252:マリーのトラウマ
「うっ、ここハ……」
「ホラーハウスの緊急避難室。とりあえずカフェにでも移動しようか」
「分かリ……ましタ……」
マリーが目を覚ましたので、俺たちはとりあえず遊園地エリアから一番近いカフェへと移動。
そこで温かい飲み物……俺はコーヒーを、マリーはココアを飲んで、一息つく。
「そノ……迷惑をかけてしまイ、申し訳ありませんでしタ」
「気にしなくていい。あー、その、何か苦手なものがあったんだろう? だったら、マリーは悪くない。誰にだって苦手なものはあって当然だろう」
「それはそうかもしれませんガ……」
ホラーハウスで気絶したことをマリーは気にしているようだが、気を失うほどに苦手なものがあったと言う事なのだから、これはもう仕方がないとしか言いようがない。
少なくともマリーが悪いわけではない事だけは確かだ。
「……。けれどナル。これだけは聞いておいて欲しいでス」
「分かった」
だが、それが明らかになっても、マリーには話しておきたいことがあるようだ。
ならば俺に出来るのは、黙って話を聞く事だ。
「以前にゴールド一族の村で起きた事件の事は話しましたネ」
「ああ」
「実はあの時、マリーも色々と見ているんでス。だからなのカ、ホラーハウス前の観覧車であの事件の一部について語ったからなのカ……さっきのホラーハウスの地下でアレを見た時ニ、色々と思い出してしまったんですよネ……」
「それで気絶してしまった?」
「はイ」
事件そのものは……十年ほど前に起きたんだったな。
当時のマリーは6歳か5歳と言うところだろうか。
日本なら、小学校に入学する前ぐらいの年齢だな。
そこで女神が介入し、一族が離散するほどの事件に巻き込まれたのなら……確かにトラウマになるような何かを見ていてもおかしくはないな。
「今でも時々思い出しまス。爆心地になったゴールドマイン家から立ち上った強烈な光ヲ。叩きつけられた衝撃波ヲ。転がって来た従姉妹の顔ニ、半端に原型を残したままに飛び散った肉と内臓ヲ、真っ赤に染まった地面ヲ……」
「……」
マリーの言葉に俺は何も言えなかった。
言えるわけもなかった。
マリーとその従姉妹の関係性は分からないが、どんな関係性であったとしても、目の前に見知った人間のバラバラ死体がそうであると分かる状態で吹き飛んでくるなんて……心に与えるダメージが大きいなんてものじゃない。
「ふふフ。慰めてくれないんですカ?」
「悪い。慰める言葉が見つからない。俺に出来るのは、マリーの話を聞いて、マリーが落ち着くまで待つことだけだ」
「それで十分でス。何も分かっていない連中なラ、ここぞとばかりに自分が気持ち良くなるための薄っぺらな慰めを吐きますかラ。それに比べたラ、ナルは本気でこちら気遣ってくれるのが伝わりまス」
「……」
マリーの手と声は震え、目じりには微かにだが涙が見えている。
本当にトラウマであるらしい。
しかし、観覧車で話した事との関係性も考えると……もしかしなくても、今、不自然な量が流れている『蓄財』で作られた金貨に使われているデザインと言うのは、マリーの目の前に転がって来た従姉妹の物であるのかもしれないな。
「あの事件以来、実を言えバ、内臓系のお肉は見るのも嫌になりましタ」
「……」
「当時のマリーに何か出来る事があったとは思えませン。それでも思わずにはいられませン。何か出来る事があったんじゃないかっテ」
「……」
「ずっと……ずっと心の中で引っ掛かっているんです。従姉妹が、ゴールドマインの人たちが、家の近くに居た人たちが、死なずに済む道があったのではないかと」
「……」
気が付けば、マリーの口からはいつものアクセントは消えていて、あの事件で亡くなった人たちの死を心の底から悼むような響きを伴っていた。
だが俺に慰めることは出来ない。
マリーの身に襲い掛かった悲劇は俺には想像もつかないものであり、安易な慰めは傷口に塩を塗りこむようなものだからだ。
今の俺に出来るのは……マリーの隣に居てやる事だけだ。
「マリー。とりあえず気が落ち着くまで休もう。今はそれが一番だ」
「はイ。そノ……」
「手でも膝でも好きなように」
「でハ、膝をお借りしますネ」
幸いにして、今のカフェは客の入りが少なくて、長時間占有していても問題にはならない状態だ。
だから俺はマリーに提案をして、提案を受けたマリーは俺の隣にまでやってくると、俺の太ももを枕にして横になる。
そして目を瞑って……直ぐに寝息を立て始める。
やっぱり、心に結構な負荷がかかっていたようだな。
こうなると……今日のデートは此処で中止になると考えておいてもいいか。
これ以上、マリーの心に負荷をかけるべきではない。
とは言え、自分のせいで中止になると言うのも、それはそれでマリーの心に負荷をかけてしまいそうだからな……。
起きた時のマリーの様子を見て、最終判断は下すべきか。
「ゆっくり寝ててくれ」
「……」
なんにせよ、マリーが目を覚ますまでは、出来るだけ身動ぎせずに待つべきだろう。
俺はマリーが目を覚ますまでは、スマホで適当に決闘を見て、時間を潰すことにした。
今日も沢山の決闘が自主的に行われているので、時間を潰すのに困ることは無いだろう。