277:影と陰の邂逅
時は少々遡り、トモエとグレイヴサテライトの決闘が始まった直後。
ナルたちに断りを入れて傍を離れたイチは、観客席の中でも目立たない場所に立っていた一人の男を訪ねていた。
「しばらくぶりです」
「そうだな。しばらくぶりだ。イチ」
男の名前は天石夜来。
イチの父親の弟の一人……つまりはイチから見て叔父にあたる人物である。
その見た目は日本の成人男性の平均値と言ってよいものであり、特徴らしい特徴を持っていない、正にどこにでも居そうな風貌の男である。
「で? いいのか? 護衛対象から離れて、偶々見かけた親戚と話をしに来るなんて行動に出て」
「必要な備えはしてあるので問題ありません。今後の事も考えれば、イチのこの行動は必要なことです。そもそも……この場で一番の危険人物は叔父さんでしょう?」
「言ってくれる。まあ、見えている面子的に間違いとは言えないがな」
その正体は日本政府が抱える諜報員の一人であり、天石家の若手を取りまとめ役。
そして、魔力量さえ多ければ、決闘を介する事で何をしても許されると考えている魔力量至上主義者。
加えて、自分が所属していない派閥に対しては少々手荒な行動を取る事も辞さない過激派よりの思想の持ち主でもある。
「話を戻すが何の用だ? 俺は仕事で決闘を見に来ただけだぞ」
「グレイヴサテライトですか」
「ああそうだ。暴走に近い使い方をした奴に後遺症があるかどうかってのは、今後の国防計画を考える上で重要だからな。他の連中もそうだろ」
イチは自分の叔父の現状を思い出す。
叔父は天石家若手の取りまとめ役であるが、同時に学生時代から付き合いのある、とある魔力量至上主義者の為に行動している男でもある。
となれば、今ここに叔父自身が居るのは、その男の指示によるものだろう。
「まあ、見た限りでは後遺症は無さそうだ」
確かに一時的に魔力量を倍にも出来るアビスの力は魔力量至上主義者にとっては魅力的だろう。
デメリットであるらしい、一時的な魔力の回復不能や昏倒、デバイスの破壊も十分なバックアップがあるのなら、何も問題にはならない。
そもそもとしてだ。
「これなら、本当に負けられない決闘にはガンガン持ち込んで良さそうだ。勝利のための捨て石の数もだいぶ減らせるだろう。いいことだ」
「そうですね。それは良い事です」
天石家のような諜報員の一族にとっては、国益あるいは派閥の利益の為ならば、自分の命すら捨てるのを計算に入れるのは当たり前の事。
それを大幅に緩和できる可能性があるなら、アビスの力でもなんでも喜んで使うのは当然の事と言えた。
ただ、この場において最も重要な情報はそこではない。
「では、私は失礼させてもらいます」
「そうか。ああ、これは言っておく。俺の事業を邪魔をするなら容赦はしない」
「それはイチのセリフです」
イチは叔父から離れると、ナルたちが居る方へと歩いていく。
既に決闘は終わっていて、客の一部は退場し始めていて、退場する客の隙間を縫いながら、ナルの下へと戻っていく。
その中で、イチは先ほどまでの叔父との会話で最も重要な点をしっかりと認識する。
「アビスの信徒、通称はハモでしたか。彼は叔父さんの手の内に居るようですね。行方が知れないと思っていたら、まさか身内が確保していたとは……。国外に流出していなくてよかったと思うべきか、魔力量至上主義者の手に渡った事を嘆くべきか……悩ましいですね」
そう、最も重要な点は、アビスの力を仲介して信徒ではない物に使わせる手段を持つ男、ハモが叔父の手の内に居ると言う点である。
そうでなければ、わざわざ叔父自身が後遺症の確認になど来ない。
国防計画にアビスの力を組み込む事が出来るようになっているなんて話はしない。
事業の邪魔をするななんて釘は刺さない。
一つ二つなら言い間違いや誤認もあり得るかもしれないが、三つも重なれば、間違いないと言っても過言ではないだろう。
「……。アビスの力や思想から考えて、直接的な犠牲者は出ないでしょうが、今後が怖いところですね」
では、今後は叔父主導の下でアビスの力の利用者が出るとして、どのように広がっていくだろうか?
恐らくだが、暫くは自派閥から見て、中立的な立場に居る者や、自派閥の中でも切り捨てるつもりだった者に使わせて、デメリットに間違いがないか、本当に後遺症がないかを確かめるだろう。
そして同時に、自派閥……つまりは魔力量至上主義への勧誘もするはずだ。
そうして十分にサンプルと人数を集めたのなら、アビスの力を独占。
自分たちの決闘の力だけでなく、発言力なども確固たるものにする、と言うのが叔父の考えている流れだろう。
「……」
そこまで考えて、イチは内心で苦笑した。
イチは普通の諜報員や裏の人間よりもアビスについて詳しい。
アビスの声を直接聞けるスズが居るからだ。
そのスズからの情報で、アビスは魔力量至上主義者……と言うより、魔力さえあれば何をしても許されると言う思想に対しては、否定的である事も知っている。
となれば、神と言う存在をある意味では舐めている計画を立てた叔父の目論見は、イチが考えた通りであった場合に、何処かで必ず頓挫する事だろう。
あまりにも思想的に合っていない。
「そうですね。折角ですから、イチたちに直接関わるまでは気に留めないようにナルさんたちには話しておきましょう。途中までは誰にとっても益のある事でしょうし」
そしてナルの下に戻って来たイチは、『ナルキッソスクラブ』に移動すると、先ほどまでの話をナルたちに話したのだった。