264:国からの緊急決闘依頼 VSハクレン -中編
「ーーーーー~~~~~!?」
ハクレンの叫びが舞台上に広がる。
ハクレンの左手は緑色で粘着質の物体に部分的に覆われており、出血こそないものの、明らかに骨が折れているレベルで曲がっていた。
仮面体共通の特徴として痛みこそ軽減されていたが、それでもなお突発的な痛みに思わず叫び声を上げてしまう程度にはダメージを受けていた。
「確かに私の運はあまり良くないかもね。粘液でパチンコ玉を撃てないようにするつもりだったのに、当てたタイミングであったパチンコ玉の能力が爆発だったんだから」
そんなハクレンの様子を見つつ、投球フォームの終わりそのままな姿勢のスズは呟く。
狙いから少しずれてしまったと。
スズが使ったのは、自分の仮面体の機能によって生み出した高い粘着性を有するだけの粘液塊とスキル『カーブスロー』。
スキル『カーブスロー』の効果は、投げたものが特定の軌道……大きく弧を描き、事前指定した方向に向かって大きく曲がる……に沿って飛んで行く、ただそれだけのものである。
が、軌道を読み切れば物陰に潜みながら、敵に想定外の軌道で攻撃を当てられるスキルでもある。
そして、スズの狙いとしては粘液塊によって、ハクレンの攻撃手段を封じたいところであったが……それは部分的にしか叶わなかった。
だがそれでいいとスズは考える。
何故ならば。
「だったら、不運なんて関係ないように実力で詰ませればいいだけの話だ」
「っ!?」
今回の決闘において、スズはサポートに専念する事が義務付けられていて、主役はナルでなければならないのだから。
そして、そのナルは爆発が起きると同時にハクレンに向かって駆け出しており、既にスキル『P・敵視固定』の射程内にハクレンを収めるほどに接近していた。
「殴り倒すか、絞め倒すか、投げ倒すかは状況次第だが、逃げる機会があると思うなよ?」
「くっ……ははっ! 言ってくれるじゃねえかよ! 温室育ちの嬢ちゃんたちがよぉ!!」
ナルがハクレンの服を掴もうと手を伸ばす。
痛みから立ち直ったハクレンは、ナルの伸ばした手を横から素早く叩いて弾く。
「すぅ……おらぁ! ららららららあっ!!」
「くっ、っ、舐めないでもらおうかぁ! この程度も凌げないんじゃあ、ギャンブラーなんて名乗れないんだからよぉ!!」
ナルは何度も手を伸ばす。
掴みを狙ったものだけでなく、ハクレンの体を殴るための物も混じるし、迎撃の為に出されたハクレンの手をカウンターで掴み取ろうともした。
だが、その悉くをハクレンは凌いでいく。
ナルのような習った武術に基づく動きではなく、経験と勘と反射に基づいた喧嘩殺法とでも言うべき動きで以って、ハクレンはナルの攻撃を弾き続け、距離を詰められないように後退していく。
「だったら……」
「運試しと行こうか! ナルキッソス!」
そして、出来上がった距離を利用してパチンコ玉を両手の内に生成すると、ナルの攻撃を防ぐ動きの合間に射出していく。
右手で生成したパチンコ玉はナルに向かって、折れた左手で生成したパチンコ玉は舞台へと。
そうして放たれたパチンコ玉の一つが効果を発揮する。
「ぐっ!?」
「っ!?」
「ナルちゃん!?」
発揮された効果は衝撃波。
発揮された場所はナルの体。
成果はナルを怯ませつつ、ハクレンの体を痛めつけながらも大きく吹き飛ばして距離を生み出す。
「距離を取られたか!」
「運はこっちに来てるなぁ! おいっ!」
「逃がすとでも!? 『カーブスロー』!」
叫びつつ立ち上がったハクレンに向かってナルは駆け出す。
スズも調合していた薬品の一つをハクレンに向かって投擲する。
「『ハイジャンプ』!」
「「!?」」
そんな二人を嘲笑うかのようにハクレンはスキル『ハイジャンプ』を使って大きく跳躍。
その動きにナルは落下地点を見極めるべく一瞬足を止め、スズの投擲した薬品はハクレンが居た場所を通り過ぎて結界に衝突するだけに終わる。
「『フィックスド』」
ハクレンの動きが『ハイジャンプ』の最高到達地点で止まる。
だがそれは重力を無視しているわけではない。
