279:シルクラウド・クラウンVer.1.00
「本日は休日にもかかわらず私共の為に時間を割いていただき、誠にありがとうございます。翠川様」
「こちらこそ、土曜日の……それもこんな朝早くから来ていただき感謝しています。楽根さん、それに『シルクラウド』社の皆さん」
本日は土曜日。
決闘学園の授業は休みである。
しかし、今日の俺たちはサークル『ナルキッソスクラブ』が入っている建物に『シルクラウド』社の人たちを招いていた。
と言うわけで、まずは代表である楽根さんと挨拶を交わすと共に、目録を受け取って、ざっと一読する。
うん、今日の予定は事前に聞いていた通りにこなしていけばよさそうだな。
「それでは翠川様。早速ですが」
「はい、お願いします」
楽根さんの合図で応接室にアタッシュケースが持ち込まれ、机の上に置かれる。
そして、ゆっくりと開かれる。
「では、お披露目させていただきます。こちらが正式版の『シルクラウド・クラウン』。そのVer1.00であり、『ナルキッソスクラブ専用モデル』となります」
アタッシュケースの中に入っていたのは、俺が今使っているものと見た目上は変わりがない『シルクラウド・クラウン』だ。
「手に取っても?」
「むしろよろしくお願いします」
「では」
俺は『シルクラウド・クラウン』を手に取って、その感触を確かめる。
うん、とりあえず肌触りや重量と言った部分には大きな変化はなさそうだな。
そうして俺が満足げに頷き微笑んでいると、楽根さんが今まで使っていたものから変わった点を話し始めてくれる。
「こちらですが、以前お渡しし、今日まで使っていただいた試作品のデータを元に調整と改良を重ねたものとなります。具体的には翠川様たち一人一人の魔力特性や戦い方を解析し、翠川様たちだけに合わせることによって効率化と高速化を図っています」
「つまり、これまでと違って他の人が使う事が出来ないようになっているわけですね?」
「その通りです。貴重かつ高価な品でもありますので、取り扱いの方にはくれぐれもお気を付けください」
「分かりました」
えーと、事前に貰った書類通りなら、俺の『シルクラウド・クラウン』はマスカレイドの展開速度、攻撃力、防御力をそれぞれ少しずつ底上げする事に成功したんだったかな。
つまり、シンプルにこれまでよりも強い仮面体になったわけだ。
勿論、維持コストなどは変わらず……と言うより、防御力の上昇効果も加味すれば、良くなったとすら言えるかもしれないな。
「それでこの先の改良点についてですが……何かご希望などはございますでしょうか? あれば今後の方針にさせていただくのですが」
「そうですね……。先ほどいただいた目録に書いてあったものを考えると、やはり四つ目のスキルを搭載出来ると嬉しいですね」
「四つ目のスキルですか……」
俺の言葉に楽根さんは悩むそぶりを見せる。
まあ、俺も難しい事を言っている自覚はある。
スキルを四つ搭載できるデバイスと言うのは、プロ仕様の中でも割と限られたモデルだけになるからだ。
ぶっちゃけ、お高い素材、技術、スペースが必須である。
その為の機器を詰め込むスペースが少ない『シルクラウド・クラウン』で四つ目のスキルを搭載できるようにしようとなれば……中々の挑戦になるだろう。
ちなみに、現在の人類が作り出せるデバイスで、最も多くのスキルを搭載できるデバイスは六個まで搭載できるそうだが……完全に使える人間を制限し、ヘルメットを通り越した大きさであるらしく、他にも色々と制限があるそうで……スキルを搭載出来るだけで、実戦で使えるような代物ではないのだとか。
詳しい理屈は分からないが、スキルを搭載できる数と言うのは、一つ増やすだけでも大変らしい。
閑話休題。
だが、それでも、俺としては四つ目のスキル搭載枠は欲しい。
と言うのもだ。
「ええ。それが無いと、スキル『ドレスパワー』、スキル『P・敵視固定』、スキル『P・Un白光』。この三つのスキルと、この目録にあるスキルの併用が出来ません。もしもこの三つの中から一つ外すとなれば『P・Un白光』となってしまいますが……」
