261:特殊過ぎるルール
「しかし、一時間後に関係者以外立ち入り禁止で決闘だなんて、何度聞いても急すぎる」
「本当にそうだよね。ナルちゃんが居なかったら、どうするつもりだったんだろ」
国からの緊急依頼メールを受け取った直後。
メールの冒頭に記されていた日時に間に合わせるべく、俺はマスカレイドを発動するとスズの事をお姫様抱っこしつつ走り出した。
そして、俺が移動している間に、スズには自分のと俺の、両方のメールを読んでもらい、必要な情報を読み取ってもらう。
「と言うか、ナル君とのデートを邪魔するとか国は何を考えているのかな。しかも私がアビスについて必死の思いで話をしていて、それが一区切りついたからナル君が何かを返そうとしてくれていたのに、そのナル君の言葉を遮るようにメールを送り付けて来るとか大罪以外の何物でもないでしょ。メール内容からして私とナル君の予定を知っているからこその国の行動である事は明らかであるし、ギルティ確定。こうなったらイチ経由で今回の件を主導した阿呆を特定してもらって、考えなしに行動した官僚として護国さんの家経由で詰めてもらい、出世コースから弾きつつ馬鹿な事をしでかさないように監視してもらい……」
「お、おう……」
なんかスズが高速で呟いていて、アビスの力を借りた時みたいに黒い魔力を放出している。
黒いと言うのは比喩的な話だから、視界を封じられるような事にはなっていないのだけれど、立ち昇ると言う表現がぴったりと合うように魔力を放出している。
いやでも、これ状況的にアビスの魔力じゃなくてスズ自身の魔力って事だよな。
シンプルに怖い。
なんか、大きく揺れたら爆発する爆弾を運んでいるような気分になって来た。
でも、スズはしっかりと役目を果たしているようで、二台のスマホを高速でスクロールして、文面を確かめてくれている。
「うん、分かったよナルちゃん」
「そ、そうか」
「今回の決闘だけど、かなり特殊なルールの下で行われるものになるみたい。順を追って説明するね」
「分かった」
どうやら読み終わったらしい。
スズは俺のスマホの画面を消すと、自分のスマホの画面を見つつ、読み取れたことを話し始めてくれる。
「まず初めに。今回の決闘だけど、国側の決闘者は私とナルちゃんの二人。相手側の決闘者は『ノマト産業』所属のハクレン」
「『ノマト産業』と言う事はハモの同僚、『コトンコーム』社の関係者って事か。そして二対一……それも相手側が一人とは、珍しいな」
うん、この時点で既に特殊だ。
俺が一人で相手が二人なら分かるけど、俺たちが二人で相手が一人と言うのは、魔力量を考えたら、普通ならあり得ない組み合わせと言える。
つまり、それが成立するほどにハクレンが強いか、特殊なルールと言う事なんだろう。
「国が勝てばハクレンは自白を強制される。女神の管理下で行われる決闘の対価としての強制だから、少なくともハクレン視点では真実の事しか言えない奴だね」
「ふむふむ」
「ハクレンが勝てば、今日この日までに犯したあらゆる罪を日本は問えなくなる。加えて新しい身分に当座の生活資金……500万円ほどが与えられるみたい」
「つまり、ハクレンが勝てば、犯罪者扱いから一発逆転って事か」
「……」
俺の言葉にスズは何とも言えない表情をしている。
どう言う事だろうか?
それはそれとして、目的地が見えて来たので、俺はスズを降ろすと、マスカレイドを解除する。
「まあ、この辺の話はまた後でしようか。先に今回の決闘限定である特殊ルールの方について話すね」
「あ、うん」
うーん、スズの表情からして、この勝敗に応じて得られるものには、何かしらの抜けがあると言う事だろうか?
