278:結論は放置
「つまり、関わってくるまでは無視でいいんだな?」
「はい。仮に関わってくるとしても決闘にアビスの力を持ち込んでくる程度だと思うので、ナルさんなら真正面から叩き潰せばいいだけだと思います」
「それもそうか」
俺たちは『ナルキッソスクラブ』でイチの話を聞いた。
どうやら、今日の決闘の場にはイチの叔父さんとやらが居て、その叔父さんはアビスの力を利用して自分たちが有利になるように色々と画策しているらしい。
が、そのしようとしている事は途中で頓挫する事が目に見えているし、頓挫するまでは誰にとっても利益がある事になるだろうから、俺たちに直接関わってくるまでは放置でよい、と。
まあ、俺たちの側に関わる理由もないし、確かにこれは放置でいいな。
ただ、幾つか気になる事はあるので、そこは詰めておくか。
「イチ。その叔父さんとやらは、そんなにアビスと言うか、神の事を前から舐めていたのか? 女神の事をきちんと認識していたなら、神を名乗る存在を馬鹿にすることなんて間違っても出来ないと思うんだが」
「実のところ、夜来叔父さん自身が神々を軽く見ているかは分かりません。ただ、叔父さんが現在仕え、支援している男は、既に幾つもの問題を起こしている魔力量至上主義者ですので……」
「ああなるほど。叔父さんが表面上だけそう振る舞っていて、実は中身はマトモだったとしても、上がゴリ押してしまうのね」
「はい。そして思想と実力的に叔父さんはそれを止めません。なので、確実に何処かでハモによる『仲介』とでも言うべきアビスの力の利用を自分たちで独占しようとします。よって、そこで頓挫するのまでは確定事項です」
なるほど、叔父さんの上とやらが、魔力量だけなんだな。
たぶん魔力量甲判定者で、決闘には強いんだろうけど。
と言うか、学園の先生が何時か言っていた、俺や徳徒たちよりヤバい奴ってのが、もしかしなくても、この叔父さんの上とやらなのかもしれない。
まあ、自業自得だな。
最近習ったばかりだが、神を試すな、謀るな、ってな。
だが他にも確認しておくべき事はある。
「スズ。ハモ以外がアビスの力を『仲介』する事って出来るか? と言うか、スズも出来たりするのか?」
「私は出来ないかな。あ、えーと……はい」
俺はスズに尋ねる。
すると、アビスが俺たちの会話を聞いていたのか、スズはアビスが話しかけて来ているっぽい姿を見せる。
「えーとね、アビス曰く、『本人が心の底から望んでいない力は渡せない。もしも脅されて望まぬ力を得るように強要されていたら、我はその人物をその場から退避させる方向で動く』だってさ。だから、ハモの『仲介』もハモが本気でそれを望んだからみたい」
「なるほどなぁ……つまり、イチの叔父さんの派閥以外から出て来ることは、とりあえずは無いって事か」
どうやら、ハモ以外から、アビスの力をアビス信徒以外が借りれるようにする『仲介』が出来る人間はまず現れないらしい。
スズのこの言葉には、イチとマリーの二人も何処か安心した様子を見せている。
二人が安心している理由は別だろうけど。
「そう言う事ならバ、アビスの信徒がゴールド一族のように囲われテ、非人道的な扱いを受ける可能性は少なそうですネ。うーン、アビスに何か捧げものなどしたくなってきましたネ」
「そう言う事になるね。イチの叔父さんが仕えている相手が私の予想通りだったとしても、流石に金の卵を産むガチョウを殺してしまうレベルの愚かさではないだろうし。あ、捧げものについては……ちょっと考えてみようか」
「そう言う事なら。今更だけど、サークル内の空き部屋にアビスの祭壇的なものを作るぐらいなら、よほど見た目が悪かったり、倫理的に問題があるものでなければ、作ってもいい。と、サークルのリーダーである俺は言っておくぞ」
「本当!? ありがとうナル君!」
うん、やっぱりマリーはそっち方面の心配をしていたな。
実際、ハモと俺たちは若良瀬島の一件があるから、積極的に助けようとかは思わない。
けれど、ハモのせいで他のアビス信徒が酷い目に遭うかもしれないとなったら……放ってはおけないよな。
もしも本当にそう言う事態になったら、スズだって被害を受けるかもしれないのだし。
アビスの祭壇については……まあ、本当に今更だな。
でもまあ、別にあっても大丈夫だろう。
俺はアビスに嫌われているらしいけど。
「と、そう言えばだ。イチ、最初の時点では、そう言うものがあると日本中に教えるために、色々なところに『仲介』の為に必要な物をばら撒くんじゃないかって予測だったよな」
「はいそうです」
「学園にも入ってくると思うか?」
「数やルート、形は分かりませんが、まず間違いなく入ってくると思います。むしろ学園が最初でしょう。試しに用いるのなら、此処ほど都合が良い場所はありませんので」
「なるほど」
イチの予測通りなら、学園に入ってくるのは確定なのか。
そうなると……うん、俺は『仲介』によって魔力を倍加した相手との決闘をさせられる前提で備えておいた方が良さそうだな。
俺を下すことが出来たのなら、その力の証明と言う意味ではこの上ないものになるだろうから。
「明日の『シルクラウド』社とのやり取りと、その後のアレソレは念入りにやる必要がありそうだな」
まあ、来ると分かっているのなら、備えるだけである。
ワザと負ける必要性なんてどこにもないのだから。