「ナル君。それは駄目だからね」
「ナルさん。それは絶対に許されません」
「ナル。それは完全にアウトでス」
「そうですね。弊社としても『P・Un白光』を外すことはご遠慮いただければと思います」
「ですね。俺としても警察や風紀委員会は敵に回したくないので、出来れば外したくはないです。だからこそ四つ目のスキル搭載枠が欲しい訳ですが」
うん、全員から待ったが入ったな。
まあ、今あるスキルが使い勝手と安全のために欠かせないものばかりだからな。
可能な限り外したくないのだ。
とは言え、本当に負けられない決闘となれば、『P・Un白光』を外すことは厭わない。
勝つ方が大事だし、別に仮面体の裸を見られたって恥ずかしくはないからな。
後、小隊戦や相性の都合で『P・敵視固定』が合わないとなれば、こちらも外すことはあり得る。
なのでだ。
「まあ、急ぎではないので大丈夫です」
余裕自体はある。
本当にいつか実現してくれればいい程度の話だ。
「そうですか。ですが、翠川様が望むのは分かります。ですので、その希望に応えられるように、弊社は尽力させていただきます」
「ありがとうございます」
決闘者としては、今ある手札で何とかする事を考えるべきだしな。
「他にご要望などはあるでしょうか? ものによっては、この後の予定を翠川様がこなしていただいている間に準備することなども可能ですが」
「あー、そうですね。二点ほどあります」
さて、他の要望だな。
これについても折角なので話しておこう。
「一つは普段から身に着けておけるデバイスですね。こちらはマスカレイドさえ出来ればそれでいいです」
「先日の若良瀬島の一件を受けて、と言う事ですね」
「そう言う事です。出来れば、怪我をしそうになった瞬間に自動で発動するなんて機能があればと思いますが……」
「その機能は弊社としても目指したいものでありますが、現状では開発の目途も立っていないものですね……」
「まあ、そうですよね。なので、とりあえずは普段から身に着けていても違和感のないデザインのデバイスがあれば、それを一つお願いしたいです」
「かしこまりました。取り急ぎ用意させていただきます」
一つ目は緊急対応用のデバイスだ。
『シルクラウド』社なら、専門とも言えるので、見た目も含めて良いものを用意してくれる事だろう。
なんか、ナルキッソスモデルとか生まれそうな感じの会話をスズと『シルクラウド』社の社員さんがしているのは……スルーの方向で。
俺の立場はそう言うものだと言うのは、いい加減に理解している。
「もう一つは『シルクラウド』社さん自身と言うよりは、その伝手を頼ったものになりますが、新しい盾などあればと思っています」
「盾ですか。ご要望としては?」
「そうですね……」
二つ目は新しい盾について。
今使っている盾は軽くて丈夫で、取り回しはいいが、防御範囲は俺一人分だけのものだ。
普段は不満がないのだけれど、ハクレンのように舞台全体を攻撃範囲に収めるような相手で自分以外に守るものがある状況だと……無理がある。
だから新しい盾が要る。
俺のユニークスキル『ドレッサールーム』を利用する事を前提とするような、バリケードのような盾が。
「なるほど」
「とは言え、『ドレッサールーム』に取り込めるかも分かりませんし、素人考えの部分も多いので、また今度正式にリクエストを伝えさせていただきますね」
「分かりました」
まあ、今はまだ俺の頭の中にうすぼんやりとした構想があるだけの話だ。
詳しい話はまた今度でいいだろう。
「では、新しい『シルクラウド・クラウン』の試しと撮影、それから検証に移りましょうか」
「はい。よろしくお願いします。翠川様」
さて、本日のメインイベントはこれからである。
と言うわけで、俺たちは一階にある撮影スタジオへと向かう事にした。
03/07 文章改稿