271:対不審者避難訓練
「これは本当にシンプルな疑問なんすけど。実際の所、マスカレイドが使用できる状態だと、不審者も火事も地震もそこまで脅威じゃないように思えるんすけど、どうなんすかね?」
あまりにも暇だからなのだろう。
曲家が気を紛らわせるように疑問を口にする。
「まあ、火事については脅威とは言えないよな。マスカレイド中なら魔力を含んでいない多少の火なんて熱くもないし。そもそもいざとなったら、仮面体のまま窓から飛び降りれば、それで脱出完了だ。と言うか、オレならとっととそうする」
「地震も似たようなものだな。少なくとも瓦礫に押し潰される心配は無くなるし、多少の瓦礫なら壊せるのはワイでも分かる」
その疑問に追従するように、徳徒と遠坂も意見を口にする。
まあ、これについては俺も概ね同意だな。
魔力を含む物や力は、魔力を含まない物に対して圧倒的な有効性を示す。
これは火でも変わらない。
「火事と地震の場合で恐いのは窒息じゃないかな。酸欠なのか、瓦礫が口の中に入ってくるかで多少は変わるけど、どっちでも酸素不足を補うように魔力を大量消費するから、それでマスカレイドが解除されたらアウトだ」
「だな。ああそれと、窓からの飛び降りは飛ぶ先の安全をしっかりと確保した上で飛ばないとNGだぞ。夏休み中にそこのアホが一度やって大目玉を喰らっているからな」
瓶井さんの言葉はさておき、大漁さんの言葉については、俺は思わず視線を逸らす他なかった。
なお、そんな俺の反応に周囲の生徒からは『やったのか……』と言う視線を向けられている。
「ゴホン。不審者も油断ならないぞ。ある意味で綿櫛たちがいい例だ。俺は夏季合宿の時に一撃目には反応できなかった。今回の訓練では外から侵入してきたことになっているが、シンプルな諍いから、そう言う事態に発生するパターンだっておかしくは無い」
「同感だな。二人三人と立て続けに襲われる事はないかもしれないが、最初の一人目にされる可能性までは否定できない。いざその時になったら、頭が真っ白になって、マスカレイドを使う余裕すらなかった。と言うのは普通にあり得るだろ」
うん、話題転換を図ろう。
と言う事で、俺は綿櫛の件を持ち出す。
縁紅もそれに乗ってくれた。
「そうだね。後怖いのは不審者が複数人のパターンかな。その場合だと、もはやどこかの国や組織が学園に攻撃を仕掛けてきているパターンになるのだろうけど……」
「国はあり得ますね。他国に対する攻撃なので、実行犯と指示者と責任者ぐらいまでの首は飛ぶと思いますが、逆に言えば、その程度の犠牲で将来の守りに穴を開けられるなら、と考える国があるのはおかしなことではありません」
「組織も無いとは言えませんね~世の中にはちょっと信じがたい思想の組織とかも居ますので~。中には~学園そのものを狙う組織とかあってもおかしくないかも~」
こうなってくると、もはや話は止まらない。
吉備津、巴、羊歌さんが、警戒を途絶えさせないままに口を出す。
しかし、外国が組織的に襲い掛かってくる、か。
マスカレイドを使って襲い掛かって来たなら、その時点で女神が介入し始めるのだろうけど、そうではなく銃器を使って襲ってきたのなら、こっちがマスカレイドを使えばいいだけだと言わんばかりに、事が終わるまでは女神は干渉してこないんだろうな。
実際、こちらだけがマスカレイドを使えるのなら……自分の行動の結果として人が死ぬ、いや、殺す事を受け入れる事が出来るのなら、どうとでも出来てしまう事は間違いないだろう。
マスカレイドにはそれが出来るだけの暴力が秘められているのだから。
「……。コホン。皆さん、想像力が豊かなのを咎める気はありませんが、避難訓練の最中なので、声量には気を付け、警戒は解かないように」
「あれ? 喋るなとは言わないんですか?」
「……。不審者が間近に居るならば、相手に気づかれないためにも黙るべきでしょう。ですが、そうでないなら、恐怖心を和らげるためにも、多少の会話ぐらいは許してもいいと先生は考えています。恐怖は人の心を容易く壊しますので」
おっと、流石に樽井先生に咎められたか。
まあ、強く言う気はないようだけれど。
「……。緊急事態、予期せぬ事態、そう言った状況で最も重要なのは冷静である事です。これは決闘中も非常時も平時も変わり有りません。その冷静さを保つためならば、どんな状況があり得るかを予想しあう程度の会話は認めます」
冷静さか……確かに大事だな。
慌てたら、勝てる決闘も勝てなくなる。
まあ、それはそれとしてだ。
「でもアレだな。本当に急に襲われたり、爆発に巻き込まれたり、直下型の地震だったりした場合に備えて、ボタン一つくらいでマスカレイド出来るデバイスが欲しくなる。あ、スキルは使えなくてもいい」
「分かる。普段使っているデバイスが常に手元にあるとは限らないし」
「今回の訓練の初動、ワイとかちょっと遅れたしなあぁ」
「不意打ち対策は何か欲しいっすよね」
緊急対策用に、スキルの搭載機能とかまで含めて、全てをマスカレイドの発動速度に振った、財布やスマホに着けていられるぐらいの大きさのデバイスとかは欲しくなる。
あったら便利だとは思うんだ。
「ナル君。『シルクラウド』社が一般向けに売っているのがそういうのだよ」
「そう言えばそうだった。今度、デザインがいい奴を探すか」
「いっそナル君モデルとして、新たに作ってもらった方が早いし、向こうも喜ぶんじゃないかなぁ」
うーん、なんだかまた予定が増えてしまった気がするな。
俺の九月だが、実は、学校行事は殆ど無いけれど、私的な用事は結構沢山あるんだよな。
明日以降は順々にそれをこなしていくことになっている。
『不審者は捕まりました。これにて対不審者の避難訓練を終了いたします。生徒は近くの教師の指示に従って行動してください』
と、どうやら避難訓練は終わりらしい。
俺たちは樽井先生の指示に従って、教室内に散らばっていく。
「……。では続けて、避難訓練に付随した授業と行きましょう。教室を移動します」
そして荷物をまとめたところで、講堂へと移動。
AEDの取り扱い、人工呼吸のやり方、緊急避難の基本、マスカレイドを使った状態での救助活動の仕方など、色々と習う事となった。
うん、確かに必要な事ではあるな、これは。