274:トモエVSグレイヴサテライト -前編
「逃げずに来たのですね」
そう先に声をかけたのは巴の方だった。
「く、来るに決まっているじゃないですか。勝てないのは許されるけど、な、何度も理由なく休んだら、退学になっちゃうんですから。そんな私が悪いから、た、退学だなんて……嫌です」
対するグレイヴサテライトは視線を合わせず、見るからに挙動不審と言った様子で、どもりつつも……なお、意見そのものははっきりと言う。
「この空気に晒されると分かっていても、ですか」
「へ? 空気? それがどうかしたんですか? 何も感じませんけど? え、あの、まさか変なものでも居るんですか……!? わ、私は何もしてませんよ。私は悪くないです!」
「……」
巴はグレイヴサテライトの言葉に眉根を顰める。
巴はこの場の雰囲気の悪さ……グレイヴサテライトへ向けられている無言の非難を感じ取っていた。
だがグレイヴサテライトは、第三者でも分かるような険悪な雰囲気を理解できなかった。
その理解力のなさは、彼女のこれまでの環境と経験故のものであることは明らかであり、その事実に巴は僅かながらに憐憫の想いを抱く。
なにせ、この雰囲気の悪さを感じ取れないような、この雰囲気の悪さが日常であるような環境に居続けたと暗に言っているようなものなのだから。
「グレイヴサテライト。ナル様に謝罪をする気はありますか?」
しかし、そんなグレイヴサテライトの事情を理解した上で、巴は機会さえあれば聞いておきたかった事を尋ねる。
そうして返って来たグレイヴサテライトの答えは……。
「謝罪? どうして私が? 私は何も悪くないのに?」
「……」
巴が抱いていた、僅かながらの憐憫の情を霧散させるには十分すぎる言葉であった。
『それでは早速始めていきましょう! 3……2……1……決闘開始!!』
別にグレイヴサテライトの言葉はそこまで間違ったものでは無い。
警察も認めた通り、グレイヴサテライトはツインミーティアたちの暴走に巻き込まれ、離脱する事も出来ず、命令されるがままに流されただけであり、反対する機会も力も無かった。
言うならばツインミーティアの道具として用いられただけであった。
だから、グレイヴサテライトは自分が悪くないと言い張る事は、”法的“には何ら問題はない。
しかし、人と言うものは、時に感情と理性を相反させた結果、感情を優先させる事がある生き物である。
「そうですか」
端的に言えば、巴は怒っていた。
この場の誰よりも怒っていた。
護国家で生まれ育ち、一流の決闘者となるべく育てられた彼女は、決闘を有利に進めるための冷静さを得るために、自分の感情をコントロールする術だって学んでいる。
だが、その術を学び、実践してなお、巴はグレイヴサテライトに……より正確に言えば綿櫛たちに対して怒りを覚えていた。
自分が恋する相手であるナルを殺されそうになったから。
一方的過ぎる怨みをナルへと向けたから。
巴は怒っていた。
それでも巴は理性的に行動をして、この場に居る普通の生徒のようなブーイングもせず、家の伝手を利用して『コトンコーム』社と綿櫛たちを攻撃するような事もせず、慎みを持ってグレイブサテライトに対して応じた。
その結果……自分も被害者であると言わんばかりの態度である。
そこで巴の理性は、自身に感情のままに振る舞う事を許した。
自分はあの場に居なかった。
自分はナルの婚約者に過ぎない。
自分の怒りははっきり言って身勝手な物である。
そう理解した上で……端的に言えば、ブチ切れた。
「マスカレイド発動、全力で叩き切りますよ。トモエ」
巴のデバイスから、普段よりも明らかに勢いよく炎が迸る。
そして炎の中から、赤の当世具足を身に着け、黒の髪をなびかせる女武者……トモエが姿を現す。
その手に握る薙刀は舞台を照らす光を反射し、トモエのやる気を示すように輝く。
「ひっ!? マ、マスカレイド発動! 私を守って! グレイヴサテライト!!」
対するグレイヴサテライトもマスカレイドを発動する。
デバイスから光が放たれて、光が晴れた後に現れたのは鉄球としか称しようのない球体。
その表面には何かしらの文様が刻み込まれており、仄かに光を放っている。
多種多様な姿を持つ仮面体の中でもなお異様の範疇に入る姿を見せた。
「『エンチャントフレイム』『ハイストレングス』『クイックステップ』『バーティカルダウン』」
「ひっ!?」
マスカレイドの完了は同時。
けれど、先に動き出したのはトモエ。
トモエは即座にスキルを発動すると、『エンチャントフレイム』によって薙刀の刃に炎を纏い、『ハイストレングス』によって自身の肉体の筋力を強化。
その上で『クイックステップ』を発動してグレイヴサテライトに接近すると、『バーティカルダウン』によって、型通りに炎を纏った薙刀を勢いよく振り下ろす。
「ア……『ロックウォール』!」
だが、その刃がグレイヴサテライトに届く前に、グレイヴサテライトは『ロックウォール』を発動。
舞台の床から岩で出来た壁を出現させる。
「ちいっ!」
「ーーーーー~~~~~!?」
トモエの薙刀はグレイヴサテライトの岩の壁を難なく破壊し、打ち砕く。
だが、破壊の為に僅かでも刃の動きは遅くなり、その間にグレイヴサテライトは僅かではあるが横に動いていた。
その僅かな動きのおかげで、『バーティカルダウン』の影響で動きが定まっていたトモエの刃は、グレイヴサテライトの球体の体を捉え切れず、切るのではなく吹き飛ばすと言う結果に終わる。
そうして、勢いよく弾かれたグレイヴサテライトの体は結界に叩きつけられるも、大きな傷はなくトモエとの距離を離すことに成功する。
「なるほど。鉄球は外殻で中身は別にあると……」
「えへ、へへへ。防げるものなんですね……」
トモエは今の自身の一撃を振り返りながら、薙刀を構え直す。
グレイヴサテライトは中から声を響かせつつ、ゆっくりと横に転がる。
「じゃあ次は私の番ですね」
そして、グレイヴサテライトの言葉と共に、鉄球表面の文様は輝きを増した。