273:嫌な空気の決闘
「流石の注目試合って感じだな」
「そうだね。普段よりも明らかに集まってる」
本日は9月6日金曜日、つまりはトモエとグレイヴサテライトが決闘をする日である。
巴が出る以上、俺としては見に行かない理由はないので、こうして見に来たのだが……会場である大ホールには明らかに普段よりも多くの客が集まっている。
まあそれでも、まだ席の空きはあるので、四人揃って座る事は問題なく出来たのだけど。
「これは学園内の人間だけではありませんネ。外の人たちも来ていまス」
「そうですね。恐らくですが、国内外の諜報員も混ざっているかと」
マリーの言葉に合わせて、俺は大ホールの客席を見渡す。
すると明らかに学生ではない人間が何人も座っていた。
とは言え彼らは正規のルートで入ってきたのだろう、首から許可証のカードを提げている。
で、イチの視線の先には……スーツ姿の男性や、用務員の格好をした男性などが居る。
イチの言葉通りなら、彼らは諜報員なんだろうな。
「トモエを見に来たって事じゃないんだよな?」
「それもあるだろうけど、今回に限ってはメインじゃないだろうね」
「そうですネ。今回ばかりは別の理由があると思いまス。それを知っているのは一部でしょうガ」
「一段裏側に潜れば、比較的有名な話ですから。気になる人が多いのは当然でしょう」
どうしてこんなに集まっているのか。
それは、今日この場が、グレイヴサテライトが表舞台に戻ってきて最初の決闘になるからである。
「ツインミーティアとバレットシャワーは永続の魔力簒奪処置を女神から受けました。クリムコメットとグレイヴサテライトはデバイスの所持制限を受けて、管理者の許可なしではデバイスが使えなくなりました」
イチの言葉は、若良瀬島の一件を受けて、女神が綿櫛たちに下した罰である。
魔力の永続簒奪と言うのは、魔力量が1で固定されるようになると言うもので、事実上、魔力が扱えなくなると言っても過言ではない。
当然だがマスカレイドも使えなくなるし、ユニークスキルを持っていたとしても使えなくなる。
デバイスの所持制限と言うのは、普段は身につける事も許されず、必要な時だけ厳重な管理の下で事前に調整したデバイスを渡すようにしなさい、と言うものである。
管理者次第だが、練習も調整もマトモに出来なくなり、決闘者としては実質的に終わりと言ってもいいだろう。
なお、これらの処分はあくまでも女神が下した罰であり、日本と言う国が犯罪行為に与える罰はまた別に行われる。
「ですが、そうなった原因の一件で、グレイヴサテライトたちは特殊な力を使っています。イチたちはその正体から副作用まで知っていますが……後遺症まで知りません。それはあそこで座っている方々も同様でしょう」
イチの言葉に俺たちは揃って頷く。
イチの言う特殊な力とは、言うまでもなくアビスから借りた魔力の事。
より正確に言えば、ハモと言う男が何かをやる事で、グレイヴサテライトたちに一時的に貸与されたアビスの魔力の事。
副作用は、借りた分に利子を付けて魔力を返済しなければいけないと言う、当たり前な話。
後遺症は……スズ曰く、無いはずとの事だが、本当に無いことを確かめる意味でも、今回の決闘は必要なのだろう。
だからこそ、普段見ない人間までこの場に集まって、グレイヴサテライトの決闘を見ようとしているのだから。
「しかし……」
「しかし?」
「イチたちは知っていたんだな。アレの正体」
「当然です。と言うより、知らない方がおかしいです」
「そうですネ。マリーも前から知ってました」
なお、これは余談となるが。
イチとマリーは決闘学園入学前から、アビスの存在の事は知っていたらしい。
なんでも、多少なりとも裏側の事情とやらに触れたことがある人間なら、知らない方がおかしいのだとか。
なので、諜報員や、その諜報員から情報を受け取る層、後は権力のある家の人間なら、知っていて当然の知識らしい。
そしてもう一つ余談となるが。
スズがアビスの声を聞き、力を借りられる存在である事は、体育祭が終わった時点ではもう二人とも分かっていたとの事。
よって、今はもう特に隠していないそうだ。
「ナル君、もしかして……」
「ちょっとモニャっているだけだから大丈夫だ」
「ナル君……えへへ……」
何故かスズが嬉しそうな顔をしているが、そこまで大きな感情と言うか不満は抱いていないぞ。
ただちょっと、俺には伝えるべきではないと判断されていたことで、心の奥底に燻ぶりがあるだけだ。
ぜーんぜん、気にしてなんていない。
そうだと言ったら、そうなのだ。
『それでは! 本日の決闘を始めてまいりましょう!』
「と、始まるよ、ナル君」
「みたいだな」
司会を務める生徒の声が、マイクによって拡声されて聞こえてくる。
それと同時に、場がピリピリしてきたと言うか、嫌な感じに静まってくる。
『まずは東より……グレイヴサテライト!』
「「「……」」」
歓声は上がらない。
だがブーイングも起きない。
満員と言ってもいい人の入り具合なのに、場は静まり返っている。
そんな中を、グレイヴサテライトは学園配布のデバイスを身に着けて、俯き、どこか怯えながら歩いてくる。
ああうん、実に嫌な空気だ。
謹慎処分を受け、他の三人が学園を去ったのに、どの面で学園に残っているんだと言わんばかりの空気だ。
正に針の筵と言ってもいいほどに、無言で、視線の刃だけがグレイブサテライトへと向けられている。
それなのにブーイングをしないのは、人によってはこちらの方がより突き刺さると知っての事か、ブーイングをしたら同じレベルだと感じての事か……。
なんにせよ、本当に嫌な空気が大ホールの中に満ちていて、息が詰まりそうになる。
そう言う反応をしたくなるのは理解できるけども、個人的にはこの手の空気は……嫌いだ。
だがそれでも、グレイヴサテライトは舞台の上に立った。
心の内は分からないが、とりあえず舞台に立てるだけの根性はあるらしい。
『えー、続きまして。西より……トモエ!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
トモエの名前が呼ばれた途端に、会場が歓声に包まれる。
「……」
「あノ、ナルの顔が能面のようになっているのですガ」
「ナル君。こう言うの大嫌いだから……」
「なるほど。覚えておきます」
デバイスを身に着けた巴が姿を現して、舞台に向かってゆっくりと歩いていく。
足取りなどに異常は見られないので、グレイヴサテライトに対して何か思うところがあったりはしないようだ。
「……」
俺はその巴の在り方に好意的な物を感じたので、少しだけ笑みを浮かべる。
そして、そのタイミングで、巴がこっちをちょうど向いたような気がした。
「ん?」
「あ……」
「アー……」
「速攻で終わるかもしれませんね」
するとどうしてだか、巴の足取りが少し軽くなったと言うか、けれど気合いは入ったと言うか……なんにせよ、よく見ないと分からない程度ではあるけれど、足取りが変わったような気がした。
俺の微笑みが原因か?
いやまさか、俺たちの席と巴が居る場所の間にどれだけの距離があると思っているんだ。
そもそも、俺の微笑みにそこまでの力があるとも思えない。
俺は俺が美しいと言う自認があるけれど、流石にこれは自意識過剰の範疇だろう。
なんにせよ、巴は舞台の上に堂々と、自分が主役だと言わんばかりの態度で以って、立ったのだった。
「……」
「……」
そして、巴とグレイヴサテライトは、俺たちには聞こえないような小声で、何か会話を始めた。