スキル『フィックスド』と言う、自分の魔力で構成された物体の位置を空中に固定するスキルを用いて、自分の足裏で生成したパチンコ玉に乗っているだけである。
「落ちてこない!?」
「まずい!? ナルちゃん、こっちに来て! 早く!!」
けれど、その動きだけで、ハクレンの事を知るスズは叫び、スズの叫びを受けたナルは直ぐにスズの下へと駆け寄っていく。
「くくくくく……さあ、次の運試しだ! これで駄目だったら、その時はもう俺に打つ手はないから安心しなぁ!!」
宙に立つハクレンの手からパチンコ玉が生み出される。
ただし、これまでのような多くても十数発程度の規模ではなく、明らかに百発を超える規模で生み出されて、ハクレンの手の内に収まらなかったパチンコ玉は次々と舞台に向かって落ちていく。
「なるほどこれはヤバい!」
「ナルちゃん。しっかりと構えて……色んな意味で覚悟してね」
「ああ」
パチンコ玉と舞台が接触する。
殆どのパチンコ玉は何の効果も発揮せず、ただ音を鳴らしつつ跳ねるだけだ。
特異な現象を引き起こすパチンコ玉もあるが、その多くはせいぜいが周囲のパチンコ玉を吹き飛ばして、加速度などの攻撃の為に必要なエネルギーを別のパチンコ玉に与える程度。
「ああ。今日はマジでツイているな……」
だが、その一つのパチンコ玉は違った。
大きく、大きく膨れ上がる。
元のパチンコ玉の十倍以上の大きさにまで膨れ上がる。
そして膨れ上がったそれは弾け飛ぶ。
「フィーバーだ」
内側に秘めた1000個のパチンコ玉を周囲へとばら撒きながら。
千を超える数のパチンコ玉が舞台上で荒れ狂う。
炎が、雷が、光が、虹が、パチンコ玉に秘められた特異現象が暴れ回る。
暴れ回って……再び増殖の特異現象を引いたパチンコ玉が膨れて弾ける。
そうして弾けて増えたパチンコ玉の一部がまた特異現象を引き起こして猛り狂う。
閃光と轟音が舞台上を埋め尽くして、数少ない観客たちは思わず身を屈めて目を逸らす。
否、これほどにまで膨れ上がれば、もはや特異現象を起こさないただのパチンコ玉も脅威でしかない。
銃弾を超える速さで乱れ飛び、赤熱するほどに加熱され、放電するほどの電気を帯び、得体の知れない力を伝導しつつ、舞台を埋め尽くしているのだから。
そんな猛威の中へと、何処からか飛んできた液体を被ったハクレンはゆっくりと落ちていく。
落ちつつハクレンは考える。
これは一見すれば自殺のように見えるかもしれない。
だがこれは自殺ではない。
だって、今起きている破壊は、俺自身にも制御不可能な力によって引き起こされたものなのだから。
足場にしていたパチンコ玉が浮力を失うのも、スキル『フィックスド』の効果時間が単純に切れただけ。
そもそも既にナルキッソスもスズ・ミカガミも、このフィーバーに巻き込まれて死んでいて、俺の勝ちが決定している事だろう、と。
だから、ハクレンは自分の勝ちが決まった事を確信しつつ落ちていき……舞台に痛みもなく叩きつけられる。
「は?」
思わずと言った様子でハクレンの口から声が漏れ出る。
ハクレンは自分の体を見る。
今も自分の体には、この場で荒れ狂うパチンコ玉が全身に叩きつけられている。
爆風が、熱が、電気が、酸が、刃が乱れ飛んでいて、命中している。
何なら、今正に目にパチンコ玉が直撃した。
なのに傷ついていない。
「何が起きて……」
やがてフィーバーが終わり、様々なエフェクトと砂埃によって隠されていた舞台上の姿が露わにされていく。
舞台上には力を失った、総数数千程度のパチンコ玉が転がっている。
ハクレンは傷一つない姿で立っている。
「マジかよ……」
そしてハクレンは見た。
見て……頬を引きつらせた。
「ははっ、本当にマジかよ……あり得ねぇ……」
人が一人、限界まで屈めば身を収められる程度の枝葉で出来たドーム。
「よお、耐えきってやったぞ」
その前に立ち、全身がズタボロとなり、皮膚の下の肉どころか、骨と内臓の一部まで露わにした、明らかに致命傷を負っている状態であるにも関わらず、なお立っている人影。
「ハクレン」
ナルキッソスの姿を見たがために。
先に申し上げておきますが、気合いとか根性ではありません。