266:決闘を終えて
「立つんだ。そして歩け」
「いやいや、そこはちょっとくらい休ませてくれてもいいじゃない? 俺、首がねじ切られるほど殴られたんだよ? 運を使い果たすくらいに激しく戦ったんだよ? そこでもうちょっと気遣ってくれてもバチは当たらないと思わな……うわ、ちょっ、押すなって! はいはい歩きますから! だから押すなっての!」
舞台の直ぐ近くに現れたハクレンは、手錠がしっかりとかかっている事を確認された上で、警察の人によって連れて行かれた。
恐らくだが、この後には今回の決闘の勝利報酬である自白の強制も利用した厳しい取り調べが行われる事になるのだろう。
いったい何を聞かれるのかは分からないが……そこはもう俺たちが関わる範囲でもないから、気にしない方が良さそうか。
「ナル君。やったね!」
「ああ、何とかなったな」
スズと俺も舞台を降りると、マスカレイドを解除する。
「いやしかし、綿櫛たち以上にきつかったと言うか、痛かったと言うか……」
「あー、ごめんね、ナル君。あの薬を使う以外にハクレンを生かす手段が思いつかなかったから」
「それは分かっているから大丈夫。俺だけじゃ、あの場面はどうにもならなかったしな。ただ、シンプルに疲れた。まさか、これほどにキツイ戦いになるとは思っていなかったからなぁ……」
「そうだね。疲れたってのは同感。イチから聞いていたのとは比べ物にならないほど強かった……」
警察、学園の先生、役人たちは何か話し合いをしていて、俺たちの方へと近づいてくる様子はない。
なので俺とスズは適当に腰を下ろすと、とりあえず一度休憩。
そして決闘の感想を簡単にだが言い合う。
「ナル君。『パンキッシュクリエイト』に作ってもらった服は?」
「んー……『ドレッサールーム』の中に収納されているんだが、どうにも直りが鈍い。たぶんだけど、現物を着て、それを見本に補修しないと、駄目そうだな」
「そっか。『パンキッシュクリエイト』の先輩たちに報告する事が増えたね」
「だな。でも助かった。あのパンク衣装の『ドレスパワー』が無ければ、流石に耐え切れなかっただろうし」
普通の衣装ならば、どれほど傷ついたところで『ドレッサールーム』で記録している元データがあるので、簡単に直せる。
だが、『パンキッシュクリエイト』に作ってもらった衣装は、使われている技術の高さ故か、効果の都合か、魔力関係で何かあるのか、とにかく直りが悪い。
寮に帰った後にでも、原本とでも言うべき実物を着て、それを元に直す必要があるだろう。
そして、それでも駄目なら……まあ、『パンキッシュクリエイト』にそっち方面でも相談だな。
いずれにせよ、『パンキッシュクリエイト』との付き合いは、今後も末永く、深くしておいた方が良いことだけは間違いなさそうだ。
とは言え、今回の件が知れ渡れば、向こうも忙しくなるだろうし……。
「そう言えばスズ。今回の決闘って成績にはならないんだよな」
「ならないね」
「やったと言う情報の公開は?」
「それもなし。公開有りだったら、そもそも無観客決闘にしていないし」
「つまり誰にも話すなと?」
「国の依頼で決闘をしたことや、自分がどういう戦い方をしたかまでは話していいはずだよ。けれど、相手がハクレンだったことや、何を賭けた決闘だったのかは話せないかな。それを話したら、察しがいい人はそれだけでだいたいの所を掴んじゃうだろうし」
「なるほど」
どうやら今回の件は、部外者に対してマトモに話す事は出来ないらしい。
なので、大々的に広まる事もない、と。
となると、『パンキッシュクリエイト』もそこまで忙しくならないかも。
まあ、情報は渡しておこう、約束だし、今後の付き合いの為にも渡すべきだ。
「ちなみにナル君。今回の決闘は国からの依頼だったから、受けた時点でお金を貰えるし、勝ったのなら成功報酬も貰えます」
「へー」
「具体的にはこんな感じです」
「……。まあ、あぶく銭扱いをしておこう。通常からは外れた報酬なんだしな」
「そうだね。次があるとは思えないし」
スズが見せてくれた画面には、結構な額のお金が映っていた。
どうやら一儲けできたらしい。
まあ、使い道なんて思いつかないのだけれど。
「翠川、水園。今日は突然の依頼で申し訳なかった。そして助かった。おかげで、重要な証言を得られそうだ」
「あ、はい。何とかなったようで、なによりです」
「お役に立てたようで何よりです、先生」
と、ここで先生がやってきて、俺たちに頭を下げてくれる。
ちなみに学園内で見かけたことがあるので先生だとは分かるが、名前も教えている教科も知らない先生である。
「さて、そんな功労者であるお前たちに対してこんな事を言うのも心苦しいのだが、今日はまだ同じような決闘が何件か控えていてな。部外者はホールの外に出てもらわないといけない事になっている。そういう訳だから、退出をお願いできるだろうか」
「分かりました。スズ」
「うん」
俺は立ち上がると、スズの手を引いて、立つ手助けをする。
そして、二人揃って先生に対して頭を下げると、そのままホールの外へと出る。
で、外へと出たところで……。
「あ、燃詩先輩」
「こんにちは、燃詩先輩」
「水園に翠川か」
燃詩先輩に遭遇した。
まあ、このタイミングでこの場に居ると言う事は、次の決闘の担当者は燃詩先輩なのだろう。
「さっきの決闘見ていたぞ。中々の戦いぶりだった。吾輩も先輩として負けていられないな」
燃詩先輩はそう言うと、ホールの中へと入っていき、扉は直ぐに閉まった。
「スズ。燃詩先輩って強いのか?」
「さあ? 普段の授業の決闘には姿を見せていないみたいだから。ただ……」
「ただ?」
「私が想像している通りの事が出来るのなら、ナル君と麻留田先輩、後は生徒会長ぐらいしか、生徒では勝ち目がないんじゃないかな……」
「ああ、なるほど。なんとなく分かった……」
とりあえずスズの様子からして心配は要らないと言うか、下手をすれば、相手を哀れむのが正しいくらいの力はあるらしい。
「うん、とりあえず学食かカフェか、とにかく休める所に行って、冷たい飲み物でも一杯飲もう」
「うん、そうしよっか!」
そうして俺たちはホールを後にしたのだった。
Q:燃詩先輩って強いの?
A:結界発生装置は機械です。燃詩先輩の仮面体は周囲にある機械を操れます。結界発生装置は決闘の舞台には必ずあります。本作中でこれまでに壊れた結界は果たして幾つあったでしょうか? この四つの情報が揃った時点でお察しください。