされることもあります」
「そ、そうなのか……」
「ちなみにですガ、生徒会長とシュタールの対戦成績は6対4デ、生徒会長が勝ち越している状態だそうですヨ」
「……」
うーん、知ってはいたけれど、山統生徒会長の強さがとんでもない。
相性もあるのだろうけど、あのシュタール相手に勝ち越しているって、普通にヤバいと思うんだが……。
本当に大丈夫なのか? 羊歌さん。
「ところでナル君。分かっているよね?」
「勿論分かってる。巴も大丈夫だよな?」
「はい、いざと言う時には何時でも動けます」
舞台上では羊歌さんと山統生徒会長が向かい合って、何か話をしている。
まあ、特に賭けているものがある決闘ではないし、二人とも冷静な人間なので、会話内容は聞こえないものの、見た目には穏やかな会話だ。
そんな二人の様子を見つつ、スズは俺に確認をしてくる。
「でモ、実際のところとしテ、暴走など起きるのですカ?」
「アビスの意思で暴走をすることは無いよ。けれど、テンションが上がり過ぎた時って、自分でも何をしているのか分からなくなる場合もあるし。だからこそ、警戒してもらうんだよ」
「なるほド」
先述の通り、今回の決闘では羊歌さんがアビスの宝石を使う。
となると、大丈夫だとは言われているものの、綿櫛たちと言う前例を知っている学園側としては、羊歌さんが暴走の類をする可能性を警戒しない訳にはいかない。
しかし、魔力量3000近い相手を抑え込める人員など、そう居るものでもない。
と言うわけで、俺と巴の二人は、麻留田さん経由で学園から、いざと言う時にはマスカレイドを使って、羊歌さんを止めるように依頼されている。
そして大ホール内には、俺たちの他にも、麻留田さんや、教師の中でも武闘派っぽい人が何人か居るので……そう言う事になった時は、この人たちも動く事だろう。
つまり、万全の体制と言ってもいい。
とは言え……羊歌さんだからなぁ。
綿櫛が力を得て暴走するのは分かるけれど、羊歌さんが力を得て暴走するのはちょっと想像も出来ない。
あっても、スズと同じように小回りが利かなくなるぐらいではないだろうか?
「ところで縁紅はどうしてあれほどにソワソワしているのでしょうか? 自分が決闘をするわけでもないのに」
と、ここで、イチの視線が観客席の方へと向けられる。
そこに居たのは、見るからに落ち着かない様子の縁紅に、その縁紅を囲うように席に着いている吉備津たちの姿。
「イチ。アレは青春と言う奴だ」
「そうですね。アレは青春だと思います」
「うんうん、ナル君と巴に同意かな」
「いつの間にか不思議な縁が紡がれていますよネ」
「青春ですか。なるほど……」
まあ、深く問い詰めたり、揶揄ったりするようなことはしない。
ただ遠くから、生暖かく見守るだけだ。
これはそう言う話である。
『それでは時間になりましたので始めさせていただきます! 3……2……1……0!!』
そうしてバラニー対ウィンナイトの決闘が始まった。