27:おしゃれは足元から
おしゃれは足元から、とは誰の言葉だったか。
それが誰の言葉かは分からないが、女性用の靴のエリアには実に様々な靴が売られていた。
普段使いに向くようなスニーカーは何百種類、ヒール、パンプス、ローファー、サンダルなども当然のように各種多様、何なら下駄や草鞋と言ったものまで、用意されている。
そうして並べられる品々の中には、様々な状況に合わせて作られたブーツも並んでいた。
「それで、スズはどんな靴が欲しいんだ? 正直なところ、俺には合っているかいないかくらいしか意見が出せないけれど……」
さて、そんな沢山のブーツが並んでいるエリアに俺とスズは居た。
既にマリーとイチは、折角だからと自分に合う靴を探しに行っていて、この場には居ない。
「あ、違うよナル君」
「違う?」
「履くのは私じゃなくてナル君」
「えっ……」
「より正確に言えばナルちゃん」
「あ、ああー……なるほど、そう言う事か」
一瞬、スズが変な趣味に目覚めたのかと思ってしまった。
だが、俺の仮面体をスズが呼ぶ時の言葉を聞いて、理解が出来た。
俺の仮面体は現在ライダースーツを魔力で作って着る事が出来る状態だ。
しかし、ライダースーツだけなので、両手両足に何も付けていない状態でもある。
手については盾を仮面体で持てるようになれば、何もなくても問題はないだろう。
だが靴がないのは?
色々と問題がある。
靴がない状態では、蹴りが使えないだけでなく、決闘の舞台に転がっている色々なものを踏みつけた際に怪我をしたり、他にも色々とデメリットがあるかもしれない。
最悪、ライダースーツはキャストオフしてもいいかもしれないが、靴は履いておかないと拙いかもしれない。
それにスズが気付いたのなら、こうして俺に靴を勧めてくることは分かる。
「あー、そう言う事なら……足裏とつま先に鉄板かそれに似たものが入っているものが欲しい」
「それだと……ああ、あった。安全靴とも言われているようなものだね。うん、デザインもナルちゃんに似合いそう」
なので俺が要望を出したら、直ぐに要望通りのものが出て来た。
全体が黒一色で、靴底が厚めかつ硬く、紐で締めるようなブーツであり、触ってみれば確かにつま先に硬めの物が仕込まれている。
バイクなどに乗る時は、巻き込みの危険性を考えて、紐無しのブーツがいいとされるが、これは俺の仮面体の物なので、問題はないだろう。
おまけにどうしてか……俺の魔力が馴染むような感覚がある。
これは大型盾と一緒だな。
手に入れるべきものだろう。
「と言うわけでプレゼン……」
「俺が購入な」
「駄目なの?」
「俺のものだからな。俺が買う」
「ナル君が買ったら、妙な顔をされるんじゃないかな?」
「それがどうした。俺の為に気づいてくれて、俺の為に探してくれたんだぞ。そこまでやってくれたなら、俺が買わなきゃ駄目だろ。なんなら、そこのボストンバッグだって、俺が買ってもいいくらいだ。と言うか、買っておくぞ」
「ナル君……えへへ、ありがとう」
と言うわけで、スズが選んでくれたブーツと一緒にスズのボストンバッグも購入する。
大型盾のレンタルと合わせて結構な出費となってしまっているが……あ、うん、流石は甲判定者かつ一位だな、まだまだ予算に余裕あるわ。
無駄遣いが出来るほどではなくなってきたけど。
「ふふフ、いいものが買えましタ」
「同意します」
「そうか。よかったな。二人とも」
と、ここでイチとマリーが帰って来た。
どうやら二人も何かを購入したらしく、紙のパックを抱えている。
なおここで何を買ったかなんて質問はしない。
ここは女性向けの売り場だからな。
中身次第ではとんでもないことになりかねない。
「じゃ、アイスクリームを奢るぞ」
「待ってましター! 期間限定フレーバー二種重ねで行きますヨー!」
「わーい! CMで見た事はあるけれど、やってきたのは初めてだね。ナル君」
「イチも期間限定フレーバーでお願いします」
と言うわけで、一路アイスクリーム店へ。
スズの言う通り、俺たちの地元にはなかった、大手のアイスクリームチェーン店である。
期間限定フレーバーが色々とあるようなのだけれど……俺とスズは定番として出されているものを、マリーとイチは期間限定の物を注文する。
うん、バニラとチョコのものにしたのだけど、普通に美味しいな。
ちなみにだが、スズは俺と同じもの。
マリーはフルーツ系のものを。
イチは抹茶や小豆と言った和系のものを頼んでいる。
「さて、これで目的は果たした感じか? 少なくとも俺は盾を借りられて、靴を買えたから、問題は無いんだが」
「私は大丈夫だよ、ナル君」
「マリーは問題なしでス」
「イチも目的は達しました」
そうして楽しんだところで一応確認。
うん、目的は果たしたらしいな。
なお、とても今更な話ではあるが、俺たちに向けられる視線の数は、朝よりも増えているし、より刺々しい感じになっている。
まあ、盾とかでより目立つようになっているから、その分だけ注目も集めやすくなっているのだろう。
顔見知りは……あ、徳徒たちが居た。
居たけど、何か三人揃って頑張れって感じのポーズを出してるな。
いやもう、帰るところなんだけどな。
他は……居ないな。
そもそも、他に知り合いとまで言えるのは麻留田さんと樽井先生くらいな気もするけど。
ただ、視線を向けた瞬間に顔を逸らすなどして、敵意を隠しているっぽい奴も居るな。
念のためにスズたちの事は、ちゃんと戌亥寮の三階と四階の間まで送っておくか。
何もないだろうけど。
「じゃ、帰るか」
「うん」
「はいでス」
「分かりましタ」
と言うわけで、俺はほんの僅かに背後の警戒をしつつ、戌亥寮まで帰った。
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「どうしてもうレンタルが許可されている? 新入生の武装のレンタルは早くても再来週からだったはずだろ。武器じゃなくて盾だったからか? だとしてもなんだその理不尽は」
そうして戌亥寮へと帰っていくナルたちを遠くから見つめる影があった。
「他にも分からない事だらけだ。どうしてアイツだけ特別な授業が許可されている? 魔力量一位だからか? 魔力量が重要なのは否定しないが、アイツの仮面体は裸で人前に出せるようなものじゃないだろ。それなのに優遇されるのか? なんだその理不尽は」
「俺が努力していることは明らかで、護国の女ほどの成績は出せていないけれども優秀なのは確かで、それは勉学と実技両方において客観的事実のはずだ。なのにどうして、俺よりもアイツの方が優遇されている? なんだその理不尽は」
「やはり決闘だ。決闘によって奴の本当の実力を明らかにすることで理不尽を正すべきだ。アイツは麻留田風紀委員長に呆気なく捕らわれていた。あの程度の力しかないなら、俺の今の実力だって余裕で勝てる。いやそもそもとして、奴の格好では決闘に出られず、決闘を挑まれた時点で負けているような決闘者など何の役にも立たない。その事をアイツ自身だけでなく、周囲にも理解させるべきだ」
「仕掛けるべきは……来週の甲判定が集められるミーティング。あそこで仕掛けて、デビュー戦前に負かして、そのまま居なかった事にしてやる。アイツがそれだけ理不尽なら、それくらいの理不尽だって許されて然るべきだろう。その為には……」
影は動き出した。
ナルを白日の舞台へと引きずり出すために。