262:国からの緊急決闘依頼 VSハクレン -決闘前
「ナル君」
「分かってる」
幸いにして、決闘開始までの制限時間であるメールが到着してから一時間と言う時間に対して、俺たちはかなりの余裕を持たせてこの場に到着している。
なので、俺たち……と言うより、スズは舞台の横に臨時で準備されていたスキル調整用の機械によって、デバイスに登録されているスキルを変更する。
その結果として。
俺は『P・Un白光』、『ドレスパワー』、『P・敵視固定』の三つ。
スズは『カーブスロー』、『マナシールド』、『アンチスリップ』の三つ。
これをスキルとして登録しておく。
スズが登録変更したスキルを使う必要があるかは分からないが……役立つことを願うところだ。
「俺は基本的に攻撃を仕掛けるしかない」
「うん、頑張って」
また、ハクレンに聞こえないように注意をしつつ、スズの知るハクレンについての情報を共有してもらった。
どうやら『ノマト産業』が『コトンコーム』社の傘下である上に決闘への対処を担当している事から、何処かで戦う事になるかもしれないと、『ノマト産業』に所属する決闘者については以前から調べていたらしい。
「この位置かぁ……隅っこだったら楽だったのに」
「同感だ」
スズと俺は舞台の上に移動する。
スズが立たなければいけない円は既に設置されていた。
円の直径は2メートルほどで、位置は正方形である舞台の辺の一つから1メートルほど離した場所であり、普通の攻撃に限定しても前と左右の三方向を警戒する必要がある地点でもある。
微妙に守りづらい。
「決闘の準備は済んだか? 学園育ちの嬢ちゃん坊ちゃん」
反対側からハクレンも上ってくる。
手錠は着けたままだが、たぶんだがマスカレイド発動と同時に消えるので問題ないと言う事なんだろう。
「そう言うそっちはどうなんだ?」
「ありがたいことにスキルの調整もデバイスの調整もバッチリだ。寝不足、運動不足、ヤニにパチに……まあ、色々と足りてねえけど。決闘関係に限っては、『ノマト産業』でのお仕事で戦う時よりも物は揃ってるな」
「なるほど。つまりは万全、と」
「おう。そっちにとっては都合が悪い事にな」
俺とハクレンは軽く会話をする。
ハクレンの言葉から緊張や焦りは一切感じられないのは別にいいのだが、油断や余裕のようなものも感じない。
なるほど、これがプロの決闘者と言うものなのか。
これだけでも油断ならない相手ってのがよく分かるな。
『準備が整ったようですので、只今より決闘を始めさせていただきます』
「おっと、決闘の時間みたいだな。それじゃあ、楽しくやろうぜ。嬢ちゃん坊ちゃん」
「ええそうですね」
「……」
司会の代わりらしい学園の教師がマイクを握り、アナウンスを始める。
なので、ハクレン、俺、スズはそれぞれに自分が立つべき場所に立つ。
『今回の決闘は勝利で得られるものの都合上、女神の御力を借りたものとなります。よって、何人たりとも、その過程と結果に対して異議を唱える事は許されない事を事前に理解しておくようにお願いいたします』
「「「……」」」
『決闘の参加者は三名! 国側の決闘者は代理人であるナルキッソスとスズ・ミカガミ。被疑者側の決闘者は被疑者当人であるハクレンとなります。特殊なルールについては、互いに了承済みであるとして、この場で改めて示すことはありません』
ハクレンは柔軟運動のように肩を動かし、首を回し、軽く跳ねている。
俺は既に『シルクラウド・クラウン』に片手を当て、腰を軽く落としている。
視界外だが、スズも似たようなものだろう。
『それではカウントダウンを始めさせていただきます。3……2……1……』
結界が展開されて、舞台の内外が分けられる。
『0! 決闘開始!!』
そして決闘が始まった。
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「マスカレイド発動! 魅せろ、ナルキッソス!!」
ナルがマスカレイドを発動する。
その全身は一度光に包まれて、光の塊は男性のものから女性のものへと形を変えていく。
そして、理想的な女性の体の形になった光は端から順に光が剥がれていき、その内に隠されていた姿を露わにする。
それは銀の髪、ターコイズブルーの瞳を備えた絶世の美女。
ブーツを履き、盾を持ち、白ビキニの上から『パンキッシュクリエイト』の作った衣装を身に着けた、煽情的とも取られそうな衣装を纏った女であった。
「マスカレイド発動。緑を映せ。スズ・ミカガミ」
スズもマスカレイドを発動する。
スズの目の前に緑色に染まった、薄い円盤状の水が出現する。
水の円盤はゆっくりと回転しながらスズの体を通過し、通過した箇所からスズの姿は変化していく。
そうして現れたのは般若の面を付けた巫女衣装の少女。
手にしたバッグからは、普段使っているガラス器具だけでなく、葉付きの枝や花のようなものも見えている。
「マスカレイド発動! さあ、跳ねろよ! ハクレン!!」
二人に一瞬遅れる形でハクレンもマスカレイドを発動する。
その初めはデバイスから銀色の球体が一つ零れ落ちると言うもの。
零れ落ちた球体は舞台に触れ、澄んだ音を響かせつつ跳ねる。
その数をハクレンの全身を包み隠すほどに増やしながら。
やがて、銀色の球体の群れの中から姿を現したハクレンの姿は、姿を隠す前とほぼ変わらないもの。
だが明確に違う点が二つ。
一つは手首に填められていた手錠の代わりに、滑り止め付きの手袋を着用している点。
もう一つは顔を隠しているものがハクレンと呼ばれるコイ科の魚を模した仮面に変化している点。
「さあ、ゲームスタートだ! どっちの方が幸運か比べようぜぇ!!」
そしてマスカレイドを完了したハクレンが明らかに笑っている声で叫ぶと同時に……。
「『ドレスパワー』発動!」
『ドレスパワー』を発動したナルが、ハクレンに対してシールドチャージを仕掛けた。