まあ、スズの言う通り、後回しにしておこう。
それよりも今はスズが先に話すべきだと判断した特殊ルールを教えてもらおう。
「特殊ルール1、決闘の開始は国側の決闘者に参加命令のメールが送られてから一時間以内とし、いかなる理由でも遅参は許されない。仮に一時間過ぎても決闘が開始されなかった場合には、国側の敗北とする」
「準備はさせませんって事か」
どうやら既に決闘は始まっているも同然であるらしい。
相手の情報を得たり、相手に合わせたスキルをセットしたりと言った準備時間は殆ど無いようだ。
「特殊ルール2、国側の敗北はスズ・ミカガミのマスカレイドが解除されたタイミングとする」
「っ!?」
スズの言葉に俺は思わずスズの方を向いてしまう。
スズの表情は……とても苦いものであると同時に、怒っているものでもある。
だが、それも当然の事だろう。
だってこれは……俺の膨大な魔力量を無意味化した上で、スズを足手まといにするようなルールなのだから。
「特殊ルール3、スズ・ミカガミは舞台上に設置された円の外に出てはいけない」
「待て待て。重ねるのか!?」
おまけにスズは大きく動けないとなると……完全にただの的である。
いや、でもだ。
スズの仮面体の機能によって作り出される薬の効果を考えれば、その場から動けないくらいは何とかなるはず。
俺がスズの盾として、スズを守る事に専念すれば……。
「特殊ルール4、ハクレンにトドメを刺すのはナルキッソスでなければならない。トドメとなったのがスズ・ミカガミの攻撃の場合は国の敗北とする。また、ハクレンが決闘中に失った魔力の大半が時間経過による自然消費であった場合も国の敗北とする」
「やり過ぎだろ……」
どうやらそれは駄目らしい。
スズが出来るのはバフ・デバフに防御までで、攻撃は俺がやらなければいけない。
しかも、時間切れ消費が許されない仕様になっている。
なお、補足事項として、ハクレンがわざと自爆した場合には、俺が与えたダメージ扱いになるとの事。
だが、わざと、なので、偶然の作用の結果としてハクレンが自爆した場合には、国の負けになるらしい。
しかし、こんな補足が付けられる辺り、ハクレンは偶然ではあるけども、能動的に自爆が出来る仮面体だと思っておいた方が良さそうだな。
「以上だね」
「いや、特殊ルール多すぎるだろ。どうなっているんだ女神の天秤は」
「これはむしろ天秤が公正公平な結果だと思うよ。つまり、決闘の勝敗の結果得られるものが、こんな特殊ルールが通ってしまうほどに間違っているって事なの」
「……」
俺とスズは決闘会場に入る。
時間は……まだまだ余裕があるな。
どうやら無事に間に合ったようだ。
しかし、スズの言葉は……ああ、そう言う事か。
「ハクレンは別に自白しても構わないと言うか、むしろ自白させろって事か」
「そう言う事だね。おまけにハクレンが勝った時の身の安全の保障がない。とりあえず今回の決闘の条件設定をした誰かは後で仕留めておく必要があるね」
「……」
これ、ハクレン側はわざと負けに来るまでありそうな気がしてきたな。
そうなってくれたら楽なんだけどなぁ……。
と言うか、スズじゃなくても怒って当然だろう、この依頼は。
大切な話を邪魔された上でやらされる仕事じゃない。
「まあ、気楽にいこうよナル君。今回の決闘は特殊過ぎるから、例え負けても私たちの評価には響かない事が確約されているみたいだし」
「そうだな」
俺とスズが決闘の舞台が置かれているホールに着くと同時に、背後の扉が閉められて、封鎖される。
この場に居る人間は……国の役人と思しき大人が数人に、明らかに苛立っている学園の教師が二人に、警官の服を着た人が数人に……。
「ヒュウッ。時間ギリギリに飛び込んでくると思ったら、滅茶苦茶余裕がある状態での到着じゃん。コイツはすげぇ!」
男が一人。
『コトンコーム』社製と思しき、小粒の宝石があしらわれたマスカレイド用のデバイスで顔を隠しているが、その口調は極めて軽くて明るい。
服装はパーカーにズボンで、背は俺より少し低い程度。
髪の毛は根元が黒くなった金髪。
歳はたぶん二十代前半ぐらい。
そして手首には手錠が嵌められている。
間違いないな、この男がハクレンだ。
で、今の言葉だけでも分かる。
「ああ、馬鹿丸出しの特殊ルールから色々と察しているかもしれないが、先にコイツだけは言っておくぜ」
デバイスを被っていて見えないはずなのに、それでもハクレンが笑っているのが分かる。
「俺は全力で勝ちを取りに行く。俺は決闘者だからな。ワザと負けるなんざぁ、死んでもあり得ねぇ」
コイツは負けてなんてくれない。
魔力影響で髪や瞳の色が変わったのはナルたちの少し上の世代(麻留田たち)からなので、ハクレンの金髪は髪を染めた結果です。
だから捕まってから少し時間が経った結果、プリン状態になっているわけですね。